冷血

あとみく

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犬と猫1

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 昔、俺が生まれるよりずっとずっと前に、戦争というのがあったらしい。そこらの老いぼれは「お前らは戦争を知らんから」などと言うが、お前らだって知っているわけではない。もうその世代の者は誰も生きていないし、誰も何も遺さなかったから――否、遺す術を持たなかったから、何も遺ってはいない。

 口伝のみで伝わるその戦争というのがあって、この辺りのほとんどが壊滅したらしい。じゃあ、そこの塀やそこのパイプや、あんたらが寝転んでいるそこのベンチは何だよと思うが、だからこそ話半分に聞いている。いつかの昔に戦争があり、多くの者が死んで、多くのものが壊れ、焼け野原になって、そして今の俺たちがいる。――別に、その戦争というのがあってもなくてもそれほど変わらないし、どうせその前だって散々争いはあったのだろう。要は、歴史の物差しの目盛りをどこに合わせるかであって、土台、地球が出来たとか生命が誕生したとかに比べれば大した出来事ではない。

 ――今日は、海の方へ行ってみるか。

 海に突き出した公園からは朽ちた船が見える。岩場に下りれば蟹が獲れるときもある。潮水は好かないが、働かなければ飯が食えない。食うことをやめたら野垂れ死ぬだけだ。たったそれだけのシンプルな道理を頭の上に貼り付けて今日も俺たちは闊歩する。だが時に、いったい、どうして? とも思う。ドウシテ、食ワナケレバ、生キテイケナイノ?

 誰もそのことについては教えようとしない、否、本当は誰も知らないのだろう。物心ついてからは、そんな疑問を持つのは青臭いガキか、エセ宗教屋か、現実逃避者だと嘲笑われた。俺が言うのはそういうことじゃない、倫理や思想の話じゃなく、なぜ俺たちの体はそういう風に出来てるのかと問うても、返ってくるのは「糞して寝ろ」。ああ、まったくそのとおりだ。食って寝て、糞して寝てればそのうちガタが来て人生が終わる。おかしな知恵つけやがって、小賢しいったらない。――しかし、それでも気になるものは気になる。そして本当に気になっているのは、<いったい、なぜ、こんな簡単な疑問に、誰も明確な答えを持たない>のか。

 しかし、そんな俺の考えも潮の匂いと夕焼けの予感で遠ざかる。今日も一番星の明星が見たいが、どこから出るだろう。分刻みで色を変える雲はいくら見ていても飽きない。俺は遊具の一番上まで登ってしばらくその仕合わせに浸ろうと思った。――犬に吠えられるまでは。
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