【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第三章 うたかた歌

この世とあの世をつなぐ場所(5)

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 賽の河原の石積みの話は、数ある俗信の中の一つと見る向きもあるようだが、法華経の中に「童子の戯れにすなあつめて仏塔を為す」と言う文言があったことから、実家が日蓮宗である菜穂子は、お上人しょうにんさんから聞いた記憶を持っていた。

 仏教では昔から、仏像を作ったり仏塔を建立したりすることには大きな功徳があると考えられている。
 とは言え、小さな子どもの手ではそこまでのものが建立出来るはずもない。

 だからこその石積みであり、親よりも早く現世を離れてしまったことへの贖罪の気持ちを石にこめて、子どもたちは石を積み上げていく。

 ただそれは、どうしたって「子どもの作品」であり、不完全な出来になることが前提になる。
 それでは贖罪にならぬと、三途の川の番人の鬼が、子どもたちが石を積むそばからそれを崩していく。
 それを何度も何度も繰り返しながら、親不孝の罪を償って、それからようやく川を渡るのだ――と。

 この話の前提は、子どもを失くして親が嘆いているというところにある。

 だったら八瀬青年の言う通り、親が子どもに手をかけるなど、恣意的に子どもの命を奪うような出来事があった場合には、子どもが贖罪の気持ちをこめて石を積み上げたところで、親の方にそれを受け取る気持ちがないということになる。

 亡くした子を思わない親に、子どもの思いは届かない。
 それでは永遠に、子どもは賽の河原を彷徨さまようことになってしまう。

 親の悲しみと子の悲しみ。

 双方が調和されて初めて、地蔵菩薩の手によって子の魂は次の世に導かれていくと言うのに――と、八瀬青年の表情がせつなげに歪んだ。

『今、ちらほらとそんな子どもたちが散見されていましてね』

 三途の川を渡っていく子どもたちを横目に、長く長くその場に留まり続ける子どもたち。

『これも時代かも知れませんが、親の後悔はあっても、子の側にそれがない場合もあります。具体的なことを言えば、陰湿ないじめで相手を死なせてしまった子が、子育ての過ちを悔いた親に殺された場合なんかが、それですね』

 三途の川まで来て、役人に命じられて石は積むものの、そこに籠められるべき思いが何もないために、本来であればある程度の年月で子どもたちを庇護していくはずの地蔵菩薩が手を差し伸べられないらしい。

『それでも、どうしようもなくなれば、大人と同じ地獄の世界か餓鬼の世界送りかになるんですが……いずれにせよ通りいっぺんのやり方では、既存の仕組みが歪む一方なんです。何かいいやり方はないかと思っていたところに高辻先生が、此岸しがんから彼岸ひがんの側にいらしたことが分かったんですよ』

 此岸はこの世、彼岸はあの世。
 つまりは、祖母が亡くなったことを、八瀬青年が知ったということなんだろう。

『高辻先生は、僕の恩師。小学校でとてもお世話になった先生。先生なら、賽の河原で行き場を失くしている子どもたちを、僕ら十王庁の官吏よりもより良く導いてくれる。もう、これしかない! と、僕は閻魔王様の許可を頂いて、先生に会わせて貰えるよう初江王様のところにお願いに上がったわけなんです』

 八瀬青年は閻魔王の補佐官だと本人は申告している。
 閻魔王は、死後裁判に携わる十人の王のうち、五番目に裁判に出てくる王。

 閻魔王の元に辿り着くまでに、死者は秦広王、初江王、宋帝王、五官王と四人の王と相対するのが慣例だ。

 秦広王が、三途の川を渡る死者の本質を見極め、初江王が三途の川を正しく渡ったかを審議、生前に関わりがあった存在が六道あるいは各王の元にいた場合に、その者を呼んで生前の為人ひととなりを証言させたりするそうだ。

『えっと……じゃあ、秦広王様は存外近くにいらっしゃる?』

 荒唐無稽としかまだ思えないが、八瀬青年の話を聞いていると、そういうことになる。
 そんな菜穂子の疑問を、青年はあっさりと肯定した。

『そうですね。ここは三途の川の渡河の待機室の一つですから、同じ敷地の中に川を渡る死者を見極める王がいらっしゃいますね。あ、でも今はお会い出来ませんよ? まだ本格的にお亡くなりになっているわけじゃないですし、今回は閻魔王様の特例許可でここまでお招きしている状況なので』

 本格的に亡くなるって、何。
 人を仮死状態みたいな言い方しないで欲しい――って、もしや今、布団で横たわる菜穂子は仮死状態ということなんだろうか⁉

 ニコニコと笑う八瀬青年が怖すぎて、とてもそんなことは聞けないのだが。

『あ、もちろん初江王様以降の方々も、三途の川の向こう側にいらっしゃる王ばかりですから、今のところはお会い出来ないですね』

 三途の川を越えて最初に謁見する初江王は、秦広王の審議で疑問や不備がなかったかも併せて確認、最初から有罪の判定があったり、現世の遺族側の弔いが十分に行われていたと判明したりしたところで、はじめて次の宋帝王の所へと向けて、死者を通過させるのだそう。

 そんな経緯があるので、この初江王のところで留まっている死者も、それなりに多いのだと言う。

『僕も一応、生前の高辻先生と関りがある範疇に入りますから。初江王様の所へと伺ったのは、強ち規定を無視した話ではないんですよ。――ただ』

 ただ、と言ったところで、八瀬青年は何とも言えない苦笑いをそこで閃かせた。

『何か問題があったんですか?』

『いやぁ……その時点まで、僕も知らなかったんですけどね。ほら、死者の数も多いですし、彼らの行先である六道や管轄する十王庁なんかも加えると、それはもう大規模になるわけで』

『そう……ですね?』

『考えてみて下さい。僕なんかよりよっぽど、高辻先生に近しい人が、こちら側には既にいらしてるじゃないですか』

『おばあちゃんに近しい? ……あ』

 菜穂子の推測はドンピシャだと言わんばかりに、八瀬青年は首を大きく縦に振った。

『そうなんですよ。僕が初江王様の所へお願いに上がった時、そこには既に貴女のお祖父様がいらしたんですよ』


『……おじいちゃん……』
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