【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第七章 さっちゃん

メロンパンあれこれ

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 とりあえず、帰る前に父に念押しされていたこともあるので、考えた末に菜穂子はデパート・高島屋の地下に立ち寄ることにした。

 最近流行りのパン屋さんに入るのもアリかと思ったが、よく考えれば父なんかは特に味の冒険を嫌う。

(聞いたことのないカタカナ名前のパン屋さんより進々堂の方が安心しそうや……)

 何なら、志津屋か進々堂くらい寄ってくればいいのに――くらいは、言いそうだ。
 そう思った菜穂子は、デパ地下にいくつかあったベーカリー店の中の、進々堂へと足を踏み入れた。

 冷凍保存するであろう食パンと、とりあえず明日の朝食べるパンをと思い、店内をぐるりと見渡す。

「北山メロンパン……」

 北山生まれの究極のメロンパン。カリッと焼き上げたビス生地と、香ばしいラム酒の香り……との商品説明がある。美味しそうだ。

 メロンパンの原型が日本で生まれたのは、大正の終わりから昭和の初め頃だと言われているものの、その由来に関しては片手の数で収まらないほど存在しているらしい。

 しかも自宅のすぐ近所にあるパン屋さんは、見た目にはほぼ同じでも、それはメロンパンではなく「サンライズ」だった。
 ビスケット生地に線を描いたパンで、日の出をイメージして作られているから「サンライズ」だと聞いた記憶がある。

 どうやらその「サンライズ」に関しては、京都、滋賀、広島、愛媛など、京阪地域以西の一部地域でのみ通じる商品名らしく、一般的には「メロンパン」なのだと知ったのは、随分と後になってからだった。

 多分両親どころか祖父母の認識も「サンライズだろうし、私も目の前のパンを見ながら、今でも内心では「サンライズ」と無意識に思ってしまうのはここだけの話だ。東京に戻ったら通じないだろう。

 勘違いしがちだが、もともとはその形状みためから名付けられただけで、メロンの味がするわけでもなければクリームが中に入っているわけでもないそうだ。

 最近ではビスケット生地が付いておらず表面が柔らかいものや、メロン果汁が含まれるクリームが入っているもの、メロン味ではないクリームが入っているものなど多種多様になってきているらしい。

 メロンパンの由来自体が謎に包まれたままと言うのだから、なかなかに奥深いパンなのだ。

「……まあ、ごちゃごちゃ考えるよりとりあえず買っとこ」

 北山生まれの究極のメロンパン、と書かれたキャッチコピーに惹かれたのは確かだ。

 後は定番カレーパンと、個人的に好みであるクリームチーズのくるみパンをトレーに乗せた。
 くるみ入りのフランスパン生地で包まれた、クリームチーズとはちみつのコンビが格別なパンだ。

 多分、しば漬け入りとかすぐき入りとか、そう言った冒険は両親はしないだろう。

 あとは丸いフランスパンに、ハムとオニオンがサンドされた、志津屋カルネ風(カルネとの違いはマーガリンではなくからしマヨネーズが塗られている)のハムオニオンカイザーも追加した。

 このパン代はどうせ後から返して貰うので、究極のメロンパンが混ざっていようとも無問題。
 菜穂子の今日のミッションはつつがなく終了した。




 
 そして思った通り、進々堂で買ったと言えば「そうか」以上に言われることはなく、漬物入りのパンに関しては「あっても食べへんかったやろな」と父に一蹴された。

 北山生まれの究極のメロンパン、の謳い文句に関しては「あんた、本当ほんまにそう言う謳い文句に弱いなぁ……そのうちなんか騙されんのと違うか」などと、呆れたような母のため息が降り注いだ。

 失礼な。
 そんなこと言ったって食べるくせに。

 多少ムッとした面があったのは否定できないものの、その後で母が食器棚からお皿を取り出して「まあ、そんな上等なパンなんやったら、しばらく仏壇ほとけさんにお供えしとこか」と言ったので、すぐに怒りは引っこんだ。

 味とか匂いとか、祖父母に届くんだろうか。
 届いたらいいな。



 そう思いながら夕食をとり、暑い中歩き回って疲れたと言いつつ、その日は普段よりも早めに寝てみることにした。
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