くすぐり魔女の館

nice tickle

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第3話 夜の偵察

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「間違いないわ。魔女と同じやり方で、街の人たちをくすぐっている犯人がいるはず。」

エレナは博物館から戻った翌日、地元住民への聞き込みを開始した。町の中心部にある小さなカフェや市場、教会の周辺を回り、屋敷の噂について尋ね歩いた。

「すみません、警察のエレナです。魔女の屋敷について、少しお話を聞かせていただけますか?」

住民たちは最初、口を閉ざすばかりだった。「関わると、ろくなことがないよ。」「警察だって、幽霊相手じゃ何もできないじゃないか。」そんな声を聞くこともあった。

「この前、実際に被害にあった男性がいるんです。ここ数年間、何人もの人が廃人にされています。みなさんが安心して暮らせるようにしたいんです!」

エレナの熱意が伝わったのだろうか。根気強く聞き込みを続けていくうちに、住民たちは次第に言葉を漏らし始める。エレナのノートはすぐにメモで埋まっていった。

最初に話を聞いたのは、市場の八百屋のおばさん、60代のマダム・ブランだった。彼女は野菜を並べながら、目を細めて言った。

「あの屋敷? 近づかない方がいいわよ、お嬢さん。夜になると、奇妙な声が聞こえてくるの。笑い声よ。でも、普通の笑いじゃない。苦しげで、止まらないの。まるで魂が抜けていくような…」

エレナは詳しく尋ねた。

「どんな笑い声ですか? いつ頃聞こえるんですか?」

マダムはため息をつき、周囲を気にして声を低めた。

「夜、特に深夜ね。最初は遠くから、くすくすって小さな笑いが聞こえてくるの。女の人の声の時もあるし、男の人の時もある。それがだんだん大きくなって、あははは! って。もうすごい声よ。叫び声も聞こえるわ。『やめて! くすぐらないで!』とか、『もう無理!許して!』とか。あとはね、決まって女の人の声で、『こちょこちょ、逃げられないわよ~』とか、『もっとくすぐってあげる!』なんて、甘い声がするわ。あれは魔女の声よ。朝になると、静かになるけど、時々廃人が見つかるの。昔からそう。」

次に、教会の前で出会った老農夫、ジャン=ピエール爺さん。70代後半の彼は、杖を突きながらベンチに座っていた。

「屋敷の声? ああ、私は家が近いからね。毎晩のように聞こえるさ。特に満月の夜はひどい。笑い声が森に響いて、動物たちまで怯えるんだ。男の笑い、女の笑い、混ざってわんわん泣くようなのもあるな。『あははは! 助けて…』って、あれは苦痛の笑いだよ。そうしたら、女性の声が『もっと笑いなさい!』とか、『ここをくすぐられたいんでしょ?』なんて言うんだ。私は若い頃、好奇心で屋敷に近づいてみたけどね、足音が近づいてきて逃げたよ。あんなことはもう2度とごめんだね。」

エレナはさらに数人に聞いた。パン屋の若い夫婦は言う。

「夜の笑い声は私たちが子供の頃からよ。甘い女の人の声だけど、怖いわ。『こちょこちょこちょ~!』って何度も繰り返すの。私の母親は、良い子にしていないと、魔女がくすぐりに来るって言ってたわ。子供騙しの迷信だと思いたいけど、声も聞こえるし、あの屋敷には何かがいる気がするの。」

パブの店主はこう言った。

「昔、若い男の観光客が店に来たことがあってな。魔女の館に行くって聞いたんだ。やめとけって言ったんだけどな。結局その夜にあの館に入っちまったみたいだ。その男、結局翌日に屋敷の前で笑い続けてるところを発見されたんだってさ。あの屋敷には、魔女の末裔がいるって噂だよ。あんたも命が惜しいなら、屋敷にだけは入らないことだな」

聞き込みを続けていくと、いくつかの共通点が見えてくる。声は常に夜。明確に犯人と被害者がいるように思える。屋敷に入ったものは、例外なく廃人になっている。屋敷の近くに住んでいるだけでは、特に襲われることはないようだ。となると、犯人は屋敷の中に籠っている可能性が高い。犯人像についても次第に明らかになってきた。犯人の声は女性ばかり。複数人の時もあるという。犯人の言葉は全てくすぐり関連…「こちょこちょ」「くすぐったい」「笑え」が頻出し、くすぐりの魔女を連想させる。エレナの背筋が寒くなった。

夕暮れ時、エレナはノートをまとめ、屋敷の偵察を決意した。もしかしたら、犯人が屋敷に入る様子を見られるかもしれない。日没後、エレナは黒いジャケットに着替え、懐中電灯と銃を持ち、車で森の入り口へ向かう。屋敷が見えてきた。住民たちの証言によれば、屋敷の柵の中に入らなければ、襲われることはなさそうだ。霧が濃く、木々が影を落とす中、エレナは車を降りて近づいていく。屋敷の鉄柵は錆び、蔦が絡まっていた。エレナは柵沿いに歩き、双眼鏡で窓を覗く。屋敷は3階建ての石造りで、窓のいくつかにぼんやりとした灯りが灯っていた。明らかに人が住んでいるようだ。エレナの心拍数が上がった。トラウマの記憶…姉たちにくすぐられた記憶が蘇る。ここから一歩踏み出したら、私もあの時のようにくすぐり責めにあってしまうのだろうか。

偵察を始めて10分ほど経った頃、異変が起きた。森の反対側から、足音が近づいてくる。エレナは慌てて柵から離れ、近くの木立の影に隠れた。現れたのは若い女性のシルエット…20代前半くらいか。長いブロンドヘアに派手な服装、スマホを手に…あれはライブ配信中だろうか。

「みんな、こんばんは! インフルエンサーのリサよ。今回はリクエストのあった、フランスの呪いの屋敷に潜入するの! 魔女の幽霊、出てこい!」

風貌から推測するに、SNSで有名な冒険系インフルエンサー、といったところか。

「バカっ!…入っちゃダメ…!」

エレナは止めようと立ち上がりかけたが、ふと思いとどまる。リサの特徴は20代の若い女性…犯人の人物像と一致する。もしも、犯人がインフルエンサーとして活動し、人々をこの館に呼び込もうとしているとしたら…?わずかな疑念にエレナは動けなくなる。

リサは鉄門を押し開け、屋敷の中庭へ入っていった。スマホのライトが周囲を照らし、ライブコメントが流れているようだ。

「わー、霧がすごい! みんな、怖い? 私、まだ全然平気よ。ワクワクしちゃう!」

エレナは息を殺して双眼鏡を覗き込む。リサが玄関ドアをノックすると、中からかすかな笑い声が漏れた。リサは興奮気味に言う。

「聞こえた? 笑い声! 本物の幽霊かも~」

ドアを開け、リサは中へ入っていった。リサがエレナの視界から消えた瞬間、窓から影が動くのが見えた。扉が大きな音を立て、ガチャンと閉まる。同時に、玄関の窓に灯りが見え、シルエットが現れた。リサではない女性の声が聞こえる。

「お姉さん、こんな夜に何してるの? ねえ、お姉さん。私とこちょこちょ遊びしない?」
「え、あなた誰…ひゃあああ!あははははは!何? あはは! やめて、くすぐらないで!」

リサの姿…彼女は部屋の中で逃げ回っているようだった。しかし、玄関につながる廊下に灯りがつき、複数の女性の影が現れる。ほどなく、複数の影がリサを囲むのが見えた。影たちがリサに手を伸ばすと、リサの体がくねり、笑いが爆発した。

「あははは! 誰なの? ライブ中よ…くすぐったい、止めてぇ!」。

エレナは双眼鏡を凝視した。窓ガラス越しに、ぼんやりとシーンが映る。リサは床に押し倒され、三人ほどの女性たちが攻撃している。会話を聞くに、くすぐられているのだろう。リサの笑いは次第に激しくなり、叫び声が森に響き渡る。

「ひひひひ!こちょこちょやめ…あははは! 助けて、フォロワーさん!あははは!」

リサの体が痙攣し、スマホが落ちてライブが乱れる音が聞こえた。女性たちの声が重なる。

「ほらほら、私たちのこちょこちょに集中して?こちょこちょこちょ~!もっと笑って?」

エレナは衝撃を受けた。これがくすぐりの館の真実。入ったが最後、複数の女性にくすぐり回されるのだ。まるで魔女が村人に行っていたくすぐり拷問そのもの。

リサの笑い声は続いている。エレナは我に返り、無線で応援を呼ぼうとしたが、なぜか電波が悪い。リサの笑いは最初、驚きの「きゃはは!」から、爆笑の「あはははは!」を通り過ぎ、息が切れ、涙声が混じっている。

「あはは…もう…やめて…おねがい…くすぐったすぎる!ひひひ…」

女性たちは全く耳を貸さない。

「ここが弱いんでしょ? こちょこちょこちょ~!」

楽しげにくすぐり続けるばかりだ。リサが暴れ回る音が聞こえるが、それもだんだん小さくなっていく。10分ほどで、リサの声は、ただ「へへへ…」という笑い声だけになった。窓の灯りが消え、静寂が訪れた。

エレナの頭の中では、くすぐりのトラウマがフラッシュバックしていた。姉たちに挟み撃ちにされ、ベッドの上で何十分も笑わされる無力感。

「この屋敷に入れば、私もあんな風に…」
「…いや、負けちゃダメよ、エレナ。」

エレナは拳を握る。屋敷の秘密を暴くために、侵入する時が来た。
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