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第七章 さっちゃん
学校歴史博物館
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菜穂子は見たことはないが、かつて「京都上がる下がる」と言うローカルな旅番組が放送されていたらしい。
そもそも京都の住所には、町名以外に「上る・下る・東入ル・西入ル」という独特の表記がある。
東と西は文字通りだが、上る・下るは住所の南北を指すのに使われる。
京の中心部において見られる住所だ。
菜穂子が今まで見学、珈琲休憩をしていた京都芸術センターの住所は「中京区室町通蛸薬師下る~」と続き、これから向かおうとしている京都市学校歴史博物館は「下京区御幸町通仏光寺下る~」となる。
これが郵便局のHPで検索をかけたりすると〇〇通△△下る……の部分は表記されないのだ。
一種独特の表記と言っていいだろう。
住所表記だけ見ていると、この両者の間には距離があるようにも思えるが、実際にはまったく歩けない距離ではない。
……炎天下の太陽さえ耐えれば。
京都の中心街、一つ二つのバス停留所移動のために、混雑が過ぎて時間通りに来ないバスを待つのは愚の骨頂だ。
確実に、歩いた方が目的地には早く着く。
菜穂子は滲む汗をハンカチで押さえながら、京都市学校歴史博物館へと徒歩で移動した。
繁華街である四条通を逸れて歩いたところで、やがて時代劇の江戸屋敷にでも出てきそうな瓦屋根の門が見えてくる。
「おー……」
けれど門をくぐれば、そこにあるのは比較的現代寄りのいかにもな学校校舎だった。
所謂「ハイカラ建築」だったさっきまでとは、かなり趣が異なっている。
むしろこちらの建物は、父や母、あるいは菜穂子よりやや上の世代くらいまでの学び舎っぽい気がする。
博物館と銘打たれているだけあって、こちらは多少の入館料が必要なようなので、菜穂子はそれを支払って中へと足を踏み入れた。
パンフレットを貰って見てみると、やはりここも統廃合されたかつての小学校で、門に関しては別の廃校になった学校から移築されたものということらしい。
展示室には、学校が所蔵していた美術工芸品、古文書、古い教科書なんかがあり、常設展示室に企画展示室があり、不定期にワークショップなども開催されていると言う。
古いアルバムでもあればと思ったが、常設展示はされていないだろうし、仮にあったとしてもこのご時世すんなりとは見せて貰えないだろう。
古いオルガンや教科書の展示品を眺めつつ、当時に思いをはせるよりほかなさそうだった。
明治二年に日本で最初の学区制小学校である「番組小学校」が開校していて、祖母のいた学校はその中で「下京三番組小学校」と呼ばれていたようだ。
ただ太平洋戦争開戦前に国家総動員法が発令され、その後国民学校令が発令されて以降、各小学校は全て「国民学校」へと名称を強制変更されている。
恐らく祖母はこの前後に教鞭をとっていたんじゃないだろうか。
興味深かったのは、昭和22年公布の「教育基本法」で男女共学について本格的に検討され始めるまでは、小学校二年までだけを共学として、それ以降は男女別学、男子と女子とでカリキュラムも教科書も全く別な物になっていたらしいことだ。
そうなると、少なくとも八瀬青年が祖母を知っているのは、小学校二年生まで教えて貰っていたからということになる。
当時の社会情勢を考えれば、三年生以降、男の子ばかりになった教室を女性教師である祖母が任されることはないはずだからだ。
それであそこまで祖母のことを「先生」として慕って、場所は場所ながらも再度教師として推薦してくれているのだから、よほど何かしらの印象に残る出来事があったのかも知れない。
菜穂子自身に照らし合わせてみれば、小学校一、二年の先生は名前と顔を覚えているくらいで、何を教えて貰った、何を話していたかと言うのはあまり記憶には残っていない。
時々同級生に会えば、まるで昨日のことのようにエピソードを語る子もいるくらいだから、やはり交流度合いがモノを言っているのかも知れない。
年代から言って、八瀬青年は「辰巳幸子」さんを知っているんだろうか。それともちょうどキレイにかぶらなかったくらいだろか。
さっちゃんの歌の話も含めて、今夜祖母と八瀬青年と、二人に聞いてみようと菜穂子は思った。
と、言うか。
本当に今夜も会えるのだろうか……?
そもそも京都の住所には、町名以外に「上る・下る・東入ル・西入ル」という独特の表記がある。
東と西は文字通りだが、上る・下るは住所の南北を指すのに使われる。
京の中心部において見られる住所だ。
菜穂子が今まで見学、珈琲休憩をしていた京都芸術センターの住所は「中京区室町通蛸薬師下る~」と続き、これから向かおうとしている京都市学校歴史博物館は「下京区御幸町通仏光寺下る~」となる。
これが郵便局のHPで検索をかけたりすると〇〇通△△下る……の部分は表記されないのだ。
一種独特の表記と言っていいだろう。
住所表記だけ見ていると、この両者の間には距離があるようにも思えるが、実際にはまったく歩けない距離ではない。
……炎天下の太陽さえ耐えれば。
京都の中心街、一つ二つのバス停留所移動のために、混雑が過ぎて時間通りに来ないバスを待つのは愚の骨頂だ。
確実に、歩いた方が目的地には早く着く。
菜穂子は滲む汗をハンカチで押さえながら、京都市学校歴史博物館へと徒歩で移動した。
繁華街である四条通を逸れて歩いたところで、やがて時代劇の江戸屋敷にでも出てきそうな瓦屋根の門が見えてくる。
「おー……」
けれど門をくぐれば、そこにあるのは比較的現代寄りのいかにもな学校校舎だった。
所謂「ハイカラ建築」だったさっきまでとは、かなり趣が異なっている。
むしろこちらの建物は、父や母、あるいは菜穂子よりやや上の世代くらいまでの学び舎っぽい気がする。
博物館と銘打たれているだけあって、こちらは多少の入館料が必要なようなので、菜穂子はそれを支払って中へと足を踏み入れた。
パンフレットを貰って見てみると、やはりここも統廃合されたかつての小学校で、門に関しては別の廃校になった学校から移築されたものということらしい。
展示室には、学校が所蔵していた美術工芸品、古文書、古い教科書なんかがあり、常設展示室に企画展示室があり、不定期にワークショップなども開催されていると言う。
古いアルバムでもあればと思ったが、常設展示はされていないだろうし、仮にあったとしてもこのご時世すんなりとは見せて貰えないだろう。
古いオルガンや教科書の展示品を眺めつつ、当時に思いをはせるよりほかなさそうだった。
明治二年に日本で最初の学区制小学校である「番組小学校」が開校していて、祖母のいた学校はその中で「下京三番組小学校」と呼ばれていたようだ。
ただ太平洋戦争開戦前に国家総動員法が発令され、その後国民学校令が発令されて以降、各小学校は全て「国民学校」へと名称を強制変更されている。
恐らく祖母はこの前後に教鞭をとっていたんじゃないだろうか。
興味深かったのは、昭和22年公布の「教育基本法」で男女共学について本格的に検討され始めるまでは、小学校二年までだけを共学として、それ以降は男女別学、男子と女子とでカリキュラムも教科書も全く別な物になっていたらしいことだ。
そうなると、少なくとも八瀬青年が祖母を知っているのは、小学校二年生まで教えて貰っていたからということになる。
当時の社会情勢を考えれば、三年生以降、男の子ばかりになった教室を女性教師である祖母が任されることはないはずだからだ。
それであそこまで祖母のことを「先生」として慕って、場所は場所ながらも再度教師として推薦してくれているのだから、よほど何かしらの印象に残る出来事があったのかも知れない。
菜穂子自身に照らし合わせてみれば、小学校一、二年の先生は名前と顔を覚えているくらいで、何を教えて貰った、何を話していたかと言うのはあまり記憶には残っていない。
時々同級生に会えば、まるで昨日のことのようにエピソードを語る子もいるくらいだから、やはり交流度合いがモノを言っているのかも知れない。
年代から言って、八瀬青年は「辰巳幸子」さんを知っているんだろうか。それともちょうどキレイにかぶらなかったくらいだろか。
さっちゃんの歌の話も含めて、今夜祖母と八瀬青年と、二人に聞いてみようと菜穂子は思った。
と、言うか。
本当に今夜も会えるのだろうか……?
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