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第5話 死者の魂が現世に戻ってくる日
しおりを挟む私が実家に戻ってきてから一月が過ぎた。
最初は居候として遠慮しがちだったリストリア殿下もいつの間にか本当の家族のように馴染んでいた。
力仕事が必要な時は使用人を差し置いて名乗り出てきて手を貸し、クローディアが退屈そうにしていれば遊び相手を買って出る。
先日領内に魔物が現れた時には剣を手に真っ先に退治に出かけて行った。
そして今日はお父様のチェスの相手をしている。
いつしかリストリア殿下はこの屋敷の誰からも頼りにされる存在になっていた。
「むむむ……その手がありましたか……少し考えさせて下さいリストリア殿下」
「ええ、いくらでもお待ちしますよエルリーン卿」
お父様のチェスの腕は領内でも並ぶ者がいない程だけど今日は珍しく長考している。
かといってリストリア殿下に余裕があるという風でもなく、お互いに真剣な眼差しで盤面を睨みつけている。
まさに一進一退の攻防だ。
「ここらで一服されたらどうですか?」
私は熱中している二人に声を掛けながら紅茶が入ったカップを差し出した。
途端に周囲の空気が緩み、二人はハモり気味に「有難う」とお礼を述べた後カップを手にした。
「そう言えばそろそろあの日が近づいてきたなシルヴィア」
一息ついた後お父様が思い出したように言った。
ここサンクタス王国では年に一度死者の魂が現世に戻ってくる【お盆】という祭日がある。
この日民衆たちは自宅内に簡単な祭壇を設置してご先祖様の魂を自宅に迎え入れる。
戻ってくると言ってもただそこに魂がいるだけなので一般の人間とは言葉を交わす事はできない。
そこで必然的に私のような巫女に【口寄せ】の依頼が殺到する事になる。
エルリーン伯爵家は全国のシャーマンを束ねる家元であり多くの優れた巫女を抱えている。
彼女たちは依頼があった民家に順番に派遣され、一年で一番忙しい一日となる。
「丁度いい、今年はシルヴィアにも手伝ってもらうぞ。この一ヶ月間だらけてた分しっかり働くように」
「うへえ……」
◇◇◇◇
そして迎えた【お盆】当日、私は他の巫女たちと同様に順番に民家を回り【口寄せ】を繰り返す。
それが終わったのは日が暮れた頃だ。
【口寄せ】をする為の降霊術は肉体的にも精神的にも負担が大きい為皆へとへとになっていた。
「皆さんお疲れ様でした」
お父様は仕事を終えて屋敷に戻ってきた巫女たちに労いの言葉と豪華な食事を振る舞う。
屋敷内の食堂はちょっとした祝賀会場のようになった。
しかし巫女たちが食事をしている間に私にはもう一つ大切な仕事が残っていた。
肝心のエルリーン伯爵家の【お盆】の儀式がまだ行われていないからだ。
去年はお母様が【口寄せ】をしていたけど、今年は折角だからと私がやらされることになっていた。
「それでは始めますよ」
伯爵家の親戚一同が屋敷の中に築かれた祭壇の前に集まったのを確認して、私は祭壇に向けて両手を合わせて跪き降霊の呪文を詠唱する。
普段降霊術は遠くにいる魂を呼び寄せるところから始まるけど、今日ご先祖様の魂は既に祭壇の近くに漂っている。
瞬く間に最初のひとりの魂が私の中に入ってきた。
「皆の者、久しぶりだのう」
エルリーン伯爵家の先代当主であるロレンスおじい様だ。
「今年はシルヴィアが【口寄せ】をやっているのか。それにしてもずいぶんと大きくなったのう……」
「お義父様、孫とはいえ女の子の身体をそんなにじろじろと見るのは失礼ですよ」
「ははは、それもそうだな。お前たちが元気でやっている事が分かって何よりだ。リシテアに代わろう」
私の身体からおじい様の魂がスウッと抜け出し、代わりにリシテアおばあ様の魂が入ってきた。
「一年ぶりですね。皆さんお変わりはありませんか?」
「はい、リシテアおばあ様」
「クローディアちゃんも大きくなったねえ。ちゃんとお利口にしてるかい?」
「うん、おばあちゃん!」
こんな調子でご先祖様たちが代わる代わるやってきて一つ二つ言葉を交わしては去っていく。
まるで久しぶりに親戚や友人に再会した時のような気軽さだ。
そこには何の邪念もありはしない。
ラング殿下は故人の魂を化け物呼ばわりをしていたけどそんな事は決してないと断言できる。
私はあの日のラングの人を見下したような顔を思い出して無性に腹が立ってきた。
「それじゃあまた来年も元気な姿を見せてくれよ!」
そして最後のご先祖様の魂が私の身体から離れて行った後、私は疲労の余りそのまま床にへたりこんだ。
「やっと終わったー……あーもう疲れたよー。うちご先祖様多すぎだよー。三百年前の人とか何時までも彷徨ってないで早く次の命に転生しちゃえば良いのに」
思わず愚痴が零れる。
「こらシルヴィア、はしたないぞ!」
「だってお父様、あんなに大人数を一度に【口寄せ】するなんて初めてなんですもの。仕方がないじゃないですか」
「そんな事じゃない。リストリア殿下の前だぞ!」
「え? あうっ……」
リストリア殿下があまりにも家族に馴染み過ぎていたのですっかり忘れていた。
今まで身内にしか見せた事がないだらしない素の自分を晒してしまった。
私はコホンと咳払いをして即座に姿勢を正すが時既に遅し。
きっと笑われてる。
恥ずかしさのあまり顔から火が出るような気持ちでリストリアの方に視線を移した。
「……」
しかしその一部始終を横で見ていたはずのリストリア殿下は私を笑うでもなく、ただ寂しそうな目で佇んでいるだけだった。
その時リストリア殿下の目から一筋の涙が頬を伝わり落ちたのを私は見逃さなかった。
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