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第十二章 命名
光芒(3)
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『そしたら、俺はもうお役ご免やな。大人しく冥土の裁きに従うことにするわ』
『おじいちゃん……』
祖母の望みを叶えてやれ、と言ったのは菜穂子だ。
それでも、胸を刺した痛みまでは菜穂子自身にもどうしようもなかった。
『長いことお騒がせしましたな、八瀬さん。この後どこに行ったらええんか、教えてくれるか』
『あなた……』
『……よろしいんですか?』
問いかける八瀬青年の表情からは何も読み取れない。
けれど祖父は、それに反発することはなかった。
『深町志緒としては満足した、言われたら……俺は何も言われへんしな。高辻志緒としての思い出まで俺が縛ってしまうのは、筋が違う。まあ、本当やったら、丸ごと俺のモンでいて欲しかったけどな』
(おじいちゃん、真顔のヤンデレ発言)
――高辻志緒としての人生も、全うさせて欲しい。
どうやら祖父は、そこに反論の余地を見出せなかったようだ。
本人の笑顔を奪うようでは、ヤンデレの風上にもおけないといったところだろうか。
祖母がこちらから顔をそむけているのは、多分、間違いなく祖父の最後の発言に反応して、照れているからだろう。
『……菜穂子、おまえ何やあほなこと考えてへんか』
『へ!? いやいや、まさか!』
ニヤニヤ笑いかけてあわてて表情を引き締めた、そんな菜穂子の心の内を見透かしたかのように、祖父は半目になっていた。
菜穂子はあわてて顔と手をぶんぶんと横に振った。
『おじいちゃん、思い切ったなぁ……って、うん、オトコマエやん!』
『やっぱり、あほなこと考えとったやないか』
褒めたつもりが呆れた表情をされてしまったが、それも一瞬のことで、やがてふと口元を綻ばせた。
『……本当、ええ年齢して仕方がない奴やな』
仕方がない奴や。
生前からの、祖父の口癖。
それをまた聞くことが出来たのは、菜穂子にとっても思いがけない贈り物だった。
『ええ年齢って! 私まだ、ぴちぴちの十代なんやけど!?』
――口に出しては、それを言わなかったが。
『そしたら、まあ……この後何処に行ったらええんか、言う話ですけど』
それまでは菜穂子と祖父母のやりとりをジッと見守っていた八瀬青年が、そこで会話を引き取るように口を開いた。
話がひと段落した、と思ったのかも知れない。
『ああ』
祖父もそこで、綻ばせていた口元を引き締めるように、八瀬青年を見返した。
『初江王様が、雑用係の雇用延長を認めて下さいました』
『『『えっ!?』』』
ところが、誰一人思いもよらなかったその発言に、深町家全員が、それぞれに間の抜けた声を上げてしまった。
『八瀬君……?』
驚きから立ち直ったのは、祖母が早かっただろうか。
皆の疑問を代弁するかのように、八瀬青年に疑問の声を発していた。
問われた八瀬青年は『はぁ……』と、大仰とも取れるため息を吐き出していた。
『ご自身で納得して、高辻先生のことを手放して下さるなら――との条件付きやったんで、ここまで黙ってたんですよ。本当はもっと前から、落としどころとしてその選択肢はあったんですけどね。篁様、いえ閻魔王様がその代案をお考えになられて、初江王様を始め他の王も了承なされたとのことで』
『八瀬君、それ、無茶してない? 八瀬君のこの先のお仕事に影響あったりせえへん? そもそも、一人一人の希望を聞いてたらキリがない言う話やなかった?』
落としどころと言われれば、祖父母にとってはこれ以上ない落としどころだろう。
三途の川を挟むとは言え、先の見えない離れ離れとはわけが違う。
八瀬青年が、何かごり押しをしたのではないか。
それぞれの王から不興を買ったり、閻魔王筆頭補佐官としての立場に悪影響を及ぼしたりはしないか。
祖母の心配は、当然だと言えた。
菜穂子でも、そこは気になるくらいだ。
祖父は無言だが、気になっていることは間違いないだろう。
三人は固唾を呑んで、八瀬青年の言葉の続きを待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
8月31日、第6回ほっこり・じんわり大賞の結果発表があり、本作が奨励賞受賞しました……!
皆さまの応援のおかげです。
ありがとうございます!
もうすぐ完結、あと少しお付き合い下さいm(_ _)m
『おじいちゃん……』
祖母の望みを叶えてやれ、と言ったのは菜穂子だ。
それでも、胸を刺した痛みまでは菜穂子自身にもどうしようもなかった。
『長いことお騒がせしましたな、八瀬さん。この後どこに行ったらええんか、教えてくれるか』
『あなた……』
『……よろしいんですか?』
問いかける八瀬青年の表情からは何も読み取れない。
けれど祖父は、それに反発することはなかった。
『深町志緒としては満足した、言われたら……俺は何も言われへんしな。高辻志緒としての思い出まで俺が縛ってしまうのは、筋が違う。まあ、本当やったら、丸ごと俺のモンでいて欲しかったけどな』
(おじいちゃん、真顔のヤンデレ発言)
――高辻志緒としての人生も、全うさせて欲しい。
どうやら祖父は、そこに反論の余地を見出せなかったようだ。
本人の笑顔を奪うようでは、ヤンデレの風上にもおけないといったところだろうか。
祖母がこちらから顔をそむけているのは、多分、間違いなく祖父の最後の発言に反応して、照れているからだろう。
『……菜穂子、おまえ何やあほなこと考えてへんか』
『へ!? いやいや、まさか!』
ニヤニヤ笑いかけてあわてて表情を引き締めた、そんな菜穂子の心の内を見透かしたかのように、祖父は半目になっていた。
菜穂子はあわてて顔と手をぶんぶんと横に振った。
『おじいちゃん、思い切ったなぁ……って、うん、オトコマエやん!』
『やっぱり、あほなこと考えとったやないか』
褒めたつもりが呆れた表情をされてしまったが、それも一瞬のことで、やがてふと口元を綻ばせた。
『……本当、ええ年齢して仕方がない奴やな』
仕方がない奴や。
生前からの、祖父の口癖。
それをまた聞くことが出来たのは、菜穂子にとっても思いがけない贈り物だった。
『ええ年齢って! 私まだ、ぴちぴちの十代なんやけど!?』
――口に出しては、それを言わなかったが。
『そしたら、まあ……この後何処に行ったらええんか、言う話ですけど』
それまでは菜穂子と祖父母のやりとりをジッと見守っていた八瀬青年が、そこで会話を引き取るように口を開いた。
話がひと段落した、と思ったのかも知れない。
『ああ』
祖父もそこで、綻ばせていた口元を引き締めるように、八瀬青年を見返した。
『初江王様が、雑用係の雇用延長を認めて下さいました』
『『『えっ!?』』』
ところが、誰一人思いもよらなかったその発言に、深町家全員が、それぞれに間の抜けた声を上げてしまった。
『八瀬君……?』
驚きから立ち直ったのは、祖母が早かっただろうか。
皆の疑問を代弁するかのように、八瀬青年に疑問の声を発していた。
問われた八瀬青年は『はぁ……』と、大仰とも取れるため息を吐き出していた。
『ご自身で納得して、高辻先生のことを手放して下さるなら――との条件付きやったんで、ここまで黙ってたんですよ。本当はもっと前から、落としどころとしてその選択肢はあったんですけどね。篁様、いえ閻魔王様がその代案をお考えになられて、初江王様を始め他の王も了承なされたとのことで』
『八瀬君、それ、無茶してない? 八瀬君のこの先のお仕事に影響あったりせえへん? そもそも、一人一人の希望を聞いてたらキリがない言う話やなかった?』
落としどころと言われれば、祖父母にとってはこれ以上ない落としどころだろう。
三途の川を挟むとは言え、先の見えない離れ離れとはわけが違う。
八瀬青年が、何かごり押しをしたのではないか。
それぞれの王から不興を買ったり、閻魔王筆頭補佐官としての立場に悪影響を及ぼしたりはしないか。
祖母の心配は、当然だと言えた。
菜穂子でも、そこは気になるくらいだ。
祖父は無言だが、気になっていることは間違いないだろう。
三人は固唾を呑んで、八瀬青年の言葉の続きを待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
8月31日、第6回ほっこり・じんわり大賞の結果発表があり、本作が奨励賞受賞しました……!
皆さまの応援のおかげです。
ありがとうございます!
もうすぐ完結、あと少しお付き合い下さいm(_ _)m
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