【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第十一章 記憶の森

死の報復(10)

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『真面目な話、八瀬君、仮に幸子ちゃんの妹さんの旦那さんがに来たから言うて、肝心の妹さんとは会われへんことない?』

 純粋な疑問と言うよりは、確認しているといった口調だ。

 聞かれた八瀬青年も、かなり困った表情を浮かべていた。

『それは何とも……聞く限りはギリギリ赤紙招集されなかった年代の人やとは思いますけど、だからと言って今の今まで清廉潔白に生きてこられたのかどうかは……』

 船井老人の生前の行い次第で、妻と同じ道を歩むことになるかも知れない。
 それは現時点では確認のしようもない。
 八瀬青年の困惑は、そういうことだろう。

『ああ、うん、それもあるんやけど、何番目かの王様のところで、生前関係のあった人やら動物やらを呼んで、その死者の行いを証言して貰う、言う話やろう? 今のままでは辰巳一家からは誰も呼べへんことない?』

 祖母の問いかけに、言いたいコトが分かったのか八瀬青年は「……ああ」と、軽く手を叩いた。

『そうですね。基本的には三悪道――地獄道、餓鬼道、修羅道にいる死者は証言の場には呼べません。秦広王様の審議の場からかなり離れたところにあると言うのもあるんですけど、一番は、そんなところに送られるようになった性根から言うても、証言に信憑性はないと思われてますから』

『そうよねぇ……そうなると、その旦那さんと幸子ちゃんの妹さんを会わせる時に、幸子ちゃんもこっそり同席させる――いう手は使えへんのよねぇ』
 
 ああ、とそこでようやく菜穂子は、祖母が考えていたプランを察した。
 それと同時に、それを実行することがとても難しいことも。

『おばあちゃん、でもさ、辰巳幸子さっちゃんって卒業まで小学校に通いたかったのと、おばあちゃんと歌を歌いたかったのが未練なんやないの? 家族の話って今まで一言も聞いてない気がするんやけど』

 少なくともここまで、菜穂子は一言もそんな話を聞いていない。
 そう言うと、祖母は虚を突かれたように黙り込んだ。

『まあ確かに「家族なんやから」言うのは、万人に通じる話でもないですしね』

 むしろ八瀬青年の方が、菜穂子に共感する姿勢を見せたくらいだった。

『八瀬君まで……』

『僕も正直、病気が分かった段階で「穀潰し」「金喰い虫」言われて、最後はほとんど放置でしたから。秦広王様の所で僕が会うたのも、最後まで僕に寄り添ってくれてた近所の野良猫やったくらいで』

 あっさりと微笑わらいながらそんなことを言っているが、実際には物凄く重い話だ。

 戦後復興期の食糧難で見殺しにされた辰巳幸子さっちゃんと、同じく貧乏の末に薬も手に入れられず息を引き取ったらしい八瀬青年。

 家族に夢を見ていない、という意味ではむしろ彼の方が辰巳幸子さっちゃんの心境を理解していそうだった。

『――まあ、そやから言うて高辻先生にベタベタまとわりついていいかと言えば、それはまた話は違うんですけどね』

 まさか菜穂子の心の中を読んだわけでもないだろうが、そう言って八瀬青年は意味ありげに口元を歪めていた。

『戻れるんなら、僕も小学生に戻って先生に教えて欲しいくらいやのに』

 ……どうやら、共感よりも嫉妬の方が上回っているらしい。

 思わず半目になってしまった菜穂子に気が付いたのか、八瀬青年は軽く咳払いをして態勢を整えていた。

『ああ、でも、先生が歌うたうんなら、僕も同席したいです。あの当時、授業でうとてええ歌なんて、九分九厘軍歌やったでしょう? もっと普通の歌を先生の声で聞きたいです』

 軍歌。
 そう言えばいつだったか、どこかの幼稚園で歌わせている話が広がって「時代錯誤」だなんだと世間を賑わせていたような気がする。

 戦時歌謡や愛国歌と言った区別もあるらしいが、内容自体は軍隊内で士気を高めるために作られた歌やら、戦死した犠牲者を悼むことを目的とするものまで様々あるらしい。

 祖母曰く、現代の街中で大音量で走る街宣車がよく流しているのは所謂「戦時歌謡」に分類されるものらしく、軍隊内で作られた軍歌とは、微妙に趣を異にするそうだ。

『大本は日露戦争の悲惨さを訴える反戦の歌やった筈なんやけど、いつの間にかすり替わってしもたなぁ……まぁ今やから言えるけど、確かに授業中は軍歌ばっかりやったわ。そやから放課後とか、生徒連れて疎開先で短い遠足なんかに行った時には、こっそり唱歌をうとてあげたりしてた。幸子ちゃんもそっちが頭に残ってしもてたんかも知れへんね』

『唱歌……って、たとえば「さっちゃん」も?』

『そうやね』

 もちろん、おかしな四番以降の歌詞はついていない――祖母は茶目っ気混じりにそう言って、肩を竦めた。

『え、おばあちゃんはその話知ってたん!?』

 八瀬青年が知らなかったくらいだから、てっきり……と菜穂子は思ったものの、考えてみれば船井老人が洋子おくさんが歌っていたのを聞いていると言っていたくらいだ。どこかで耳にしたことがあるのかも知れない。

 驚く菜穂子に『知ったのはついさっき』と祖母は苦笑いを見せた。

『幸子ちゃんじゃなくて、別の子が賽の河原でさっき歌ってたんよ。おばあちゃんが先生してた頃やったら「誰や! 子どもに何て歌聞かせてるんや!」って怒ってたやろうけどなぁ……あの子かてどこかからの又聞きで歌ってたんやろうし、一概には責められんかったわ』

 唱歌としては三番までが正しい。ちゃんと教えてあげないと――と呟いている祖母に、菜穂子はもう、これは祖母が賽の河原に残るのは確定だろうと言う気さえしはじめていた。

 きっと祖母は、あの子を見捨てられない。
 そうなると、問われているのは祖父の覚悟だけと言う話になってしまう。
 
 決断の時は、きっとすぐそこ。
 そんな気さえ、今はしていた。
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