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第八章 君の知らない物語
八十島かけて
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『教え子』
まあそれは、小学校だろうとどこだろうと、教師をしていれば教え子は毎年増える。
賽の河原だろうとどこだろうと八瀬青年以外に遭遇したっておかしくはない。
菜穂子は最初、だからどうしたくらいの感覚で話を聞いていたのだが、八瀬青年の表情は妙に冴えなかった。
『賽の河原に留まっているのは、子どもなんですよ』
『聞きました。だから、おばあちゃんに見て欲しいって』
『それはつまり先生の教え子の中で、子どものまま死んで、なおかつ裁判を受けられない子がそこにいる、言うことなんですよ』
『……あ』
八瀬青年の言葉が、じわじわと菜穂子の中にも染みていく。
『僕もたいがい若かったですよ。最初にここで会って、僕が二十代で病気で死んだって聞いた先生、涙ぐんでくれはったくらいですからね。その後、十王庁で官吏やってるって聞いてさらに「頑張ってるんやね」って泣いて――って、まあ僕の話はこれくらいでいいとして』
軽く咳払いをしている八瀬青年を見ながら、涙ぐんでいる祖母の姿が目に見えるようだなと、菜穂子は内心で思っていた。
『その子は、先生の最後の生徒だった。だから、先生も覚えていた。先生の記憶にある、そのままの姿なんだから、それはそうだ』
『最後……』
『つまり貴女のお祖父様が戦地から戻ってきて、そのまま先生が退職したことによって途中で担任が代わることになった生徒――と言うことになりますね』
菜穂子は思わず息を呑んでしまった。
三途の川にいる子どもと言うのは、確か親よりも先に死に、子どもの後悔や悔悟が親に届いていない状態で、地蔵菩薩によって救われるに値しないと見なされている子どもたちじゃなかったか。
『あるいは子ども自身が罪を犯して、残された親が亡くなった子どもを一切省みていない場合も含みますけどね』
菜穂子の表情を読んだように八瀬青年が言葉を足す。
『いえ、あの子は何も罪を犯していない。生者である貴女にこれ以上の詳細な情報は明かせませんが、まあ……終戦直後の混乱期に不本意に命を落としてしまい、小学校を卒業出来なかった自分に未練がありすぎて、どうしていいか分からないまま賽の河原にいたと……そう言う感じですね』
個人情報だと言いながらも、譲歩して情報を多少多めに洩らしてくれたのは、ひとえに祖母の影響だろう。
『成仏しそびれた……?』
『かなり端折って言うなら、そんな感じです。それで何が言いたいかと言うとですね、賽の河原でその子と高辻先生が出会ってしまったわけなんですよ』
懐かしの再会、あるいは感動の再会?
そう思った菜穂子に、八瀬青年はハッキリと眉を顰めて見せた。
『残念ながら、そうほのぼのとした話じゃなくてですね……それ、ざっくりとでも今から何年前の話やと思います?』
『えーっと……』
(終戦の年となると、1945年……ざっくり77~78年?)
思わず天井を見上げて年数を考えていると、それが正解とばかりに八瀬青年は頷いた。
険しい表情のままで。
『その間ず――っと、小学校を卒業したかった。高辻先生に「卒業おめでとう」言うて欲しかったと、ぶつぶつ賽の河原で石を積みながら拗らせていくわけですよ』
『…………』
思わず背筋に寒い何かが走ったのは気のせいじゃないはず。
そんな菜穂子に『さて』と、八瀬青年が顔を寄せた。
『そんなところに、高辻先生本人が現われたらどうなる思います?』
『えーっと……テンション上がって抱きついた、とか……?』
完全に当てずっぽう、聞かれて何も答えないわけにもいかないと、無意識のうちに答えた菜穂子だったが、八瀬青年は『当たらずとも遠からずですね』と、意外そうに目を瞠った。
『先生の授業が聞きたい、歌が聞きたい、賽の河原で卒業式がしたい……願望ダダ洩れで、先生にしがみついた状態で誰も剝がせなくなってしまったんですよ』
『……しがみついた』
『こなきジジイならぬ、こなきババァでしょうね。見た目はともかく、実際には八十歳前なんだから』
『ええ……』
妙にイライラした雰囲気の八瀬青年に、菜穂子は何て声をかければいいのか、すっかり困り果ててしまった。
まあそれは、小学校だろうとどこだろうと、教師をしていれば教え子は毎年増える。
賽の河原だろうとどこだろうと八瀬青年以外に遭遇したっておかしくはない。
菜穂子は最初、だからどうしたくらいの感覚で話を聞いていたのだが、八瀬青年の表情は妙に冴えなかった。
『賽の河原に留まっているのは、子どもなんですよ』
『聞きました。だから、おばあちゃんに見て欲しいって』
『それはつまり先生の教え子の中で、子どものまま死んで、なおかつ裁判を受けられない子がそこにいる、言うことなんですよ』
『……あ』
八瀬青年の言葉が、じわじわと菜穂子の中にも染みていく。
『僕もたいがい若かったですよ。最初にここで会って、僕が二十代で病気で死んだって聞いた先生、涙ぐんでくれはったくらいですからね。その後、十王庁で官吏やってるって聞いてさらに「頑張ってるんやね」って泣いて――って、まあ僕の話はこれくらいでいいとして』
軽く咳払いをしている八瀬青年を見ながら、涙ぐんでいる祖母の姿が目に見えるようだなと、菜穂子は内心で思っていた。
『その子は、先生の最後の生徒だった。だから、先生も覚えていた。先生の記憶にある、そのままの姿なんだから、それはそうだ』
『最後……』
『つまり貴女のお祖父様が戦地から戻ってきて、そのまま先生が退職したことによって途中で担任が代わることになった生徒――と言うことになりますね』
菜穂子は思わず息を呑んでしまった。
三途の川にいる子どもと言うのは、確か親よりも先に死に、子どもの後悔や悔悟が親に届いていない状態で、地蔵菩薩によって救われるに値しないと見なされている子どもたちじゃなかったか。
『あるいは子ども自身が罪を犯して、残された親が亡くなった子どもを一切省みていない場合も含みますけどね』
菜穂子の表情を読んだように八瀬青年が言葉を足す。
『いえ、あの子は何も罪を犯していない。生者である貴女にこれ以上の詳細な情報は明かせませんが、まあ……終戦直後の混乱期に不本意に命を落としてしまい、小学校を卒業出来なかった自分に未練がありすぎて、どうしていいか分からないまま賽の河原にいたと……そう言う感じですね』
個人情報だと言いながらも、譲歩して情報を多少多めに洩らしてくれたのは、ひとえに祖母の影響だろう。
『成仏しそびれた……?』
『かなり端折って言うなら、そんな感じです。それで何が言いたいかと言うとですね、賽の河原でその子と高辻先生が出会ってしまったわけなんですよ』
懐かしの再会、あるいは感動の再会?
そう思った菜穂子に、八瀬青年はハッキリと眉を顰めて見せた。
『残念ながら、そうほのぼのとした話じゃなくてですね……それ、ざっくりとでも今から何年前の話やと思います?』
『えーっと……』
(終戦の年となると、1945年……ざっくり77~78年?)
思わず天井を見上げて年数を考えていると、それが正解とばかりに八瀬青年は頷いた。
険しい表情のままで。
『その間ず――っと、小学校を卒業したかった。高辻先生に「卒業おめでとう」言うて欲しかったと、ぶつぶつ賽の河原で石を積みながら拗らせていくわけですよ』
『…………』
思わず背筋に寒い何かが走ったのは気のせいじゃないはず。
そんな菜穂子に『さて』と、八瀬青年が顔を寄せた。
『そんなところに、高辻先生本人が現われたらどうなる思います?』
『えーっと……テンション上がって抱きついた、とか……?』
完全に当てずっぽう、聞かれて何も答えないわけにもいかないと、無意識のうちに答えた菜穂子だったが、八瀬青年は『当たらずとも遠からずですね』と、意外そうに目を瞠った。
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『……しがみついた』
『こなきジジイならぬ、こなきババァでしょうね。見た目はともかく、実際には八十歳前なんだから』
『ええ……』
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