聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
475 / 813
第二部 宰相閣下の謹慎事情

520 妄執の果て(15)

しおりを挟む
「――失礼します」

 そこへ、扉がノックされる音が確かに聞こえて、外からはベルセリウス将軍の部下であるアシェル・カーラッカがスッと顔を出した。

「お館様――」

 エドヴァルドを見て、何か口を開こうとしたところで、言葉よりも雄弁に、外からの騒がしい音がアシェルの声に取って代わった。

「……何の騒ぎだ」

 居並ぶ面々を考えても、そう聞かざるを得ないエドヴァルドに、アシェルも困惑した表情を隠せないまま答えた。

「その……族長の側室夫人が、ご子息を探して館の中を歩き回られたようで……結果的に、捕らえられている姉妹や関係者と鉢合わせをしたと言うか……」

 うわ、と言いそうになった私の反応は正しいと思う。

 ただ、顔色を変えて立ち上がったのはマカール一人で、後は皆、私に近い感じに顔を顰めていた。

 何かがひっくり返っているような、割れたような、更に甲高い叫び声まで加わって、騒々しい音がいっこうに止まらない。

 と言うか、少なくとも姉妹とその関係者は身動きが取れない状態に拘束されている筈。
 叫んでいるのが姉妹だとして……物にあたっているのが、エレメア夫人と言う事だろうか。

(キャットファイト?キャットファイトですか?)

 いや、でも、誰かを取り合っている訳でもないのに「キャットファイト」は正しくないのかな……?

 そんな場にそぐわない事を考えている間に、アシェルがエドヴァルドに「貰っても良いですか」と、許可を求めていた。

「……仕方がないだろうな。まかり間違って、こちらの部屋に乗り込んで来られても困る」

 そう言ったエドヴァルドが、チラリとジーノ青年や三族長たちに視線を向けると、彼らも仕方がないと思ったんだろう。無言で首を縦に振った。

 以前に、手刀で首筋を叩いたり、グーパンで鳩尾をぶん殴っても、気絶はしない。むしろ当たり所次第で命の危険がある、なんてコトを聞いた気はするから、ここはやっぱり睡眠誘発薬でも使うんだろうか。

 軍の皆さんはともかく〝鷹の眼〟やシーグがいるからには、手元にありそうだ。

「分かりました。それでは――」
「何よ、離しなさい!」

 アシェルはそう言って、扉を閉めようとしたけれど、それよりも、エレメア夫人の声が響き渡る方が早かった。

「私とマカール義兄にい様とでトリーフォンを支えるのよ!を邪魔をしないでちょうだい‼」

「「‼」」

 その瞬間、マカールは確かに顔を歪めていて、トリーフォンの無表情にも拍車がかかったように見えた。

「アシェル」

 エドヴァルドに急かされたアシェルが、分かっているとばかりに素早く扉を閉めて、部屋を出て行った。

「……違う……私は……」

 マカールがそれ以上言えないのは、トリーフォンの前で「そこに自分の幸せなんてない」と、父子おやこ関係どころか存在理由さえ否定をしかねない事を言えなかったからだろう。

 だけど彼には、エレメア夫人への愛情はただのひとかけらも存在していない。
 その葛藤が、言葉をそこで詰まらせてしまったのだ。

「僕の事は気にしなくて良いですよ、マカール

 そしてあくまでも、マカールを「伯父」と呼ぶトリーフォンにも、エレメア夫人を母として慕う気持ちは存在していないかの様に見えた。

「あれは母が考える、母にとってだけの幸せだ。まあ、僕には息子として、ある程度までは付き合う義務はあると思っていましたけど、伯父上にまでそれを強制はしませんから」

「トリーフォン……」

「ジーノさん」

 そして、明らかに傷ついた表情を見せたマカールの事はフォローをしないまま、トリーフォンがジーノ青年の方を見やった。

「僕と伯父上に、母と話す時間を頂けますか」
「⁉」

 あれだけ興奮しているエレメア夫人を相手に何を言っているんだとばかりに皆が目を剥いている中、トリーフォンはひとり淡々としていた。

「僕はイーゴス族長の子だと思っているし、マカール伯父上は亡くなられた伯母上一筋。母の考える未来は来ないと、誰かが言わなくては、母の愚かな夢は醒めやしない。そしてその役目は、僕と伯父上以外では効力を発揮する事すらないと思う」

「それは……」

 あなたのため。

 なんて言葉は、大抵は独りよがりだ。

 確かに、マカールを隣に置き、トリーフォンを族長とする事で自分のこれまでの苦労は報われる――それは、夫人にとっての幸せしかない。

 そこにトリーフォンの意思もマカールの意思さえも存在しない。
 そして本人はその事に気付いてすらいない。

「知っていますか?愛していないと言う言葉より、愛した事など一度もないと言う言葉の方が、言われた側は堪えるらしいですよ。仮に伯父上がそんな言葉を口にすれば……どうなるでしょうね」

「トリーフォン……」

「そして僕が、僕の父親はイーゴス族長だけだと口にすれば良い。多分、それで母の中にある『拠りどころ』は粉々になるでしょうね」

 そう言って面白そうに笑うトリーフォンの表情からは、本当に「面白そう」と言う以外の感情が読み取れなかった。

「良い……のか?」

 さすがに確認せずにはいられなかったらしいジーノ青年に、トリーフォンは「もちろんですよ?」と、微笑わらった。

「そうすれば、何の未練も残さず、僕は王都での店づくりに専念する事が出来るでしょう?だって、母がいる限りは、僕も周囲も、母の思惑に縛られたまま。僕が本当に一人で努力をする為には、母と離れる事が必須になる。それくらいは分かりますよ」

 ――引導なら、僕が渡しますよ。

 トリーフォンはそう言って、にこやかに微笑した。
しおりを挟む
感想 1,451

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話 2025.10〜連載版構想書き溜め中 2025.12 〜現時点10万字越え確定

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」 「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」 「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」 「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」  あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。 「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」  うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、 「――俺のことが怖くないのか?」  と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?  よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する

satomi
恋愛
醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。    もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。