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第63話 鈺の最上位

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 ここで頭ごなしに拒否をし続けては不信感を与える事になる。
 記憶がない事を理由に、説得する方向でいこう。

「ともかく、記憶を取り戻して自分の気持ちを思い出すまでは早まってはいけない。もし思い出した後にそんなつもりじゃなかったと言っても後の祭りだからね。ひとまず今日は部屋に戻って───」

「チェイン、まるであたしがこの婚約指輪を受け取るのを阻止しようとしてるみたい」

「ぎくっ」

 確かに婚約指輪を渡したのに、いざ相手が受け取ろうとするのを止めさせるのはどう考えても不自然だ。
 プリンは記憶をなくした事で逆に先入観がなくなり、推察力が鋭くなっている様だ。
 どうする俺。

 ふとプリンを見ると、気丈に振る舞ってはいるが小さく震えているのが分かった。
 記憶をなくすという事は、暗闇の中にひとりで放り出されるのと同じだ。
 自分が何者なのか、誰を頼ればいいのかも全く分からないという状況は想像以上に辛いものなのだろう。

 俺は【ヘルクレス】から追放された日の事を思い出した。
 ひとり暗闇の中に落とされ、右も左も分からない状態で誰にも頼る事も出来ずに彷徨い続けた。
 そんな時、俺に手を差し伸べてくれたのはプリン達【フルーレティ】の皆だった。

 そうだ、今のプリンはあの時の俺と同じだ。
 俺は彼女にあの時の借りを返さなければいけない。

 俺はプリンの目を正面から見つめて言う。

「まあ、今夜だけなら。添い寝ぐらいならしてもいい」

 その瞬間プリンの顔がぱあっと明るくなる。

 俺はベッドに上って布団をかぶると、プリンも後について布団の中に潜り込んでくる。
 その動きは例えるなら、親鴨の後をついてくる仔鴨の様な感じでとても可愛らしい。
 普段のプリンからは考えられないな。

「添い寝だけだぞ」

「うん……」

 ベッドの上で交わした言葉はそれだけだ。

 俺とプリンは静かに目を閉じた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 眠れん。


 プリンの方を見ると、安心しきっているのか静かに寝息を立てている。
 この状況でよく眠れるな。

 俺は起き上がってベッドから降りようとするが、何かに引っ張られた。
 振り向くとプリンが眠ったまま俺の寝間着を掴んでいる。
 これではベッドから出れないな。

 ここまで信頼されている以上寝ているプリンに手を出す事はもちろんできないし、逆にこの場から離れる事もできない。

「……まあ、他にやる事もないか」

 ベッドから動けない俺は魔法珠に触れ、新たに習得できるようになった魔法やスキルを確認する事にした。
 眠れない夜に、意味もなく商品のカタログを眺めて時間を潰す事はよくあるだろう。
 そんな感じだ。

「ええとなになに……」

 飛行魔法≪フライト≫、ダンジョンからの脱出魔法≪リターナー≫。
 この辺りは以前確認したものだ。
 俺はページを切り替える。


 スキル・魔法対象拡大。
 使用した魔法の対象を増やす事ができる。
 このスキルを覚えると、今まで一つの対象にしか使えなかった≪リプレイス≫を、まとめて複数の相手に使用できるようになるらしい。
 もちろん≪リプレイス≫以外の魔法でも同様だ。


 スキル・魔法効果追加。
 使用した魔法に追加効果を付与する事ができる。
 このスキルを覚えると、≪リプレイス≫でパラメータを交換するだけでなく、姿形や状態、知識や記憶等様々なものを交換できるようになるみたいだ。


 スキル・魔法効果延長。
 使用した魔法の効果時間を二倍にする。
 このスキルを覚えると、≪リプレイス≫の効果時間を約20秒まで延ばす事ができるな。
 しかし何というか……地味だ。
 レベルを上げて魔力を上げた方が早そうだ。


 転移魔法≪ワープ≫。
 文字通り、好きな場所へ一瞬で移動できる魔法だ。
 スキル・魔法対象拡大と組み合わせれば、パーティ全員を一瞬で世界の果てまで転移させる事もできる。


 時空魔法≪ロングゲート≫。
 時空を越える門を開き、異世界と行き来できるようになる。
 何だこれ……すごそうだけどなんか怖いな。
 召喚魔法の上位互換かな?


 時間魔法≪ホッタイモ≫。
 自分以外の時を止めたり、時間の流れる速さを操作する事ができる。


 さすが最上位だけあって、その一発で戦局を変えられそうな魔法や、強力なスキルだらけだ。
 いくつかピックアップして、明日皆と一緒に決めよう。

 さっきまで興奮して眠れなかった俺も、夜が更けるにつれて徐々に瞼が重くなる。

「おやすみ、プリン」


◇◇◇◇

 チュンチュン。

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。

「プリン、チェイン、もう皆食堂で待ってるよ」

 翌朝、俺は部屋の外から聞こえるシズハナの声で目を覚ました。

「もう朝か……いけない、寝坊した。着替えて食堂へ行かなきゃ」

 俺はベッドから降りようとするが、横で眠っているプリンがまだ俺の寝間着を握っている。

「よく眠っているな。起こさずにこのまま寝させてあげよう」

 俺はプリンが掴んでいるままの寝間着を脱いでベッドから降りる。

「遅いよ」

 その時、ガチャリと扉が開き、シズハナが部屋の中を覗く。
 そう言えば昨日は部屋の鍵をかけずに寝てしまったんだった。

 シズハナの視界に入ってきたのは上半身裸の俺と、ベッドで眠っているプリンだ。

「……」

「……」

 気まずい空気が流れる。

 バタン。

 シズハナは無言で扉を閉める。

「ちょ、ちょっと待って。まずは話を聞いてくれ!」

 誤解が解けるまで、午前中いっぱいの時間を要する事になった。

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