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治外法権1
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鼻先をひくつかせながら石鹸に食い入る覚を横目に、学は渡された缶詰を開けようとしたが、プルタブを起こしたところで付属のピックがないことに気がついた。僅かでも空気に触れてしまえばもはや缶詰としての保存能力はないだろう。どうして鯖の水煮に指を突っ込んで、脂まみれのそれを――ああ、その石鹸で洗えというのか。使い捨てのプラスチック片一本で済むというのに、いくつの工程を増やして手洗いという行為を追加し完了させなければいけないんだ。否、見方を変えれば、プラスチック片を缶詰に付属させるために発生する工程数は、石鹸のそれよりいくつ少ないのか――?
そう思うと、プラスチックというありふれた物体もおおかた石鹸と似たような材料と工程でできているのだろうなと思い、ならどちらでも同じことかと思った。材料は・・・石油か。結局アブラだ。先ほどの説明文に、獣を焼いた焚き木に雨が降ったのが石鹸の始まりと書いてあったが、その意味は獣脂(酸性)と灰汁(アルカリ性)の中和で、そのカタマリの分子は水と油の両方に作用するため、付着した油分を浮かせて水と一緒に流してしまうことができるのだそうだ。しかし、その作用と効果はすでに生活の中に完全に組み込まれ、誰もその仕組みを振り返ることなどしない。自分の仕事の意味、その仕事をして生きていることの意味すら振り返る暇がないのに、石鹸の意味やプラスチックの意味などそれこそどこに意味がある。その発見伝は意外で、そこから現在の石鹸へと至る先人の知恵と工夫、その完成度には恐れ入るが、すでにすべてが――手を洗う意味も、油分を引き剥がす意味も、何もかもが義務的な<作業>と化したこの世界で、石鹸という塊ひとつ、ふいにそれは泣けるほど哀れに見えるのだった。
すべては、誰のための、何なのだ。
確かに覚の言うように、この石鹸に施された細工はうつくしいかもしれない。しかし、贈られた主にそれが何をもたらすかといえば、「まあ素敵」の一言と一瞬の豊かな気持ち(とやら)、それか、見栄えから金額を推し量り、意図や貢献度などの査定に努める際の、見積もりの一助。そのことのためにあらゆる化学物質が日々混ぜ合わせられ、その原料は地球のあらゆるところから掻き集められている。突き詰めれば本当に、そのことのためだけに、だ! これまたまったく、マクロとミクロのスケール感が合わない話だ。そして、その延長としての地球温暖化や環境汚染、異常気象、食糧不足などその手の話題に事欠くことはないが、それらの本当の深刻さと、その深刻さを原料とした、不安を煽っていくスタイルのビジネスたち。自分で自分の首を絞めながら、そこから逃れたいその動力で月曜から出社する生態系の頂点。それが牽かれる牛と違うのは、動けば動くほど資源が枯渇していくという点だ。生まれた瞬間から始まる死へのカウントダウンだけで十分だというのに、資源も金も健康も、地位も名誉も心の豊かさをも<枯渇>のチップに上乗せして掛け金は日々つり上がる。それらをすべて手放し、野生として生きたらば、資源は<半永久的に手数料・年会費無料>となって、そうなれば我々の中の何かは死をも受け入れて盤石だろうか。そんなことがあるのだろうか、かつてはまさか、あったのだろうか。
ふいに覚が「食わないの?」と訊いてきたので、黙って缶詰を差し出すと、覚は躊躇なく手を突っ込んでうまそうにぴちゃぴちゃと鯖を食べた。代わりに学はまた固形の栄養クッキーを噛み、口の中でパサつくそれをミネラルウォーターで流し込んだ。そして、先ほどまで噛んでいたガムのせいで味がおかしいことに思い至り、ああ、そういえばガムは脂で溶けてひどいことになるのだった、と昔の記憶がよみがえった。おやつに熱々のウインナーが出されたが、噛み始めたガムを出すのが嫌で一緒に食べたら、口の中に今までにない最悪が広がった。その発見を母親は行儀が悪いと叱ったが、学としては、当時の小遣いと菓子のコストパフォーマンスの最大値、それからウインナーの熱と味との時間的比例関係などを考え合わせた結果の惨事であった。
もしあのとき、「なぜ」と考える頭があったなら、今とは違う未来があったのだろうか。ウインナーとガムを一緒に噛むことは「行儀が悪く」、「常識がなく」、「馬鹿」で、結果として「不味く」、「相手の機嫌を損ねる」ことを学んだが、それ以外に学ぶことは何もなかったのか。
ため息を吐いて栄養クッキーの箱の裏の原材料欄を読みふけり、そこに「炭酸マグネシウム」の文字を見て、学はまた<何ウム>か、と思った。そして、結局のところ<何ウム>が世界中、あるいは宇宙中をめぐっているだけという事実に際し、ちょっと首を傾げるのだった。役にも立たない一瞬の気持ちや見積もりのために貴重な<何ウム>を乱獲乱用しているのではないかと先ほど小さな問題提起をしてみたが、それならば、自然はいったい何のために<何ウム>をごろごろと使って日々混ぜたり爆発させたり融合させたりしているのだろう。それは一瞬の気持ちでも、自らの有利不利のチンケな計算でもないことは確かだろうが、自分が思い描ける量の限界を軽く何億倍か超えた規模で毎日行われているそれについて、たかだか石鹸とプラスチック片をどうこうしている自分たちが何を思うことがあるだろう。
もはや味のしない小麦粉の塊を無理やり口に突っ込み、「ここからきれいに折りたためます」の点線に指を入れて箱をたたんだ。これも、無限にある商品の大きさに合わせて、ありとあらゆる形の箱が存在する。包装という概念はもはや食料の保存期間の延長ではない。どれだけの木材によるどれだけの紙が、どれだけの幾何学と力学の知恵をまとって小麦粉の塊を包み続けるのだろう。あと約二十五パーセントは節減できるであろうその表面積に「健康」あるいは「豊かさ」の脅し文句を躍らせて食っているものは、どこかの土壌に鞭を打ち続け、まさに環境ごと搾取したといった体(てい)の収穫物と、何かから搾った油脂と、添加された<何ウム>とである。ああ、あまりに馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。それはこの<文明的>な生き方のことではなくて、さて、自分に課せられた業務フローと人間関係がなくなれば、地球環境や文明哲学などというものを考え始めるこの頭のことだ。先にも思ったことだが、こうして不合理や秩序の有無などを思考の俎上に載せていないと生きてはおられないらしい。学の論でいうなら、まさに、このためにあつらえられたこの地球だということもできる。幼少から常にいつでもそこにあった組織と義務と課題とを離れた今、ほんの半時間、学が暇を潰すためだけに数十億年を重ね、あと数時間は様々なあれこれを云々させてくれそうな地球。それでいくらこねくりまわしても実際の資源は枯渇しないが、自分で「発想する」頭を持たなければ、話題が枯渇して何もすることのない無意味な時間が訪れる。暇は無意味、無意味は非効率、非効率は悪――。資源を無駄にしないための努力が、まわりまわって生を疲弊させている。疲弊と非効率をイコールで繋いでしまえば、もう何の式も成り立たない――。
――まったく、俺の知ったことか。
とうとう本格的に可笑しくなって噴き出すと、口元を鯖の脂で光らせた覚が「えっ?」と素朴な目でこちらを見た。「えっ?」でも「はあ?」でも構わない。出された声はもう形を残さず消えている。すべての消費物は消費されて、さっさと五十億年経って太陽が爆発すればいい。宇宙全土が<何ウム>だけになって、銀河の渦やブラックホールを作ってどんな意図もなく勝手にぐるぐるまわっていればいい。
しかしふと、学も、死んで灰になって(火葬されればの話だが・・・否、たとえされずとも)何がしかの形で<何ウム>としてその宇宙の渦に参加するのだと考えたら、頭が痛くなってきた。それを思ったら、さっきの覚の「えっ?」と一緒に、きれいに消えてしまいたかった。
そう思うと、プラスチックというありふれた物体もおおかた石鹸と似たような材料と工程でできているのだろうなと思い、ならどちらでも同じことかと思った。材料は・・・石油か。結局アブラだ。先ほどの説明文に、獣を焼いた焚き木に雨が降ったのが石鹸の始まりと書いてあったが、その意味は獣脂(酸性)と灰汁(アルカリ性)の中和で、そのカタマリの分子は水と油の両方に作用するため、付着した油分を浮かせて水と一緒に流してしまうことができるのだそうだ。しかし、その作用と効果はすでに生活の中に完全に組み込まれ、誰もその仕組みを振り返ることなどしない。自分の仕事の意味、その仕事をして生きていることの意味すら振り返る暇がないのに、石鹸の意味やプラスチックの意味などそれこそどこに意味がある。その発見伝は意外で、そこから現在の石鹸へと至る先人の知恵と工夫、その完成度には恐れ入るが、すでにすべてが――手を洗う意味も、油分を引き剥がす意味も、何もかもが義務的な<作業>と化したこの世界で、石鹸という塊ひとつ、ふいにそれは泣けるほど哀れに見えるのだった。
すべては、誰のための、何なのだ。
確かに覚の言うように、この石鹸に施された細工はうつくしいかもしれない。しかし、贈られた主にそれが何をもたらすかといえば、「まあ素敵」の一言と一瞬の豊かな気持ち(とやら)、それか、見栄えから金額を推し量り、意図や貢献度などの査定に努める際の、見積もりの一助。そのことのためにあらゆる化学物質が日々混ぜ合わせられ、その原料は地球のあらゆるところから掻き集められている。突き詰めれば本当に、そのことのためだけに、だ! これまたまったく、マクロとミクロのスケール感が合わない話だ。そして、その延長としての地球温暖化や環境汚染、異常気象、食糧不足などその手の話題に事欠くことはないが、それらの本当の深刻さと、その深刻さを原料とした、不安を煽っていくスタイルのビジネスたち。自分で自分の首を絞めながら、そこから逃れたいその動力で月曜から出社する生態系の頂点。それが牽かれる牛と違うのは、動けば動くほど資源が枯渇していくという点だ。生まれた瞬間から始まる死へのカウントダウンだけで十分だというのに、資源も金も健康も、地位も名誉も心の豊かさをも<枯渇>のチップに上乗せして掛け金は日々つり上がる。それらをすべて手放し、野生として生きたらば、資源は<半永久的に手数料・年会費無料>となって、そうなれば我々の中の何かは死をも受け入れて盤石だろうか。そんなことがあるのだろうか、かつてはまさか、あったのだろうか。
ふいに覚が「食わないの?」と訊いてきたので、黙って缶詰を差し出すと、覚は躊躇なく手を突っ込んでうまそうにぴちゃぴちゃと鯖を食べた。代わりに学はまた固形の栄養クッキーを噛み、口の中でパサつくそれをミネラルウォーターで流し込んだ。そして、先ほどまで噛んでいたガムのせいで味がおかしいことに思い至り、ああ、そういえばガムは脂で溶けてひどいことになるのだった、と昔の記憶がよみがえった。おやつに熱々のウインナーが出されたが、噛み始めたガムを出すのが嫌で一緒に食べたら、口の中に今までにない最悪が広がった。その発見を母親は行儀が悪いと叱ったが、学としては、当時の小遣いと菓子のコストパフォーマンスの最大値、それからウインナーの熱と味との時間的比例関係などを考え合わせた結果の惨事であった。
もしあのとき、「なぜ」と考える頭があったなら、今とは違う未来があったのだろうか。ウインナーとガムを一緒に噛むことは「行儀が悪く」、「常識がなく」、「馬鹿」で、結果として「不味く」、「相手の機嫌を損ねる」ことを学んだが、それ以外に学ぶことは何もなかったのか。
ため息を吐いて栄養クッキーの箱の裏の原材料欄を読みふけり、そこに「炭酸マグネシウム」の文字を見て、学はまた<何ウム>か、と思った。そして、結局のところ<何ウム>が世界中、あるいは宇宙中をめぐっているだけという事実に際し、ちょっと首を傾げるのだった。役にも立たない一瞬の気持ちや見積もりのために貴重な<何ウム>を乱獲乱用しているのではないかと先ほど小さな問題提起をしてみたが、それならば、自然はいったい何のために<何ウム>をごろごろと使って日々混ぜたり爆発させたり融合させたりしているのだろう。それは一瞬の気持ちでも、自らの有利不利のチンケな計算でもないことは確かだろうが、自分が思い描ける量の限界を軽く何億倍か超えた規模で毎日行われているそれについて、たかだか石鹸とプラスチック片をどうこうしている自分たちが何を思うことがあるだろう。
もはや味のしない小麦粉の塊を無理やり口に突っ込み、「ここからきれいに折りたためます」の点線に指を入れて箱をたたんだ。これも、無限にある商品の大きさに合わせて、ありとあらゆる形の箱が存在する。包装という概念はもはや食料の保存期間の延長ではない。どれだけの木材によるどれだけの紙が、どれだけの幾何学と力学の知恵をまとって小麦粉の塊を包み続けるのだろう。あと約二十五パーセントは節減できるであろうその表面積に「健康」あるいは「豊かさ」の脅し文句を躍らせて食っているものは、どこかの土壌に鞭を打ち続け、まさに環境ごと搾取したといった体(てい)の収穫物と、何かから搾った油脂と、添加された<何ウム>とである。ああ、あまりに馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。それはこの<文明的>な生き方のことではなくて、さて、自分に課せられた業務フローと人間関係がなくなれば、地球環境や文明哲学などというものを考え始めるこの頭のことだ。先にも思ったことだが、こうして不合理や秩序の有無などを思考の俎上に載せていないと生きてはおられないらしい。学の論でいうなら、まさに、このためにあつらえられたこの地球だということもできる。幼少から常にいつでもそこにあった組織と義務と課題とを離れた今、ほんの半時間、学が暇を潰すためだけに数十億年を重ね、あと数時間は様々なあれこれを云々させてくれそうな地球。それでいくらこねくりまわしても実際の資源は枯渇しないが、自分で「発想する」頭を持たなければ、話題が枯渇して何もすることのない無意味な時間が訪れる。暇は無意味、無意味は非効率、非効率は悪――。資源を無駄にしないための努力が、まわりまわって生を疲弊させている。疲弊と非効率をイコールで繋いでしまえば、もう何の式も成り立たない――。
――まったく、俺の知ったことか。
とうとう本格的に可笑しくなって噴き出すと、口元を鯖の脂で光らせた覚が「えっ?」と素朴な目でこちらを見た。「えっ?」でも「はあ?」でも構わない。出された声はもう形を残さず消えている。すべての消費物は消費されて、さっさと五十億年経って太陽が爆発すればいい。宇宙全土が<何ウム>だけになって、銀河の渦やブラックホールを作ってどんな意図もなく勝手にぐるぐるまわっていればいい。
しかしふと、学も、死んで灰になって(火葬されればの話だが・・・否、たとえされずとも)何がしかの形で<何ウム>としてその宇宙の渦に参加するのだと考えたら、頭が痛くなってきた。それを思ったら、さっきの覚の「えっ?」と一緒に、きれいに消えてしまいたかった。
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