【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第八章 君の知らない物語

漕ぎ出でぬと

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 確かに八十年近く、鬱屈とした思いを抱えて賽の河原にいたとなると「こじらせている子ども」と言われても仕方がないのかも知れない。

 それにしても、祖母からすれば教え子は昔の姿のままだろうからすぐ分かるにしても、教え子の方は今の祖母を見てよく分かったものだ。そう思っていると、その種明かしは八瀬青年がしてくれた。

『目に見える姿がどうであれ、実際には肉体は既になく、魂が生前の幻影を纏っているようなものですから、知り合いであればすぐに分かります。今風に言えば〝気配オーラ〟とでも言いましょうか、そんな感じですね』

『オーラ……』

『だから僕は高辻先生がすぐに分かったし、先生も僕が名前を告げたところで、すぐに思い出して下さった。何故と聞かれると、ちょっと困るのですが。合理的な説明は出来ないので』

 なるほど、そう言っている八瀬青年の表情かおは、確かに「困り顔」だ。

『まあそれでも、どんな姿でいたいか……くらいは本人の希望を聞いてもいいんじゃないかということで、十王庁の審議が終了して、三つの善の道の方に行先が決まった死者ものの希望は聞いていると言ったところです。官吏になる場合は、ほどほど官吏に見える年齢とは言われていますが、基本的に生前よりも年上の姿にはなれないので、僕の場合はこれが限界です』

 もう少し威厳のある風貌でも良かったと言う八瀬青年の表情は、せつなげにも見える。

『えっと、じゃあその、おばあちゃんにしがみついている子どもって……』

『そもそも小学生までは、大人とは若干審議の方法が変わります。これはかつての元服年齢が11~12歳だったことにも起因しているんですが、まずは秦広王様のところに来た後で、賽の河原で順番を待ちます。その間補佐官が地蔵菩薩様のいらっしゃるところと連絡をとりあい、慈悲をもってすくい上げるのかどうかを判断することになります』

 八瀬青年の言葉をそのまま取るなら、その子どもは菩薩の救済を受けないまま、未だ賽の河原で留まっているという話になる。

『どの子どもも十人の王には会わない?』

『まあ、会ったところで十人の王に審議されるほどの人生を積み重ねていませんから、判断材料がないと言うのが正確なところでしょうね』

『なるほど……じゃあ地蔵菩薩様にすくい上げられると、その後はどうなるんですか?』

『三途の川を渡るのは大人と同じ。ただし見た目は子どもの姿のまま。と言って必ずしも全ての子どもに許しを与えるかと言えばそうではなく、天道経由で生まれ変わるか餓鬼道に落ちるかの二択になるのが一般的ですね』

 小学校を卒業出来なかった、祖母に最後まで教えて貰えなかった未練から、八十年近く賽の河原に留まっているからには、今のままではその子はまだ川を渡れないだろうと、八瀬青年は無慈悲に告げた。

『え、じゃあ川を渡れない子と、すくい上げられたのに餓鬼道に落とされる子の違いって何なんですか?』

 ある意味、せっかく地蔵菩薩にすくい上げられたのに餓鬼道、子どもにとっての地獄に落とされるのはかなり酷だし、子どもの守り神と言われる地蔵菩薩の存在意義にも反している。

 思わず首を傾げた菜穂子に、八瀬青年は『そうですね……』と、説明する言葉を探すように視線を上向けた。

『すくい上げるのは補佐官と秦広王様の判断。それが100%正しいのかと言えば、間違った判断をすることもあるし、すくい上げられた後で豹変する子どももいる。地蔵菩薩様ともなれば、そんな子どもはすぐに分かりますから、一度餓鬼道で反省してきた方がいいと、そう言う判断になるようですよ』

『反省……』

『最終的には、地蔵菩薩様は餓鬼道に落ちた子どもでも見捨てることは為されない。ちょっと遠回りするだけということですよ』

 その「ちょっと」がどのくらいの年月になるかは分かりませんが、と八瀬青年は苦笑いを見せる。
 本当に分からないのか、これ以上聞いてくれるなと言うことか、どちらだろう。あるいは両方かも知れない。

 菜穂子は深く聞くのはやめようと、ひとり心の中で頷いた。

『じゃあ、おばあちゃんにしがみついてるって言うその子の場合は……?』

 どういう基準で八十年近く三途の川を渡れずにいるのか。
 それはただ、小学校を卒業出来なかったからというだけの理由なのか。

 何より、その状況で祖父は今どうしているのか。


 菜穂子の疑問を感じ取ったかのように、八瀬青年は「そうですね……」と、口元に手をあてた。
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