【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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第十二章 命名

光芒(4)

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『確かに異論がなかったとは言いません。これが高辻先生やなかったら、ここまでのことをしたのかと言われれば、僕も否定はしきれませんから。ただそれだけどこの部署でも、賽の河原で子どもたちを教え導く――言う十王庁初の試みに、期待やら関心やらがあるんですよ』

 一瞬の沈黙が永遠のように長く思えた後の、八瀬青年の答えがその言葉だった。

『何より王以上に地蔵菩薩様が期待されてるみたいで、話し合いの中で特に閻魔王様が提示された今回の代案を、誰より後押しされたのがかたやと聞いてます』

『地蔵菩薩様……』

『ご自分が賽の河原からすくい上げる子どもが、そのことで一人でも増えるのなら、と』

 ここまでくると、もう十人の王の話以上に菜穂子の理解の範疇を越えている。

 神は実在するのかと、今更なことを思ってしまったくらいだ。

『新規の部署の職場環境を整えるのは、あの世でもこの世でも基本中の基本でしょう。高辻先生が憂いなく先生としての仕事に全力を注いでくれはるのなら、ご主人をもう少し十王庁こちら側に留め置くのも福利厚生の一環やないか、言う話になりましてね』

『福……それ、俺が言うのもなんやけどかなりの屁理屈と違うか』

 唖然としながらも、福利厚生扱いされた祖父本人が、屁理屈ではないかと自己申告している。

『そんなのは、皆、分かってますよ』

 だけど八瀬青年は、清々しいまでにその「屁理屈」を肯定していた。

現代あちらがわでも、優秀な女性に産後職場復帰して貰いやすいよう、会社内に託児所を設置してる所とかあると聞いてますよ。託児所はまあ、例としては極端ですけど、それに近い感覚で職場環境を整えたようなものです。あの世だろうがこの世だろうが、官吏の思いつくことなんて似たり寄ったり。本音と建前があろうと、玉虫色だろうと、関係者の中で落としどころが見つかったら、それでええんですよ』

『……どこの政治家みたいなコト、言うとんのや』

『これでも一応閻魔王様の筆頭補佐官ですから』
『俺は褒めとらんぞ』
『僕には褒め言葉です』
『…………』

 凄い。
 祖父が完全に言い負かされている。

 祖母に至っては、ぽかんと口を開けたままだ。

 もちろん菜穂子は――文句など言うつもりもなかった。

 結局のところ、閻魔王の提案と言う大きな後ろ楯があったにしても、八瀬青年はそれを武器に各部署との交渉あるいは折衝を繰り広げ、最終的には現状維持の上で祖母を迎え入れると言う力業を通してのけたのだ。

 それは先代の閻魔王が、彼の登場と共に王の交代を決断するはずである。

 恐らくは自分の後にそれまでの筆頭補佐官だった小野篁卿を据えるつもりは以前からあったにせよ、ではその後の筆頭補佐官をどうするという部分で二の足を踏んでいたところに、背中を押されたのだ。

 冗談は抜きにして、もう千年くらいたてば、今度は彼が閻魔王を名乗るのではないかとさえ思えた。

『……どうかしはりましたか?』

 呆れを通り越して、関心して見ていたのが伝わったのかどうか、八瀬青年がそう言って菜穂子の方を振り返った。

『いえいえ! その、何て言うか周囲が納得するように、おじいちゃんから一度おばあちゃんへの執着を手放すをの待ってはったんかな? と、思って』

『執着とはなんや、執着とは。人聞きの悪い』

 傍で祖父がそんなことを愚痴っているが、そこは敢えて無視スルーする。
 どう考えてもヤンデレの執着だろう、なんて口が裂けても言えやしないのだから。

 そんな菜穂子と祖父を見比べながら、八瀬青年は「ふふ」と、可笑しそうに口の端を持ち上げていた。

『奥様を待つ、言われて十人の王全員に土下座して回った、貴女のお祖父さんの行動力は、今や十王庁官吏の間でも語り草ですからね。しかも奥様――高辻先生の教職復帰に関しても強硬に反対されてた。そのご本人がようやく折れて、自分が身を引くことを決断した。まあそれだけでも話題性充分ですが、その潔さに王、あるいは地蔵菩薩様の御心が動いたと触れ回れば、さすがに誰も反対出来ませんでしょう?』

 賽の河原で子どもたちを教えると言う話にも。祖父が初江王の下に今のまま残ることにも。

 それでもまだ反対をするとなれば、今度は十王庁内での自分の立場が悪くなると言うのだ。
 王と地蔵菩薩の意思に反したことになるから、と。

『高辻先生が教鞭をとられる「賽の河原の学校」の船出も明るくなろうと言うものです』
『く……っ』
『く?』

 黒っ‼

 うっかりそう言いかけて、菜穂子は慌てて言葉を呑み込んだ。

 たかが生まれてこの方十九年の自分では、どうしようもないところに八瀬青年はいると実感した。
 さぞやお腹の中は黒いだろうな、などとうっかり口にしなかっただけでも頑張った方だ。

『ナ、ナンデモナイデス……』


 それしか言葉に出来なかったけど、もしかしたら表情かおには出ていたかも知れない。
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