聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

410 王女様のお茶会(5)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 本人の能力や性格がどうであれ、グイド・フォサーティの肩書きは未だ「宰相の息子」だ。

 例えば、レイフ殿下に「総督(仮)」として着任される事を防ぐために、このグイドを表向きアンジェスに「人質」として送って、手打ちにする事を提案されれば、アンジェス側としてもすぐには断りづらくなる。

 仮にテオドル大公がこの場で王女殿下を庇って、この側室と息子を物理的にはないにせよ蹴散らしてしまえば、テオドル大公にも場を騒がせた責任が生じる。

 実際どうであれ、たとえ王女殿下が口添えをしたにせよ、建前としてそれは覆せない。

 フォサーティ宰相は、どこの国でも良いから、息子グイドを人質扱いでバリエンダールから出す機会を狙っているに違いない。
 本人には、何とでも肩書きをつけて言い含められると思っているんだろう。

 ここまでの事をしでかす息子を放っておく理由なんて、他に思い浮かばない。

(いやいや、こんな人がアンジェスに来たところで、あっと言う間にアンジェスでだって不良債権化するって)

 息子の追放に他国の手を借りようとするなと、声を大にして言いたいくらいだ。

 今、この場でテオドル大公に一から説明出来ないけれど、何とかここは「ミルテ王女に収めさせる」事が重要だと言うのは察して欲しかった。

「――王女殿下」

 そしてテオドル大公も、今日は「王女主催のお茶会」だと、乱入者二人は無視する形で、やんわりとミルテ王女に声をかけた。

「何事も練習ですぞ、殿下。何、このじいも見守っております」

 え?と、小声のミルテ王女の視線がようやくこちらを向いたので、テオドル大公の隣で私も右の拳を握りしめて、ちょっとだけ前に突き出して見せた。

 ま、まあ仮にも一国の王女が物理でぶん殴ったりはしないよね?ガツンと言っちゃえ…って、比喩として受け取ってくれるよね?

 そう思いながら、背筋もちょっと伸ばして見せたところで、ミルテ王女もハッと我に返った様に、自分の背をピンと伸ばした。

「――貴女が答える必要はありませんわ、ハールマン侯爵令嬢。この会の主催はわたくしですもの。そのわたくしが、招待状を出し忘れた方はいないと、この場で断言致しますわ」

 婚約はしているものの、ミラン王太子とフランカ嬢はまだ婚姻の儀前だ。私的な空間であれば「お義姉様」と既に呼んでいても、宰相側室や息子が来てしまった以上は「ハールマン侯爵令嬢」が呼び方としては正しい。

 むやみやたらと甘やかされず、王族教育がキチンと施されていると言う事だろう。

「なっ…王女殿下、そんな!」
「婚約者を招待しないなどとあり得ないぞ!」

 グイドの大声に、ミルテ王女は一瞬だけ怯んでいたみたいだったけど、多分、テーブルの下で拳を握ったんだろう。そんな雰囲気を漂わせながら、顔を上げていた。

わたくしにはまだ、特定のどなたかとのそう言った話は出ておりません。新年の祝いの席で『宰相家の子息』との縁組と他国の王子殿下との縁組、いずれが国の為になるかと言った話はあったと聞き及んでおりますが、その席で宰相様は他国の王子殿下とご縁があるならば、その方が良いと仰られたとか。そも『宰相家の子息』はお一人ではない筈。婚約が成立したと見做す要素がございません」

 なるほど。
 バルトリが聞いてきた話の詳細は、そう言う事だったらしい。

 そしてミルテ王女も、この場にテオドル大公や護衛もいる事もあってか、多少の震えはここからも見えるけれど、基本的には毅然とした対応をしている様に見えた。

 宰相の発言といい、王女本人の対応といい、もしかしたらギーレンへの輿入れに、可能性と言う名の光が見えたかも知れない。
 少なくとも、一発退場になる様なお花畑の住人には見えない。

「…っ、どいつもこいつも――」
「――で、では!」

 フォサーティ側室夫人としても、さすがに息子にここで激昂されるのはマズいと思ったんだろう。
 それよりはと、敢えて無礼を承知でミルテ王女に話しかけていた。

「では、今からご招待下さいませ!北方から珍しい茶葉を手に入れたものですから、ぜひこの場でお出ししたいとお持ちしましたの!ですから、どうか……!」

 言うが早いか夫人は、誰の返事も聞かずに「あなた、ちょっとおどきなさいな!」と、給仕の侍女を押し退ける様にして、お茶のセッティングをしようとしている。

 私でさえも、礼儀に則っていない事が理解出来る。
 何なら柳眉を逆立てて怒るヨンナの姿が目に浮かぶくらいだ。

「夫人、お気持ちだけ頂きます。今日はどうしても皆様に試飲頂きたい茶葉がありまして、お菓子もそれに合わせてあります。どうしてもと仰るのであれば、後日然るべき筋を通して王家にご献上下さいませ」

 そもそも王族が、いきなり出された物を口に入れる事はしない。
 ミルテ王女が言っている事は、至極正しい。

「そう仰らずに!今、国王陛下も王太子殿下も北方との融和をお考えとか。王女殿下もぜひ、こう言った物を口になされる事からお始めになられるべきかと!」

「―――」

 仮にも王女殿下からの言葉だと言うのに、いっこうに耳を傾けようとせず、何としてもお茶を淹れようとしている側室夫人に、私はちょっと違和感を覚えた。

 我らの椅子を持て!とか、もう阿呆な命令を出している息子グイドは放っておくとしてだ。
 事実、テオドル大公も無言で首を横に振っている。

 この息子グイドは確か、ジーノ青年に対立する形で、北方遊牧民達を融和ではなく服従させようと躍起になっていた筈だ。

 その母親が果たして、北方遊牧民達が飲むお茶などと、持ち込んで来るんだろうか。
 そもそも、あの地域はチーズ付のコーヒーがメインの筈ではなかったのか。

「…大公様」

 私は、反応しなければそれで良いと、毒の万能無効化薬をそっと取り出して、テオドル大公へと見せた。

「使用許可を頂けますか?」

 給仕の侍女を押し退けながら、お茶を淹れようとしている側室夫人を見ながら私が聞くと、テオドル大公も不穏な空気は感じているのか、視線でひとなですると「うむ、よかろう」と頷いた。

「元々、無礼を働いているのは向こう。騒ぐようなら儂が何とでもしようぞ」
「――有難うございます」

 ミルテ王女の方を向きながらお茶を淹れている側室夫人は、こちらには背中を向けている形になっている。
 私は、居並ぶ参加者の皆様に黙礼をすると、そっと立ち上がって、側室夫人の方へと近付いた。

「…っ、おい!貴様、誰だ⁉︎母上に近付いて、何をする気だ⁉︎離れろっ!」

 ここでようやく、見慣れない参加者がいた事に気付いたらしい息子グイドの方が声を上げ、側室夫人も慌てた様に後ろを振り返ったけれど、タイミングとしては、既に手遅れだった。

「ちょっと失礼?」

 まだ、全てのカップには淹れられていなかったものの、既に3つのカップに紅茶は注がれていた。
 うん、比較するのにもちょうど良い。

「なっ、侍女如きが何を…っ⁉︎」

 私は左の手で夫人を遮りながら、右手にあった毒の万能無効化薬を数滴、ティーカップの中に垂らした。

「………あ」
「どうだね?」

 私の反応を見たテオドル大公が、側室夫人と息子への牽制も兼ねて、立ち上がって私のすぐ傍までやって来た。

「…開発した皆を後で労わないといけませんね」

 3つのカップに注がれていた紅茶は――。

 ――1つだけ、ヘドロにも似た色に変色していた。
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