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第十章 MOON
死の報復(2)
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結局その日は、仏壇ではなくお墓へのお参りと、お墓周りの掃除に行ったあとは、グダグダしているうちに終わってしまった。
「お墓参りって……鐘ついたら、今のお墓って空っぽなことない?」
いや、厳密に言えば祖父母はまだ向こうだ。
ただ、私の知らないご先祖様はどうしているのか、そう言えば聞いていなかった。
もう地上に出て、自分たちが生きていた頃の世を懐かしんだり、違いを面白がったりしていたりするんだろうか。
戻ってきてお茶を飲みながら、祖父母のことはともかくとしても、一般論として疑問を呈した菜穂子に、父が「そう言えばそうやなぁ……」と、少し考える仕種を見せた。
「空っぽやったとしても、お盆済んでまた戻った時に、綺麗にして貰てる方がいいんと違うか? それに鐘ついたかて、お上人さんが来て、お経をあげてくれはるまでは、まだこっちに来てないご先祖さんかて居はるかも知れんしな」
菜穂子と違って八瀬青年を知らないにも関わらず、存外父の言葉は本質を捉えている気がした。
「まあ今の世の中、この時期にしか手を合わせに来れへん家かてあるやろうし、もうそんなこと厳密には言うてられへん気がするけどな。実際、菜穂子かて大学行ってからはそう頻繁にお墓参り行けてないやろう」
「…………確かに」
そうか。
また戻る時に、綺麗になっている方が気持ちがいい――
その考え方は、前向きでいいなと菜穂子も思った。
.゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚.゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚*。
『おぉ……今日もちゃんと来れた』
横になって目を閉じて、次に目を開いたらあの世とこの世の境にいると言う、この違和感だけはどうにも未だに馴染めない。
いや、馴染むものでもないのかも知れないが。
『あれ?』
そして今日も今日とて案内役を務めてくれている八瀬青年の表情が、何だか冴えない。
『えっと……八瀬さん? お疲れですか? あ、もしかして私をここに呼ぶのに実は負担があるとか――』
『え? あ、いえいえ! すみません、ちょっと困ったことがあって……顔に出てましたか』
『めっちゃ出てます』
ここは誤魔化すところでもないだろうと、私はいっそドきっぱりと断言する。
すると八瀬青年は、ちょっと困ったように微笑みをこちらに返してきた。
『まあ、本来であれば他人、ましてやまだ三途の川にも来ていない方にする話ではないんですが……高辻先生や貴女のお祖父様が知ってしまった話なので、二人を呼べばすぐに分かる話でしょうね……』
何だか奥歯に物が挟まったかのような言い方に、菜穂子は最初こそ眉根を寄せたものの、逆にそれで、彼が何に困っているのか、何となく予想が出来てしまった。
『あの……もしかして、辰巳幸子ちゃんとか、その妹さん絡みの話が、何かありましたか?』
『!』
そして案の定、目を瞠った八瀬青年は、それを否定しなかった。
むしろ「私から聞いた」ということの方に、少しホッとした空気すら漂わせていた。
『問い詰められてしまっては、私も答えざるを得ないのですが』
『⁉』
菜穂子がそう思ったのは、八瀬青年がそんな風に、覚えのない態度を殊更に強調したからだ。
きっと職務上、そうしておかないといけなかったのかも知れないが。
とは言え、ここでツッコミを入れても仕様がないので、菜穂子は黙って続きの言葉を待つことにする。
『結論から言うと、洋子さん――あの子どもの妹さんは「気軽に呼び出せない場所」にいたことが分かりました』
『……え』
閻魔王筆頭補佐官の八瀬青年が言う「気軽に呼び出せない場所」とは。
『三悪、いわゆる下層世界の方ですね。――彼女は罪を犯していたようです』
淡々と聞こえた言葉に、私は絶句することしか出来ずにいた。
「お墓参りって……鐘ついたら、今のお墓って空っぽなことない?」
いや、厳密に言えば祖父母はまだ向こうだ。
ただ、私の知らないご先祖様はどうしているのか、そう言えば聞いていなかった。
もう地上に出て、自分たちが生きていた頃の世を懐かしんだり、違いを面白がったりしていたりするんだろうか。
戻ってきてお茶を飲みながら、祖父母のことはともかくとしても、一般論として疑問を呈した菜穂子に、父が「そう言えばそうやなぁ……」と、少し考える仕種を見せた。
「空っぽやったとしても、お盆済んでまた戻った時に、綺麗にして貰てる方がいいんと違うか? それに鐘ついたかて、お上人さんが来て、お経をあげてくれはるまでは、まだこっちに来てないご先祖さんかて居はるかも知れんしな」
菜穂子と違って八瀬青年を知らないにも関わらず、存外父の言葉は本質を捉えている気がした。
「まあ今の世の中、この時期にしか手を合わせに来れへん家かてあるやろうし、もうそんなこと厳密には言うてられへん気がするけどな。実際、菜穂子かて大学行ってからはそう頻繁にお墓参り行けてないやろう」
「…………確かに」
そうか。
また戻る時に、綺麗になっている方が気持ちがいい――
その考え方は、前向きでいいなと菜穂子も思った。
.゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚.゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚*。
『おぉ……今日もちゃんと来れた』
横になって目を閉じて、次に目を開いたらあの世とこの世の境にいると言う、この違和感だけはどうにも未だに馴染めない。
いや、馴染むものでもないのかも知れないが。
『あれ?』
そして今日も今日とて案内役を務めてくれている八瀬青年の表情が、何だか冴えない。
『えっと……八瀬さん? お疲れですか? あ、もしかして私をここに呼ぶのに実は負担があるとか――』
『え? あ、いえいえ! すみません、ちょっと困ったことがあって……顔に出てましたか』
『めっちゃ出てます』
ここは誤魔化すところでもないだろうと、私はいっそドきっぱりと断言する。
すると八瀬青年は、ちょっと困ったように微笑みをこちらに返してきた。
『まあ、本来であれば他人、ましてやまだ三途の川にも来ていない方にする話ではないんですが……高辻先生や貴女のお祖父様が知ってしまった話なので、二人を呼べばすぐに分かる話でしょうね……』
何だか奥歯に物が挟まったかのような言い方に、菜穂子は最初こそ眉根を寄せたものの、逆にそれで、彼が何に困っているのか、何となく予想が出来てしまった。
『あの……もしかして、辰巳幸子ちゃんとか、その妹さん絡みの話が、何かありましたか?』
『!』
そして案の定、目を瞠った八瀬青年は、それを否定しなかった。
むしろ「私から聞いた」ということの方に、少しホッとした空気すら漂わせていた。
『問い詰められてしまっては、私も答えざるを得ないのですが』
『⁉』
菜穂子がそう思ったのは、八瀬青年がそんな風に、覚えのない態度を殊更に強調したからだ。
きっと職務上、そうしておかないといけなかったのかも知れないが。
とは言え、ここでツッコミを入れても仕様がないので、菜穂子は黙って続きの言葉を待つことにする。
『結論から言うと、洋子さん――あの子どもの妹さんは「気軽に呼び出せない場所」にいたことが分かりました』
『……え』
閻魔王筆頭補佐官の八瀬青年が言う「気軽に呼び出せない場所」とは。
『三悪、いわゆる下層世界の方ですね。――彼女は罪を犯していたようです』
淡々と聞こえた言葉に、私は絶句することしか出来ずにいた。
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