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第十二章 命名
光芒(1)
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『え、ついさっき聞いたってコトは、辰巳幸子もその歌の続き聞かされてたりした!?』
一番くらいなら「さっちゃん」の歌を目の前で歌われたからと言っても、可愛いものだ……で済むだろう。
なら、その先まで本人の意思と関係なく聞かされてしまったとしたら?
ある意味「いじめ」じゃなかろうかと顔を顰めた菜穂子に、祖母は何とも言えない表情を返してきた。
『まあ、イジメるつもりはなくて揶揄いたかっただけかも知れへんけど、子どものやること考えること言うのは、小学校だろうと賽の河原だろうと変わらへんからねぇ……』
否定をしないと言うことは、祖母自身も内心ではそう思っているということだ。
辰巳幸子《さっちゃん》は無自覚の内に傷つけられてきた可能性がある、と。
歌を――「さっちゃん」の歌を歌えと言うのは、もしかしたら辰巳幸子自身が、四番以降なんて存在しないことを祖母に明言して欲しいからではないだろうか。
単なる我儘、癇癪では済ませられないところまで、既に来ているのかも知れない。
そんな風に菜穂子が思っている傍で、八瀬青年が不意に動いた。
『八瀬さん?』
『八瀬君?』
訝しむ菜穂子と祖母をすり抜けるようにして、部屋の扉にそっと手をかける。
『――そろそろ、結論出たんと違いますか』
そう言って、開けられた扉の向こうには。
『おじいちゃん……?』
腕組みをして、しかめっ面の祖父がその場に立ち尽くしていた。
『……ヘンな歌、歌われとったわ』
『え?』
『あのガキンチョ、どっかの知らん子に「おまえも電車で足無くしたんか」って言われて、泣きそうな顔で震えとったんや』
『……っ!』
あまりに思いがけない、だけどタイムリーなその話に、菜穂子たちが思わず顔を見合わせてしまう。
『よっぽど、言うてる方のガキをしばき倒したろかと思たけどな。俺はここの官吏でも何でもないさかいに「あほなコト言うてんと、去ね!」言うてやるくらいしか、出来へんかったんや』
『おじいちゃん……』
『そもそもなんやねん、あの歌。俺でもあんなでたらめな歌詞聞いたことないぞ』
『あー……うん、都市伝説言うか、何や子どもならではの替え歌が、いつの間にやら歪んでしもたらしくて』
『は? そんな胸糞悪い話が野放しになっとんのか』
さすがの祖父も「有り得ない」と憤慨しているが、こればかりは既に年月をかけて、歪んだ方向とは言え定着しかかってしまっているだけに、誰にもどうすることも出来ない。
『うーん……まあ、ほら今、ちゃんとコトの善悪を教えれるような人がおらん、言う話やし? なるべくしてなった事態という気も……』
仕方がない、で物事を片付けるなと言い合ったばかりだ。
菜穂子は頭をひねった末に「なるべくしてなった」と、少し言い方を変えて祖父に告げてみた。
もしかしたら、菜穂子の言いたいことに察しがついたのかも知れない。
祖父はそのまま、むすっとした表情のまま再び部屋の中へと入って来た。
『……ちゃんとした「先生」がおらんからや、言いたいんか』
『あー……うん、まあ……そんなトコ』
『監視する官吏はおるけどな』
『そやけど、それだけやと不十分やから今みたいな成り行きになってるコトない?』
『…………』
無言は肯定。
そんな気がした。
『確かに、ちょっと前までは言い伝え通りに、子どもが積み上げる石を蹴って崩す担当者がいたらそれで良かったみたいなんですけどね。時代と共に色んな子どもが出てくる。積み石を崩したところでまったく堪えへん子も、それは出てきます。賽の河原に「先生」が欲しい言うのも、あながち僕の我儘だけやないんですよ』
誰を「先生」として推薦するかは、ゴリ推ししたかも知れませんが――。
そんなことを言いながらも、八瀬青年の表情も至極真面目だ。
『現代社会でも「学級崩壊」言う単語が出て来てますでしょう。現代で起きることは、死者の世でだって起きかねない。いえ、現に今、起きかかってるんですよ』
賽の河原の学級崩壊。
荒唐無稽なようでいて、現に辰巳幸子は、無自覚のいじめの標的にされつつある。
それは今、この場にいる全員が実感したことだ。
『――ぜひ、高辻先生の力を十王庁に貸して下さい。貴方のお迎えで途絶えてしまった先生の教師生活を、もう少し続けさせてあげて下さい』
『!』
八瀬青年が、そう言って深々と祖父に向かってそこで頭を下げた。
九十度よりも、深々と。
一番くらいなら「さっちゃん」の歌を目の前で歌われたからと言っても、可愛いものだ……で済むだろう。
なら、その先まで本人の意思と関係なく聞かされてしまったとしたら?
ある意味「いじめ」じゃなかろうかと顔を顰めた菜穂子に、祖母は何とも言えない表情を返してきた。
『まあ、イジメるつもりはなくて揶揄いたかっただけかも知れへんけど、子どものやること考えること言うのは、小学校だろうと賽の河原だろうと変わらへんからねぇ……』
否定をしないと言うことは、祖母自身も内心ではそう思っているということだ。
辰巳幸子《さっちゃん》は無自覚の内に傷つけられてきた可能性がある、と。
歌を――「さっちゃん」の歌を歌えと言うのは、もしかしたら辰巳幸子自身が、四番以降なんて存在しないことを祖母に明言して欲しいからではないだろうか。
単なる我儘、癇癪では済ませられないところまで、既に来ているのかも知れない。
そんな風に菜穂子が思っている傍で、八瀬青年が不意に動いた。
『八瀬さん?』
『八瀬君?』
訝しむ菜穂子と祖母をすり抜けるようにして、部屋の扉にそっと手をかける。
『――そろそろ、結論出たんと違いますか』
そう言って、開けられた扉の向こうには。
『おじいちゃん……?』
腕組みをして、しかめっ面の祖父がその場に立ち尽くしていた。
『……ヘンな歌、歌われとったわ』
『え?』
『あのガキンチョ、どっかの知らん子に「おまえも電車で足無くしたんか」って言われて、泣きそうな顔で震えとったんや』
『……っ!』
あまりに思いがけない、だけどタイムリーなその話に、菜穂子たちが思わず顔を見合わせてしまう。
『よっぽど、言うてる方のガキをしばき倒したろかと思たけどな。俺はここの官吏でも何でもないさかいに「あほなコト言うてんと、去ね!」言うてやるくらいしか、出来へんかったんや』
『おじいちゃん……』
『そもそもなんやねん、あの歌。俺でもあんなでたらめな歌詞聞いたことないぞ』
『あー……うん、都市伝説言うか、何や子どもならではの替え歌が、いつの間にやら歪んでしもたらしくて』
『は? そんな胸糞悪い話が野放しになっとんのか』
さすがの祖父も「有り得ない」と憤慨しているが、こればかりは既に年月をかけて、歪んだ方向とは言え定着しかかってしまっているだけに、誰にもどうすることも出来ない。
『うーん……まあ、ほら今、ちゃんとコトの善悪を教えれるような人がおらん、言う話やし? なるべくしてなった事態という気も……』
仕方がない、で物事を片付けるなと言い合ったばかりだ。
菜穂子は頭をひねった末に「なるべくしてなった」と、少し言い方を変えて祖父に告げてみた。
もしかしたら、菜穂子の言いたいことに察しがついたのかも知れない。
祖父はそのまま、むすっとした表情のまま再び部屋の中へと入って来た。
『……ちゃんとした「先生」がおらんからや、言いたいんか』
『あー……うん、まあ……そんなトコ』
『監視する官吏はおるけどな』
『そやけど、それだけやと不十分やから今みたいな成り行きになってるコトない?』
『…………』
無言は肯定。
そんな気がした。
『確かに、ちょっと前までは言い伝え通りに、子どもが積み上げる石を蹴って崩す担当者がいたらそれで良かったみたいなんですけどね。時代と共に色んな子どもが出てくる。積み石を崩したところでまったく堪えへん子も、それは出てきます。賽の河原に「先生」が欲しい言うのも、あながち僕の我儘だけやないんですよ』
誰を「先生」として推薦するかは、ゴリ推ししたかも知れませんが――。
そんなことを言いながらも、八瀬青年の表情も至極真面目だ。
『現代社会でも「学級崩壊」言う単語が出て来てますでしょう。現代で起きることは、死者の世でだって起きかねない。いえ、現に今、起きかかってるんですよ』
賽の河原の学級崩壊。
荒唐無稽なようでいて、現に辰巳幸子は、無自覚のいじめの標的にされつつある。
それは今、この場にいる全員が実感したことだ。
『――ぜひ、高辻先生の力を十王庁に貸して下さい。貴方のお迎えで途絶えてしまった先生の教師生活を、もう少し続けさせてあげて下さい』
『!』
八瀬青年が、そう言って深々と祖父に向かってそこで頭を下げた。
九十度よりも、深々と。
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