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第八章 君の知らない物語
人には告げよ
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あくまで僕の予想ですが、と八瀬青年は前置きをしながらも答えてくれた。
『そこまで小学校に拘っているということは、死んでしまったことは本人も想定外。次の日か何日後はか分かりませんが、とても楽しみにしてた行事なり授業なりがあったということやないですかね……』
普通は、家族に会えれば満足するパターンが大半だと言うことだから、よほど何か心残りがあると言うことなんだろう。
『だから、おばあちゃんにしがみついてる……?』
『そう考えるのが、一番しっくりくる言う話ですよ』
『確かに……』
『それで、貴女のお祖父さんですけど』
『!』
どうやら、菜穂子が聞きたかったことを八瀬青年も忘れてはいなかったらしい。
部屋の外に視線を向けながら、至極あっさりと口を開いた。
『おとなげなく、賽の河原でその子どもと言い合いしてますね』
『…………はい?』
『いや、先生の取り合い言うた方がいいんでしょうかね。僕はむしろあの子どもの根性を称賛したいところですけど』
いやいやいや!
『言い合い? 取り合い?』
『わがまま言うてんと早よ極楽浄土行け! いやや!先生に歌て貰う! ……みたいな感じですかね? すいません、まだ死んではらへんお孫さんを、今の段階で賽の河原にご案内するのは何かと差し障りも多いですから、僕の実況中継みたいな伝え方になって申し訳ないですけど』
『えぇ……』
何してんのおじいちゃん、小学生(?)相手に!
いや、八十年近くそこにいたと分かってたら、子どもと思ってない……?
それにしたって!
おじいちゃんの衝撃が大きすぎて、まだ死んでない、ってエラい言われようだと菜穂子が思ったのは、随分と後になってからのことだった。
今の状態で頭痛がするはずもないが、思わずこめかみを人差し指と中指をあてて揉み解そうとしたくらいには、菜穂子にも驚きと動揺があった。
『えっと……じ、じゃあ、おばあちゃんは?』
『どない言うてはると思います?』
閻魔王筆頭補佐官と言う立場上からか、なるべく京都弁を押さえて敬語多めの話し方を心掛けているらしい八瀬青年が、敢えて京都弁全開の言い方をするのは、多分言葉とは裏腹に、お腹の中に何かしら抱えている時な気がする。
そんなことが分かってどうする! 嬉しくないなー……と自分で自分にツッコミを入れながらも、菜穂子は何となく想像がついていた答えを敢えて口にしてみた。
『いずれは一緒に行こう思てますけど、この子にだけでもええですから、何か授業してあげたらあきませんか――とかじゃないですかね……?』
八瀬青年は、即答しなかった。
むしろ即答しなかったことが、答えとして極めて確率が高い話じゃないかと思った菜穂子に追い打ちをかけるかのごとく、八瀬青年はおもむろにパチパチと手を叩いた。ひどくゆっくりと。
『さすがは高辻先生のお孫さん。ここまでお招きしてる甲斐がある言うものです』
『いや、単におばあちゃんやったら言いそうやなと思っただけなんで』
何だろう、この、褒められてもちっとも嬉しくない感覚。
とは言えきっとこの菜穂子の微妙な感覚も、八瀬青年には十二分に伝わっているんだろう。
笑顔がまったく崩れなかったくらいなのだから。
『そしたら、今日は二人共に会えないんですか?』
今、この場にいないくらいだから、その子どもを引き剝がして来ないことには話も出来ないのでは……?
そう思った菜穂子の表情を読んでか『もうすぐ来ますよ』と、八瀬青年は言った。
『賽の河原にも番人はいますから、いざとなったら高辻先生から子どもを引き剝がすことくらいはワケないんですよ。ただ、肝心の先生が「子どもに手荒な真似しなさんな」と仰ってたんで、躊躇してただけみたいですから』
適度なところで祖母が学校の如く「また明日」とでも言えば、子どもは従うだろうとの話だった。
『とりあえずそんな状況なんで、今日は二人ともに同席して貰おう思てるんです。僕も高辻先生の仰ってた「その子どもをまずは教える」言うのは、ええ妥協点やと思うんですよね』
――本当にその子だけで済むかどうかは別として。
菜穂子にはそんな、八瀬青年の副音声が聞こえた気がした。
そのままなし崩しの状況に持ち込む気だろうか……なんてことは、とてもじゃないがコワくて聞けなかった。
『そこまで小学校に拘っているということは、死んでしまったことは本人も想定外。次の日か何日後はか分かりませんが、とても楽しみにしてた行事なり授業なりがあったということやないですかね……』
普通は、家族に会えれば満足するパターンが大半だと言うことだから、よほど何か心残りがあると言うことなんだろう。
『だから、おばあちゃんにしがみついてる……?』
『そう考えるのが、一番しっくりくる言う話ですよ』
『確かに……』
『それで、貴女のお祖父さんですけど』
『!』
どうやら、菜穂子が聞きたかったことを八瀬青年も忘れてはいなかったらしい。
部屋の外に視線を向けながら、至極あっさりと口を開いた。
『おとなげなく、賽の河原でその子どもと言い合いしてますね』
『…………はい?』
『いや、先生の取り合い言うた方がいいんでしょうかね。僕はむしろあの子どもの根性を称賛したいところですけど』
いやいやいや!
『言い合い? 取り合い?』
『わがまま言うてんと早よ極楽浄土行け! いやや!先生に歌て貰う! ……みたいな感じですかね? すいません、まだ死んではらへんお孫さんを、今の段階で賽の河原にご案内するのは何かと差し障りも多いですから、僕の実況中継みたいな伝え方になって申し訳ないですけど』
『えぇ……』
何してんのおじいちゃん、小学生(?)相手に!
いや、八十年近くそこにいたと分かってたら、子どもと思ってない……?
それにしたって!
おじいちゃんの衝撃が大きすぎて、まだ死んでない、ってエラい言われようだと菜穂子が思ったのは、随分と後になってからのことだった。
今の状態で頭痛がするはずもないが、思わずこめかみを人差し指と中指をあてて揉み解そうとしたくらいには、菜穂子にも驚きと動揺があった。
『えっと……じ、じゃあ、おばあちゃんは?』
『どない言うてはると思います?』
閻魔王筆頭補佐官と言う立場上からか、なるべく京都弁を押さえて敬語多めの話し方を心掛けているらしい八瀬青年が、敢えて京都弁全開の言い方をするのは、多分言葉とは裏腹に、お腹の中に何かしら抱えている時な気がする。
そんなことが分かってどうする! 嬉しくないなー……と自分で自分にツッコミを入れながらも、菜穂子は何となく想像がついていた答えを敢えて口にしてみた。
『いずれは一緒に行こう思てますけど、この子にだけでもええですから、何か授業してあげたらあきませんか――とかじゃないですかね……?』
八瀬青年は、即答しなかった。
むしろ即答しなかったことが、答えとして極めて確率が高い話じゃないかと思った菜穂子に追い打ちをかけるかのごとく、八瀬青年はおもむろにパチパチと手を叩いた。ひどくゆっくりと。
『さすがは高辻先生のお孫さん。ここまでお招きしてる甲斐がある言うものです』
『いや、単におばあちゃんやったら言いそうやなと思っただけなんで』
何だろう、この、褒められてもちっとも嬉しくない感覚。
とは言えきっとこの菜穂子の微妙な感覚も、八瀬青年には十二分に伝わっているんだろう。
笑顔がまったく崩れなかったくらいなのだから。
『そしたら、今日は二人共に会えないんですか?』
今、この場にいないくらいだから、その子どもを引き剝がして来ないことには話も出来ないのでは……?
そう思った菜穂子の表情を読んでか『もうすぐ来ますよ』と、八瀬青年は言った。
『賽の河原にも番人はいますから、いざとなったら高辻先生から子どもを引き剝がすことくらいはワケないんですよ。ただ、肝心の先生が「子どもに手荒な真似しなさんな」と仰ってたんで、躊躇してただけみたいですから』
適度なところで祖母が学校の如く「また明日」とでも言えば、子どもは従うだろうとの話だった。
『とりあえずそんな状況なんで、今日は二人ともに同席して貰おう思てるんです。僕も高辻先生の仰ってた「その子どもをまずは教える」言うのは、ええ妥協点やと思うんですよね』
――本当にその子だけで済むかどうかは別として。
菜穂子にはそんな、八瀬青年の副音声が聞こえた気がした。
そのままなし崩しの状況に持ち込む気だろうか……なんてことは、とてもじゃないがコワくて聞けなかった。
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