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第十一章 記憶の森
死の報復(7)
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『……ゴメンで済んだら警察いらん、とはよう言うたもんやな』
ガキンチョ呼ばわりして、ケンカ腰だった祖父が一番眉間に皺を寄せているのは、菜穂子としてはやや意外だった。
『親姉妹は会いたがらん。本人は小学校に未練がある。そら、いつまでたっても賽の河原から出られんわけやわな』
『おじいちゃん……』
子どもたちは賽の河原で石を積む。
石は徳。何度も何度も積むことで、その思いが親に届いて、地蔵菩薩に届いて、最後救われる。
ではその子自身に問題がないにも関わらず、親に思いが届かない場合は……?
『正直、八十年かそこらでは、地蔵菩薩様も動かれないでしょうねぇ……』
十王庁における一年と、人の世における一年とではとらえ方がまるで違うのだと八瀬青年がため息を溢す。
先代の閻魔王自体が千年以上その地位にいたそうだから、それを聞いてしまえば確かに「たかが八十年」なのかも知れない。
『じゃあ、辰巳幸子はまだまだ当分賽の河原に……?』
『そうなりますね』
目こぼしとか、例外とかないものなのかと思った菜穂子を、嘲笑うつもりはもちろんなかっただろうが、それでも八瀬青年の声に迷いはなかった。
毎日、毎月、毎年。
人の世から死者の世へと渡ってくるものは後を絶たない。
その中のただ一人に目をかけると言うことは、本来相当に無理を通すことになる。
恐らく、祖父が祖母を待ち続けたこととに関しては別の補佐官あるいは王が、祖母を賽の河原で子どもたちの「先生」になって貰おうとしていることに関しては八瀬青年が、それぞれにかなりの無理を通しているはずだ。
この上辰巳幸子に対して、誰か何か便宜を図ると言うことは、十王庁の誰にとっても難しいことになるのかも知れない。
『……おじいちゃん』
『!』
もしかしなくても、菜穂子の声色から言わんとすることを察したんだろう。
祖父の肩がピクリと揺れたように見えた。
『ずっと、とは言わへんけどさ……せめて、辰巳幸子が賽の河原から救い上げられるまでだけでも、おばあちゃんに先生させてあげられへんかなぁ?』
『……菜穂子』
『おじいちゃんはさ、もう、おばあちゃんにはゆっくりして欲しいんやって言うてたけど、あの子を教えるのって、そんなにおばあちゃんに負担がかかることかな? むしろこのまま、おばあちゃんが次の王様のところに行ってしまう方が、後悔しはらへん?』
『…………』
顔色を窺うように問いかけた菜穂子に対して、祖父は唇を噛みしめ拳を握りしめて、黙り込んだ。
もともと、そう饒舌だったわけではない。男は黙って〇〇――不言実行が美徳とさえされていた時代の人だ。
今この瞬間何を思っているのかなどと、菜穂子に分かるはずもなかった。
『……ちょっと表で頭冷やしてくる』
扉の向こうに行かれてしまうと菜穂子は追いかけようがなくなってしまうのだが、かと言って今のこの段階で、引き止める方法も言葉も思い浮かばない。
『まあ……すぐ戻って来はると思うえ』
だから長年連れ添った祖母の言葉を信じるよりほかはなかった。
『秦広王様のところの官吏もあちこちに居てますから、大丈夫や思いますよ。もしかしたら、辰巳幸子の様子を見に行かはったのかも知れませんし。頭の中を整理したくならはったんと違いますか』
そして八瀬青年も、そう言って祖母の言葉を後押しした。
『あの……八瀬さん』
『はい』
『真面目な話、ここでおばあちゃんが「残る」となったら、おじいちゃんの待遇ってどうなるんですか?』
祖母にはここで先生をさせてあげて欲しいと言ったものの、その結果祖父はどうなるのかと言えば、そこのところは聞けていないままだった。
『再就職って難しいんですか?』
聞いてみます、は確約ではない。本当に聞いてみてくれているのかも確かめようがない。
本音と建前が見え隠れするのは、多分あの世でもこの世でも同じ。
実際の感触を、菜穂子は知りたかった。
ガキンチョ呼ばわりして、ケンカ腰だった祖父が一番眉間に皺を寄せているのは、菜穂子としてはやや意外だった。
『親姉妹は会いたがらん。本人は小学校に未練がある。そら、いつまでたっても賽の河原から出られんわけやわな』
『おじいちゃん……』
子どもたちは賽の河原で石を積む。
石は徳。何度も何度も積むことで、その思いが親に届いて、地蔵菩薩に届いて、最後救われる。
ではその子自身に問題がないにも関わらず、親に思いが届かない場合は……?
『正直、八十年かそこらでは、地蔵菩薩様も動かれないでしょうねぇ……』
十王庁における一年と、人の世における一年とではとらえ方がまるで違うのだと八瀬青年がため息を溢す。
先代の閻魔王自体が千年以上その地位にいたそうだから、それを聞いてしまえば確かに「たかが八十年」なのかも知れない。
『じゃあ、辰巳幸子はまだまだ当分賽の河原に……?』
『そうなりますね』
目こぼしとか、例外とかないものなのかと思った菜穂子を、嘲笑うつもりはもちろんなかっただろうが、それでも八瀬青年の声に迷いはなかった。
毎日、毎月、毎年。
人の世から死者の世へと渡ってくるものは後を絶たない。
その中のただ一人に目をかけると言うことは、本来相当に無理を通すことになる。
恐らく、祖父が祖母を待ち続けたこととに関しては別の補佐官あるいは王が、祖母を賽の河原で子どもたちの「先生」になって貰おうとしていることに関しては八瀬青年が、それぞれにかなりの無理を通しているはずだ。
この上辰巳幸子に対して、誰か何か便宜を図ると言うことは、十王庁の誰にとっても難しいことになるのかも知れない。
『……おじいちゃん』
『!』
もしかしなくても、菜穂子の声色から言わんとすることを察したんだろう。
祖父の肩がピクリと揺れたように見えた。
『ずっと、とは言わへんけどさ……せめて、辰巳幸子が賽の河原から救い上げられるまでだけでも、おばあちゃんに先生させてあげられへんかなぁ?』
『……菜穂子』
『おじいちゃんはさ、もう、おばあちゃんにはゆっくりして欲しいんやって言うてたけど、あの子を教えるのって、そんなにおばあちゃんに負担がかかることかな? むしろこのまま、おばあちゃんが次の王様のところに行ってしまう方が、後悔しはらへん?』
『…………』
顔色を窺うように問いかけた菜穂子に対して、祖父は唇を噛みしめ拳を握りしめて、黙り込んだ。
もともと、そう饒舌だったわけではない。男は黙って〇〇――不言実行が美徳とさえされていた時代の人だ。
今この瞬間何を思っているのかなどと、菜穂子に分かるはずもなかった。
『……ちょっと表で頭冷やしてくる』
扉の向こうに行かれてしまうと菜穂子は追いかけようがなくなってしまうのだが、かと言って今のこの段階で、引き止める方法も言葉も思い浮かばない。
『まあ……すぐ戻って来はると思うえ』
だから長年連れ添った祖母の言葉を信じるよりほかはなかった。
『秦広王様のところの官吏もあちこちに居てますから、大丈夫や思いますよ。もしかしたら、辰巳幸子の様子を見に行かはったのかも知れませんし。頭の中を整理したくならはったんと違いますか』
そして八瀬青年も、そう言って祖母の言葉を後押しした。
『あの……八瀬さん』
『はい』
『真面目な話、ここでおばあちゃんが「残る」となったら、おじいちゃんの待遇ってどうなるんですか?』
祖母にはここで先生をさせてあげて欲しいと言ったものの、その結果祖父はどうなるのかと言えば、そこのところは聞けていないままだった。
『再就職って難しいんですか?』
聞いてみます、は確約ではない。本当に聞いてみてくれているのかも確かめようがない。
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