1 / 35
犬と猫1
しおりを挟む
昔、俺が生まれるよりずっとずっと前に、戦争というのがあったらしい。そこらの老いぼれは「お前らは戦争を知らんから」などと言うが、お前らだって知っているわけではない。もうその世代の者は誰も生きていないし、誰も何も遺さなかったから――否、遺す術を持たなかったから、何も遺ってはいない。
口伝のみで伝わるその戦争というのがあって、この辺りのほとんどが壊滅したらしい。じゃあ、そこの塀やそこのパイプや、あんたらが寝転んでいるそこのベンチは何だよと思うが、だからこそ話半分に聞いている。いつかの昔に戦争があり、多くの者が死んで、多くのものが壊れ、焼け野原になって、そして今の俺たちがいる。――別に、その戦争というのがあってもなくてもそれほど変わらないし、どうせその前だって散々争いはあったのだろう。要は、歴史の物差しの目盛りをどこに合わせるかであって、土台、地球が出来たとか生命が誕生したとかに比べれば大した出来事ではない。
――今日は、海の方へ行ってみるか。
海に突き出した公園からは朽ちた船が見える。岩場に下りれば蟹が獲れるときもある。潮水は好かないが、働かなければ飯が食えない。食うことをやめたら野垂れ死ぬだけだ。たったそれだけのシンプルな道理を頭の上に貼り付けて今日も俺たちは闊歩する。だが時に、いったい、どうして? とも思う。ドウシテ、食ワナケレバ、生キテイケナイノ?
誰もそのことについては教えようとしない、否、本当は誰も知らないのだろう。物心ついてからは、そんな疑問を持つのは青臭いガキか、エセ宗教屋か、現実逃避者だと嘲笑われた。俺が言うのはそういうことじゃない、倫理や思想の話じゃなく、なぜ俺たちの体はそういう風に出来てるのかと問うても、返ってくるのは「糞して寝ろ」。ああ、まったくそのとおりだ。食って寝て、糞して寝てればそのうちガタが来て人生が終わる。おかしな知恵つけやがって、小賢しいったらない。――しかし、それでも気になるものは気になる。そして本当に気になっているのは、<いったい、なぜ、こんな簡単な疑問に、誰も明確な答えを持たない>のか。
しかし、そんな俺の考えも潮の匂いと夕焼けの予感で遠ざかる。今日も一番星の明星が見たいが、どこから出るだろう。分刻みで色を変える雲はいくら見ていても飽きない。俺は遊具の一番上まで登ってしばらくその仕合わせに浸ろうと思った。――犬に吠えられるまでは。
口伝のみで伝わるその戦争というのがあって、この辺りのほとんどが壊滅したらしい。じゃあ、そこの塀やそこのパイプや、あんたらが寝転んでいるそこのベンチは何だよと思うが、だからこそ話半分に聞いている。いつかの昔に戦争があり、多くの者が死んで、多くのものが壊れ、焼け野原になって、そして今の俺たちがいる。――別に、その戦争というのがあってもなくてもそれほど変わらないし、どうせその前だって散々争いはあったのだろう。要は、歴史の物差しの目盛りをどこに合わせるかであって、土台、地球が出来たとか生命が誕生したとかに比べれば大した出来事ではない。
――今日は、海の方へ行ってみるか。
海に突き出した公園からは朽ちた船が見える。岩場に下りれば蟹が獲れるときもある。潮水は好かないが、働かなければ飯が食えない。食うことをやめたら野垂れ死ぬだけだ。たったそれだけのシンプルな道理を頭の上に貼り付けて今日も俺たちは闊歩する。だが時に、いったい、どうして? とも思う。ドウシテ、食ワナケレバ、生キテイケナイノ?
誰もそのことについては教えようとしない、否、本当は誰も知らないのだろう。物心ついてからは、そんな疑問を持つのは青臭いガキか、エセ宗教屋か、現実逃避者だと嘲笑われた。俺が言うのはそういうことじゃない、倫理や思想の話じゃなく、なぜ俺たちの体はそういう風に出来てるのかと問うても、返ってくるのは「糞して寝ろ」。ああ、まったくそのとおりだ。食って寝て、糞して寝てればそのうちガタが来て人生が終わる。おかしな知恵つけやがって、小賢しいったらない。――しかし、それでも気になるものは気になる。そして本当に気になっているのは、<いったい、なぜ、こんな簡単な疑問に、誰も明確な答えを持たない>のか。
しかし、そんな俺の考えも潮の匂いと夕焼けの予感で遠ざかる。今日も一番星の明星が見たいが、どこから出るだろう。分刻みで色を変える雲はいくら見ていても飽きない。俺は遊具の一番上まで登ってしばらくその仕合わせに浸ろうと思った。――犬に吠えられるまでは。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる