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第二部 宰相閣下の謹慎事情
375 繋がる過去
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「今でこそ王都中心街に拠点を構えているラヴォリ商会ですが、元はクヴィスト公爵領内の旧グゼリ伯爵領領都にあった商会の、その更に傘下にありまして」
次期商会長カールフェルドの言葉に、エドヴァルドが微かに眉を顰めていた。
「例の騒動の際に、セーデルボリ商会と共に傘下からは抜けて、それぞれが独立した商売をしようと、先代同士が話し合って決断したとか」
(……セーデルボリ?)
どこかで聞いた名前だと記憶の奥底を辿った私は、さほど間を置かずして、それが語学教師として少し前までイデオン公爵邸に来てくれていた、フィリッパ・セーデルボリの婚家である事を思い出した。
そう言えば、イデオン公爵邸に、主に野菜を納めているとも聞いた。
「その騒動で、高位貴族と必要以上に結び付く事がどれほど危ういか、力を持ち過ぎた商会がどれほど産業全体を衰退させるのかと言う事を、身をもって知ったと先代は父に言っていたようです。どうやら裁判であらぬ証言を強要されかけて、セーデルボリ家の跡取りと共に、身一つとも言える状況で領都を出たのだとか」
「……セーデルボリは、オノレ子爵家が、当時の評判を気にする事なく取引を続けていたと聞いたが」
オノレ子爵家――ユセフ・フォルシアン公爵令息の、高等法院における上司の家だ。
私はエドヴァルドの言葉を聞きながら、一生懸命に頭の中で情報を整理していた。
「もともとセーデルボリ家は、必要以上に商会を大きくする事を望んではいなかった。当時のオノレ家は男爵家。こちらも必要以上にグゼリ伯爵家に媚びる事をしていない家でしたから、お互いにひっそりとやっていこうと、斜め上の方向に意気投合したそうで……。ならば自分がその両家が、他からの圧力を二度と受けないよう、王都で一旗あげてやる――となったのが、先代…私の祖父でした」
ラヴォリ商会の先代商会長は、セーデルボリ家とオノレ男爵家が持つ販路と名前を上手く使いつつも、血の滲む様な努力の甲斐あって、当時はまだ現役当主だったスヴェンテ老公爵に認められ、今の商会の基礎を築き上げたのだと言う事だった。
「とは言え、表向きのセーデルボリ家は、今もオノレ子爵領に拠点を置く、地元密着型の独立した商会です。商会長は、悪意ある噂で身動きが取れなくなっていたキヴェカス伯爵家の為に、何も言わず王都までキヴェカスの製品を運ぶ事を引き受けた。どうやら、そもそも野菜の取引があって、多少なりと交流があったようですよ」
「ああ……フィリッパ先生が、実家の爵位を返上後、クヴィスト公爵領所縁の家に行儀見習いに出ていたと言うのは……当時のオノレ男爵家なんですね……」
私の呟きに、エドヴァルドが軽く頷いている。
「遠く遡れば、公爵家を継げなかった直系子息に辿り着くらしいな。都合の良い時だけ縁戚扱いをされて迷惑だとか何だとか、クロヴィス・オノレが愚痴を溢していた事はある」
どうやら陛下に説教された先代公爵は、よほど人望がなかったご様子。
本来であれば、クヴィスト公爵家本家が庇っていたグゼリ伯爵家を守る為に動かなくてはならなかったところ、クロヴィス・オノレはヤンネ・キヴェカスの方へと助力し、グゼリ伯爵家を解体させてしまったのだ。
クロヴィス・オノレ本人にそのつもりはなくても、これで旧グゼリ伯爵領を丸ごと引き受けてしまえば、オノレ男爵家による主家の乗っ取りだと、口さがない者達にあることない事囁かれるのは目に見えていた。
だからこその子爵位と、現状維持を彼は押し通したのだろう。
恐らくはセーデルボリ家と同様に、代々の直系の気質はそう変わらないのかも知れない。
「まあですから我がラヴォリ商会も、何よりもギルドとの協力関係を重視して、たとえ高位貴族と言えど販路を思うままに出来ないよう、日々目を光らせているのですよ」
「……その割に、ボードストレーム商会には好き勝手させていたようだが」
レイフ殿下が握っていた、銀の販路に影響力のあった商会の名を、さりげなくエドヴァルドが仄めかせたところ、カールフェルドは困った様に微笑っただけだった。
「耳の痛い話ですが、そこに手を付ける為には、どうしても一定の資金を持つ規模にまで商会を拡大させないといけなかった。何しろ相手は王族。動かせる金額の規模が違いますからね。ここだけの話、今回の眼鏡に関する事業をウチで担う事が出来れば、今度こそ銀の牙城に挑めると、それもあって商会長自らがバリエンダールまで情報を集めに行っているのですよ」
まさかその間に、某公爵家が先物取引を仕掛けて、ボードストレーム商会の価値を一気に下げてくるとは思いもしませんでしたが――。
意味ありげなカールフェルドの視線にも、エドヴァルドは揺らがなかった。
「私が動かなければ、彼女が一人で動いてしまうところだった。必要にかられて…と言うのが実状だが、今の話を聞けば、情報共有の重要性は嫌でも分かるな。結果的に、ラヴォリ商会の商会長の意図を潰してしまったようなものだからな」
…そう言われてしまうと、私にも返す言葉がない。
若干シュンとなった私に、カールフェルドの方が慌てて手を振っていた。
「いえいえ!商業を生業としている以上は、充分に考えられる事です。父もこれを聞けば納得すると思いますよ。イデオン公爵領にはもともとシュタムの銀がある。ボードストレーム商会の販路も取り込めば、恐らくはそれだけで商会としては立ち行くと思いますが――それ以外にも手掛ける予定がおありと言う事なんですよね?ああ、手の内を全て見せて頂く必要はありませんよ。これはあくまで『情報交換』ですから」
喰えない青年だな、と言うのが私のカールフェルドに対する大まかな印象だった。
ラヴォリ商会の動きも対価として明かしつつも、こちらの動きもある程度情報開示するよう、さりげなく主張している。
例え若旦那と呼ばれていようと、どこかの時代劇に出てきそうな、遊び人のボンボンでは決してないと言う事だ。
エドヴァルドを見れば、任せると言う風に頷いてくれたので、私もある程度の手の内を見せる事にした。
もちろん、王宮絡みの話は伏せておくつもりだし、エドヴァルドもそれが分かっているから頷いてくれたんだろうと思う。
「まず、ユングベリ商会はイデオン公爵領の特産品を流通させる事を主目的として立ち上げた商会です。とは言え、基本的には既存の商会販路は潰しません。ボードストレーム商会の話は、火の粉を振り払っただけ、言わば例外とお考え頂いて結構です」
「既存の販路は潰さない……?ではどうやって商品を流通させると……」
「眼鏡と同じですよ、カール商会長代理。ユングベリ商会が持つ販路は、全て新たな商品の為の販路です。特許権に絡む事として、ここでは詳細は控えさせて頂きますね」
「なっ……」
特許権、と聞いたカールフェルドが目を瞠っている。
そう言えば、普通はそう何件もポンポンと申請されるものではないと、ギルドで聞いた気もするけれど、こればっかりは事実だから仕方がない。
「近々、そのためにバリエンダールにも渡航するつもりでした。ただそうなると、途中各地でこちらの商会の方と遭遇する可能性があると耳にしたものですから、それでこちらからも挨拶をすべきかと、スヴェンテ老公爵様にお願いをしようとしていた訳なんです」
嘘です。
無理矢理連れて行かれるので、せめて日本食を再現出来る食材はないかと探しに行くだけです。
でも、バリエンダールに行くのは事実なので、そこはオブラートに包んで誤魔化しておこう。
「なるほど……理解の早い方で助かりますよ。では各地、ユングベリ商会の名が出た時には誤った対応をしないよう連絡を入れておきますよ。無駄に揉め事を起こすなと」
「それは、こちらこそ助かります。では、お近づきの印に一つ、スヴェンテ公爵邸にあった歩行補助の器具に関して、アンジェス国にはまだない、私の国の器具の話を耳にお入れします。ユングベリ商会の今の規模では、今はまだ実験も再現も出来ないので、よければ改良案の一つに加えてみて下さい」
お近づきの印に――って言う言い方をこちらでもするのだろうかと思いつつも、歩行補助器具の改良案と言う事への喰いつきの方が大きかったので、私もしれっとそのまま話を進める事にした。
「今でこそ王都中心街に拠点を構えているラヴォリ商会ですが、元はクヴィスト公爵領内の旧グゼリ伯爵領領都にあった商会の、その更に傘下にありまして」
次期商会長カールフェルドの言葉に、エドヴァルドが微かに眉を顰めていた。
「例の騒動の際に、セーデルボリ商会と共に傘下からは抜けて、それぞれが独立した商売をしようと、先代同士が話し合って決断したとか」
(……セーデルボリ?)
どこかで聞いた名前だと記憶の奥底を辿った私は、さほど間を置かずして、それが語学教師として少し前までイデオン公爵邸に来てくれていた、フィリッパ・セーデルボリの婚家である事を思い出した。
そう言えば、イデオン公爵邸に、主に野菜を納めているとも聞いた。
「その騒動で、高位貴族と必要以上に結び付く事がどれほど危ういか、力を持ち過ぎた商会がどれほど産業全体を衰退させるのかと言う事を、身をもって知ったと先代は父に言っていたようです。どうやら裁判であらぬ証言を強要されかけて、セーデルボリ家の跡取りと共に、身一つとも言える状況で領都を出たのだとか」
「……セーデルボリは、オノレ子爵家が、当時の評判を気にする事なく取引を続けていたと聞いたが」
オノレ子爵家――ユセフ・フォルシアン公爵令息の、高等法院における上司の家だ。
私はエドヴァルドの言葉を聞きながら、一生懸命に頭の中で情報を整理していた。
「もともとセーデルボリ家は、必要以上に商会を大きくする事を望んではいなかった。当時のオノレ家は男爵家。こちらも必要以上にグゼリ伯爵家に媚びる事をしていない家でしたから、お互いにひっそりとやっていこうと、斜め上の方向に意気投合したそうで……。ならば自分がその両家が、他からの圧力を二度と受けないよう、王都で一旗あげてやる――となったのが、先代…私の祖父でした」
ラヴォリ商会の先代商会長は、セーデルボリ家とオノレ男爵家が持つ販路と名前を上手く使いつつも、血の滲む様な努力の甲斐あって、当時はまだ現役当主だったスヴェンテ老公爵に認められ、今の商会の基礎を築き上げたのだと言う事だった。
「とは言え、表向きのセーデルボリ家は、今もオノレ子爵領に拠点を置く、地元密着型の独立した商会です。商会長は、悪意ある噂で身動きが取れなくなっていたキヴェカス伯爵家の為に、何も言わず王都までキヴェカスの製品を運ぶ事を引き受けた。どうやら、そもそも野菜の取引があって、多少なりと交流があったようですよ」
「ああ……フィリッパ先生が、実家の爵位を返上後、クヴィスト公爵領所縁の家に行儀見習いに出ていたと言うのは……当時のオノレ男爵家なんですね……」
私の呟きに、エドヴァルドが軽く頷いている。
「遠く遡れば、公爵家を継げなかった直系子息に辿り着くらしいな。都合の良い時だけ縁戚扱いをされて迷惑だとか何だとか、クロヴィス・オノレが愚痴を溢していた事はある」
どうやら陛下に説教された先代公爵は、よほど人望がなかったご様子。
本来であれば、クヴィスト公爵家本家が庇っていたグゼリ伯爵家を守る為に動かなくてはならなかったところ、クロヴィス・オノレはヤンネ・キヴェカスの方へと助力し、グゼリ伯爵家を解体させてしまったのだ。
クロヴィス・オノレ本人にそのつもりはなくても、これで旧グゼリ伯爵領を丸ごと引き受けてしまえば、オノレ男爵家による主家の乗っ取りだと、口さがない者達にあることない事囁かれるのは目に見えていた。
だからこその子爵位と、現状維持を彼は押し通したのだろう。
恐らくはセーデルボリ家と同様に、代々の直系の気質はそう変わらないのかも知れない。
「まあですから我がラヴォリ商会も、何よりもギルドとの協力関係を重視して、たとえ高位貴族と言えど販路を思うままに出来ないよう、日々目を光らせているのですよ」
「……その割に、ボードストレーム商会には好き勝手させていたようだが」
レイフ殿下が握っていた、銀の販路に影響力のあった商会の名を、さりげなくエドヴァルドが仄めかせたところ、カールフェルドは困った様に微笑っただけだった。
「耳の痛い話ですが、そこに手を付ける為には、どうしても一定の資金を持つ規模にまで商会を拡大させないといけなかった。何しろ相手は王族。動かせる金額の規模が違いますからね。ここだけの話、今回の眼鏡に関する事業をウチで担う事が出来れば、今度こそ銀の牙城に挑めると、それもあって商会長自らがバリエンダールまで情報を集めに行っているのですよ」
まさかその間に、某公爵家が先物取引を仕掛けて、ボードストレーム商会の価値を一気に下げてくるとは思いもしませんでしたが――。
意味ありげなカールフェルドの視線にも、エドヴァルドは揺らがなかった。
「私が動かなければ、彼女が一人で動いてしまうところだった。必要にかられて…と言うのが実状だが、今の話を聞けば、情報共有の重要性は嫌でも分かるな。結果的に、ラヴォリ商会の商会長の意図を潰してしまったようなものだからな」
…そう言われてしまうと、私にも返す言葉がない。
若干シュンとなった私に、カールフェルドの方が慌てて手を振っていた。
「いえいえ!商業を生業としている以上は、充分に考えられる事です。父もこれを聞けば納得すると思いますよ。イデオン公爵領にはもともとシュタムの銀がある。ボードストレーム商会の販路も取り込めば、恐らくはそれだけで商会としては立ち行くと思いますが――それ以外にも手掛ける予定がおありと言う事なんですよね?ああ、手の内を全て見せて頂く必要はありませんよ。これはあくまで『情報交換』ですから」
喰えない青年だな、と言うのが私のカールフェルドに対する大まかな印象だった。
ラヴォリ商会の動きも対価として明かしつつも、こちらの動きもある程度情報開示するよう、さりげなく主張している。
例え若旦那と呼ばれていようと、どこかの時代劇に出てきそうな、遊び人のボンボンでは決してないと言う事だ。
エドヴァルドを見れば、任せると言う風に頷いてくれたので、私もある程度の手の内を見せる事にした。
もちろん、王宮絡みの話は伏せておくつもりだし、エドヴァルドもそれが分かっているから頷いてくれたんだろうと思う。
「まず、ユングベリ商会はイデオン公爵領の特産品を流通させる事を主目的として立ち上げた商会です。とは言え、基本的には既存の商会販路は潰しません。ボードストレーム商会の話は、火の粉を振り払っただけ、言わば例外とお考え頂いて結構です」
「既存の販路は潰さない……?ではどうやって商品を流通させると……」
「眼鏡と同じですよ、カール商会長代理。ユングベリ商会が持つ販路は、全て新たな商品の為の販路です。特許権に絡む事として、ここでは詳細は控えさせて頂きますね」
「なっ……」
特許権、と聞いたカールフェルドが目を瞠っている。
そう言えば、普通はそう何件もポンポンと申請されるものではないと、ギルドで聞いた気もするけれど、こればっかりは事実だから仕方がない。
「近々、そのためにバリエンダールにも渡航するつもりでした。ただそうなると、途中各地でこちらの商会の方と遭遇する可能性があると耳にしたものですから、それでこちらからも挨拶をすべきかと、スヴェンテ老公爵様にお願いをしようとしていた訳なんです」
嘘です。
無理矢理連れて行かれるので、せめて日本食を再現出来る食材はないかと探しに行くだけです。
でも、バリエンダールに行くのは事実なので、そこはオブラートに包んで誤魔化しておこう。
「なるほど……理解の早い方で助かりますよ。では各地、ユングベリ商会の名が出た時には誤った対応をしないよう連絡を入れておきますよ。無駄に揉め事を起こすなと」
「それは、こちらこそ助かります。では、お近づきの印に一つ、スヴェンテ公爵邸にあった歩行補助の器具に関して、アンジェス国にはまだない、私の国の器具の話を耳にお入れします。ユングベリ商会の今の規模では、今はまだ実験も再現も出来ないので、よければ改良案の一つに加えてみて下さい」
お近づきの印に――って言う言い方をこちらでもするのだろうかと思いつつも、歩行補助器具の改良案と言う事への喰いつきの方が大きかったので、私もしれっとそのまま話を進める事にした。
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