聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
443 / 787
第二部 宰相閣下の謹慎事情

520 妄執の果て(15)

しおりを挟む
「――失礼します」

 そこへ、扉がノックされる音が確かに聞こえて、外からはベルセリウス将軍の部下であるアシェル・カーラッカがスッと顔を出した。

「お館様――」

 エドヴァルドを見て、何か口を開こうとしたところで、言葉よりも雄弁に、外からの騒がしい音がアシェルの声に取って代わった。

「……何の騒ぎだ」

 居並ぶ面々を考えても、そう聞かざるを得ないエドヴァルドに、アシェルも困惑した表情を隠せないまま答えた。

「その……族長の側室夫人が、ご子息を探して館の中を歩き回られたようで……結果的に、捕らえられている姉妹や関係者と鉢合わせをしたと言うか……」

 うわ、と言いそうになった私の反応は正しいと思う。

 ただ、顔色を変えて立ち上がったのはマカール一人で、後は皆、私に近い感じに顔を顰めていた。

 何かがひっくり返っているような、割れたような、更に甲高い叫び声まで加わって、騒々しい音がいっこうに止まらない。

 と言うか、少なくとも姉妹とその関係者は身動きが取れない状態に拘束されている筈。
 叫んでいるのが姉妹だとして……物にあたっているのが、エレメア夫人と言う事だろうか。

(キャットファイト?キャットファイトですか?)

 いや、でも、誰かを取り合っている訳でもないのに「キャットファイト」は正しくないのかな……?

 そんな場にそぐわない事を考えている間に、アシェルがエドヴァルドに「貰っても良いですか」と、許可を求めていた。

「……仕方がないだろうな。まかり間違って、こちらの部屋に乗り込んで来られても困る」

 そう言ったエドヴァルドが、チラリとジーノ青年や三族長たちに視線を向けると、彼らも仕方がないと思ったんだろう。無言で首を縦に振った。

 以前に、手刀で首筋を叩いたり、グーパンで鳩尾をぶん殴っても、気絶はしない。むしろ当たり所次第で命の危険がある、なんてコトを聞いた気はするから、ここはやっぱり睡眠誘発薬でも使うんだろうか。

 軍の皆さんはともかく〝鷹の眼〟やシーグがいるからには、手元にありそうだ。

「分かりました。それでは――」
「何よ、離しなさい!」

 アシェルはそう言って、扉を閉めようとしたけれど、それよりも、エレメア夫人の声が響き渡る方が早かった。

「私とマカール義兄にい様とでトリーフォンを支えるのよ!を邪魔をしないでちょうだい‼」

「「‼」」

 その瞬間、マカールは確かに顔を歪めていて、トリーフォンの無表情にも拍車がかかったように見えた。

「アシェル」

 エドヴァルドに急かされたアシェルが、分かっているとばかりに素早く扉を閉めて、部屋を出て行った。

「……違う……私は……」

 マカールがそれ以上言えないのは、トリーフォンの前で「そこに自分の幸せなんてない」と、父子おやこ関係どころか存在理由さえ否定をしかねない事を言えなかったからだろう。

 だけど彼には、エレメア夫人への愛情はただのひとかけらも存在していない。
 その葛藤が、言葉をそこで詰まらせてしまったのだ。

「僕の事は気にしなくて良いですよ、マカール

 そしてあくまでも、マカールを「伯父」と呼ぶトリーフォンにも、エレメア夫人を母として慕う気持ちは存在していないかの様に見えた。

「あれは母が考える、母にとってだけの幸せだ。まあ、僕には息子として、ある程度までは付き合う義務はあると思っていましたけど、伯父上にまでそれを強制はしませんから」

「トリーフォン……」

「ジーノさん」

 そして、明らかに傷ついた表情を見せたマカールの事はフォローをしないまま、トリーフォンがジーノ青年の方を見やった。

「僕と伯父上に、母と話す時間を頂けますか」
「⁉」

 あれだけ興奮しているエレメア夫人を相手に何を言っているんだとばかりに皆が目を剥いている中、トリーフォンはひとり淡々としていた。

「僕はイーゴス族長の子だと思っているし、マカール伯父上は亡くなられた伯母上一筋。母の考える未来は来ないと、誰かが言わなくては、母の愚かな夢は醒めやしない。そしてその役目は、僕と伯父上以外では効力を発揮する事すらないと思う」

「それは……」

 あなたのため。

 なんて言葉は、大抵は独りよがりだ。

 確かに、マカールを隣に置き、トリーフォンを族長とする事で自分のこれまでの苦労は報われる――それは、夫人にとっての幸せしかない。

 そこにトリーフォンの意思もマカールの意思さえも存在しない。
 そして本人はその事に気付いてすらいない。

「知っていますか?愛していないと言う言葉より、愛した事など一度もないと言う言葉の方が、言われた側は堪えるらしいですよ。仮に伯父上がそんな言葉を口にすれば……どうなるでしょうね」

「トリーフォン……」

「そして僕が、僕の父親はイーゴス族長だけだと口にすれば良い。多分、それで母の中にある『拠りどころ』は粉々になるでしょうね」

 そう言って面白そうに笑うトリーフォンの表情からは、本当に「面白そう」と言う以外の感情が読み取れなかった。

「良い……のか?」

 さすがに確認せずにはいられなかったらしいジーノ青年に、トリーフォンは「もちろんですよ?」と、微笑わらった。

「そうすれば、何の未練も残さず、僕は王都での店づくりに専念する事が出来るでしょう?だって、母がいる限りは、僕も周囲も、母の思惑に縛られたまま。僕が本当に一人で努力をする為には、母と離れる事が必須になる。それくらいは分かりますよ」

 ――引導なら、僕が渡しますよ。

 トリーフォンはそう言って、にこやかに微笑した。
しおりを挟む
感想 1,469

あなたにおすすめの小説

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

「君は地味な裏方だ」と愛人を優遇するサイコパス気質の夫。〜私が去った後、商会の技術が全て私の手によるものだと気づいても、もう手遅れです〜

水上
恋愛
「君は地味だから裏方に徹しろ」 効率主義のサイコパス気質な夫は、妻であるクララの磨いた硝子を愛人の手柄にし、クララを工房に幽閉した。 彼女は感情を捨て、機械のように振る舞う。 だが、クララの成果を奪い取り、夫が愛人を壇上に上げた夜、クララの心は完全に凍りついた。 彼に残した書き置きは一通のみ。 クララが去った後、商会の製品はただの石ころに戻り、夫の計算は音を立てて狂い始める。 これは、深い絶望と、遅すぎた後悔の物語。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

『彼を解放して!』とおっしゃいましたが、何から解放されたいのですか?

シエル
恋愛
「彼を解放してください!」 友人たちと教室に戻ろうとしていると、突如、知らない令嬢に呼び止められました。 「どなたかしら?」 なぜ、先ほどから私が問いかける度に驚いているのでしょう? まるで「え!?私のこと知らないの!?」と言わんばかりですけれど、知りませんよ? どうやら、『彼』とは私の婚約者のことのようです。 「解放して」とおっしゃっいましたが、私の目には何かに囚われているようには見えないのですが? ※ 中世ヨーロッパモデルの架空の世界 ※ ご都合主義です。 ※ 誤字、脱字、文章がおかしい箇所は気付いた際に修正しております。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

「君は大丈夫だろ?」と可哀想な元恋人を選択した夫。~今さら復縁を迫っても、愛は既に錆び付いています~

水上
恋愛
夫と白い結婚をして、傾いた領地を努力と苦労の末に立て直した伯爵令嬢ヴィクトリア。 夫との関係も良好……、のように見えていた。 だが夫は「君は強いから」と、めそめそ泣く元恋人を優先し、ヴィクトリアの献身を踏みにじった。 その瞬間、彼女の恋心は錆び付き始めた。 「私が去ったら、この領地は終わりですが?」 愛想を尽かした彼女は、完璧な微笑みの裏で淡々と離縁の準備を始める。 これは、有能な妻が去り、無能な夫が泥沼に沈むまでを描く、冷徹な断罪劇。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。