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第十一章 記憶の森
死の報復(8)
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『……貴女のお祖父様次第ですね』
祖父が出て行った扉を見ながら、八瀬青年がポツリと呟いた。
『生者の世界でも「ひと目顔を見られればそれでいい」って思っていたはずが、実際に見た途端にそれ以上の欲が出てくる人っていますよね』
『まあ、そうですね』
八瀬青年が何を言わんとしているのかがとっさに分からず、菜穂子はパチクリと瞬きをする。
『さすがにね、高辻先生の近くで働きたいとまで言われると無理があるんですよ。今、初江王様の所で雑用係してはるのは、生前の区役所勤務経験と、たまたま欠員が出ての需要があったからこそ。それ以上は十王庁の根幹に関わると、どの王も危惧されてるんです』
あの人の希望は聞いて、自分の希望は聞いてくれないのか。
あるいは、ゴネれば何とでもなるのではないか――等々。
ある意味「死者の国の司法機関」である十王庁が、必要以上に融通の利く場だと思われてしまうのは困るのだろう。
今の所で雑用係を続けさせて貰うか。
ひと足先に、六道の世界へ足を踏み入れるか。
祖父の場合は、その二択になる。
それが精一杯の選択肢だろうと、八瀬青年は言ったのだ。
『私とあの人は……同じ行先にはならへん、言うことやね八瀬君』
『!』
それまでのやり取りをどう見ていたのか、不意に祖母がそう口を開いた。
『おばあちゃん……?』
『先生……』
『お国のためやった言うても、あの人は戦地で戦ってきた人やさかいにね。辰巳幸子ちゃんの家族の方と同じや言われたら、何も言われへんのかも知れへんね』
『……っ』
『それにさんざん、私に「天国行け」ばっかり言うてたしねぇ……裏を返したら、そこに自分のことは入ってない言う話になるさかいに』
目を瞠る私の隣で、八瀬青年は苦しげに表情を歪めていた。
『先生……僕からはそれは言えません。これでも閻魔王様の筆頭補佐官。守秘義務言うのがありますから……』
『ああ、そうやったね。そやけどまあ、同じ所には行かれへんから、今回みたいな特例が認められてるようなところがあるんと違う? もちろん、土下座してまでお願いしてくれてはった言うのもあるとは思うんやけど』
『…………』
元からある結論の実行を、祖父自身の熱意が踏み留まらせた。
それがギリギリ、十王庁の根幹に触れないための妥協点だったとしたら。
――きっと、祖母の考えは正しい。
六道の中のどの世界に行くことになるのかは分からなくとも。
同じではないことだけは予測がついたのだ。
菜穂子にも。
『おじいちゃんは……元から分かってた……?』
『戦争を経験した人間の行先は、貴女のお祖父様が先生を待っていらした間だけでも何人も見てきたはりますからね。いくら戦争関係者の審議がもめがちや言うても限度がある。戦争を知らない世代と同じように審議して貰えるとしたら、空襲の被害にあった一般市民くらい――と、言うことくらいはうっすら理解してはると思いますよ』
だからこその「ひと目」会いたい、だったのでは。
直接的な肯定ではないにせよ、それは肯定と同じではないかと菜穂子には思えた。
『もう、とっくに「ひと目」は超えてますしね。実際に「ひと目」会うて心境がどのくらい変わってはるか。まぁ……先生の言う「早よ天国行け」な心境自体には変化はなさそうな気もしますけど』
『……確かに』
『あの人〝こって牛〟そのものな性格してはるさかいに……』
各地それぞれに意味があるらしい「こって牛」だが、京都あるいはその近辺では「丑年生まれの特に拘りの強い人、頑固な人、凝り性な人」と言ったイメージで使われることが多い。
言われてみれば、祖父にはぴったりかも知れない。
そんな祖父が何を思って表に出て行ったのかなどと、今の菜穂子には確かめようもなく。
祖父が戻って来るまでは、手をこまねいて様子をみているしかなさそうだった。
祖父が出て行った扉を見ながら、八瀬青年がポツリと呟いた。
『生者の世界でも「ひと目顔を見られればそれでいい」って思っていたはずが、実際に見た途端にそれ以上の欲が出てくる人っていますよね』
『まあ、そうですね』
八瀬青年が何を言わんとしているのかがとっさに分からず、菜穂子はパチクリと瞬きをする。
『さすがにね、高辻先生の近くで働きたいとまで言われると無理があるんですよ。今、初江王様の所で雑用係してはるのは、生前の区役所勤務経験と、たまたま欠員が出ての需要があったからこそ。それ以上は十王庁の根幹に関わると、どの王も危惧されてるんです』
あの人の希望は聞いて、自分の希望は聞いてくれないのか。
あるいは、ゴネれば何とでもなるのではないか――等々。
ある意味「死者の国の司法機関」である十王庁が、必要以上に融通の利く場だと思われてしまうのは困るのだろう。
今の所で雑用係を続けさせて貰うか。
ひと足先に、六道の世界へ足を踏み入れるか。
祖父の場合は、その二択になる。
それが精一杯の選択肢だろうと、八瀬青年は言ったのだ。
『私とあの人は……同じ行先にはならへん、言うことやね八瀬君』
『!』
それまでのやり取りをどう見ていたのか、不意に祖母がそう口を開いた。
『おばあちゃん……?』
『先生……』
『お国のためやった言うても、あの人は戦地で戦ってきた人やさかいにね。辰巳幸子ちゃんの家族の方と同じや言われたら、何も言われへんのかも知れへんね』
『……っ』
『それにさんざん、私に「天国行け」ばっかり言うてたしねぇ……裏を返したら、そこに自分のことは入ってない言う話になるさかいに』
目を瞠る私の隣で、八瀬青年は苦しげに表情を歪めていた。
『先生……僕からはそれは言えません。これでも閻魔王様の筆頭補佐官。守秘義務言うのがありますから……』
『ああ、そうやったね。そやけどまあ、同じ所には行かれへんから、今回みたいな特例が認められてるようなところがあるんと違う? もちろん、土下座してまでお願いしてくれてはった言うのもあるとは思うんやけど』
『…………』
元からある結論の実行を、祖父自身の熱意が踏み留まらせた。
それがギリギリ、十王庁の根幹に触れないための妥協点だったとしたら。
――きっと、祖母の考えは正しい。
六道の中のどの世界に行くことになるのかは分からなくとも。
同じではないことだけは予測がついたのだ。
菜穂子にも。
『おじいちゃんは……元から分かってた……?』
『戦争を経験した人間の行先は、貴女のお祖父様が先生を待っていらした間だけでも何人も見てきたはりますからね。いくら戦争関係者の審議がもめがちや言うても限度がある。戦争を知らない世代と同じように審議して貰えるとしたら、空襲の被害にあった一般市民くらい――と、言うことくらいはうっすら理解してはると思いますよ』
だからこその「ひと目」会いたい、だったのでは。
直接的な肯定ではないにせよ、それは肯定と同じではないかと菜穂子には思えた。
『もう、とっくに「ひと目」は超えてますしね。実際に「ひと目」会うて心境がどのくらい変わってはるか。まぁ……先生の言う「早よ天国行け」な心境自体には変化はなさそうな気もしますけど』
『……確かに』
『あの人〝こって牛〟そのものな性格してはるさかいに……』
各地それぞれに意味があるらしい「こって牛」だが、京都あるいはその近辺では「丑年生まれの特に拘りの強い人、頑固な人、凝り性な人」と言ったイメージで使われることが多い。
言われてみれば、祖父にはぴったりかも知れない。
そんな祖父が何を思って表に出て行ったのかなどと、今の菜穂子には確かめようもなく。
祖父が戻って来るまでは、手をこまねいて様子をみているしかなさそうだった。
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