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第三部 宰相閣下の婚約者
554 戦略的撤退?
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その日の夜は、文字通り泥のように眠ってしまった。
ポトフ的スープと言う軽い夕食だったにも関わらず、途中で睡魔が抑えきれなくなり、ヨンナの「後はお任せ下さい」と言う言葉を耳にしたのを最後に、ぷっつりと意識が途絶えていた。
商法の勉強で徹夜した後でも、ここまで寝入ってなかった気がする。
明け方ようやく目を覚ました時には、エドヴァルドに思い切り抱き寄せられた恰好ではあったけれど、寝間着はいたって普通のソレだったので、そのあたり、私が寝落ちした後、アレコレ攻防があったんだと思われた。
「――旦那様、お支度の時間にございます」
部屋の外からヨンナの声が聞こえた。
そうだ、エドヴァルドは午前中は王宮でサレステーデへの召喚状の内容確認をしなくてはならない筈。
あれくらいの声でも起きるんだろうか、と思ったそばから、目の毒ならぬ耳に毒としか言いようのない溜息が頭上に降り注いだ。
「やはり一日ではな……」
「⁉」
ギョッとなって思わず顔を上げると、起きぬけとは思えない、通常モードの表情をしたエドヴァルドと、バッチリ目があう。
「……起きたか」
「え……えと、おはよう……ございます……」
「ああ、おはよう」
支度を頼む、とエドヴァルドが少し声を大きくしたところで、ヨンナが無駄のない静かな動きで部屋の中へと入ってきた。
「旦那様、朝食もこちらにお持ちいたしました。ご一緒に用意をさせていただいても?」
ヨンナの言葉に、エドヴァルドがチラとこちらを見やる。
「レイナ、どうする?私はともかく、貴女はまだもう少し時間がある。貴女だけ後で別に用意をする事も可能だが」
「あっ、いえっ、せっかくなんで一緒にいただきます!」
――あまりギリギリまで寝ていられない。
何がドキドキするって、独りで立って歩けるのかと言う話だ。
何てったって前回、生まれてたてのキリンみたいに立っていられず、まともに歩けなかったのだ。
そして昨日もやっぱり、寝台から下りようとして、足腰に力が入らずに、床に崩れ落ちた。
同じ轍を踏むわけにはいかなかった。
エドヴァルドが『続き扉』から着替えに向かった合間をぬって、私はそろりとベッドから両足を出して、立ち上がってみる。
「……っとと」
かろうじて、かろうじて床には座り込まなかったけれど、正直「ク〇ラが立った……!」とシャルリーヌにツッコまれること間違いなしのフラフラぶりだ。
「うん。シャーリー来るまで歩行練習しよ……」
このままでは海鮮BBQの危機……!
私は、一人でこっそりと拳を握りしめた。
* * *
そしてシャルリーヌは、前回の天ぷらパーティーの時と同様に、本来の目的である昼食会よりも二時間以上早い時間に、イデオン公爵邸にやってきた。
これもまた前回同様、私と一緒に厨房に入るためだ。
そうして玄関ホールで「レイナ、無事で――」と駆け寄りかけたところで、ハッキリと表情を痙攣らせて、立ち止まった。
「し……親友が大人の階段を……っ」
「なっ」
初っ端からの、貴族令嬢らしからぬ発言にはもう慣れたとはいえ、その内容はむしろ、堂々がすぎると思った。
「そうよ、この前チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟に行った時も、何となくそうかなと思ったけど、その、執着心と独占欲の象徴たるキスマーク……!ちょっと、宰相閣下は誰を牽制したいのよ⁉」
「……っ」
だけどこればかりは、私にも反論が出来ない。
外でのパーティー用に、動きやすい服装に着替えようとしたところで、どう考えてもドレスでは隠れないところにまで散る「痕」は、今回もどうしようもなかったのだ。
公開処刑もいいところだ……!
「仕方がないわ、披露宴には呼んでよね」
「いや、ちょっと話飛躍しすぎ……!もう、今日は海鮮料理を食べつくすんでしょ⁉」
「何言ってるのよ、この世界、大人の階段上った後は婚約&結婚が基本じゃないのよ」
何とか話題を元に戻そうとする私に、シャルリーヌは全く手加減をしてくれなかった。
「はっ、まさか愛妾枠?いやいや、あれだけ私にまで牽制かける人が、今更愛妾とかあり得ないわ。外堀?外堀埋まったんだ?」
「シャーリー、戻ってきて……!」
昼間に語ることじゃないから!
うっかりそう叫んだ私に、シャルリーヌは「え、夜ならいいのね?」と、斜め上の方向からの賛同を表していた。
「分かったわ、じゃあ今度語学勉強の傍ら、伯爵邸でお泊り会しましょ!バリエンダールで何が起きていたのかも、その時まとめて語って貰うから!」
「――――」
果たして許可は下りるのか。
そう思った私の内心は、まったくの別方向からすくい上げられていた。
「レイナ様、大変によろしい案かと存じます。何でしたら1日と言わず、二、三日ご滞在いただいても、こちらは構いませんから」
「……っ」
「あと、フォルシアン公爵様のところにも何日か滞在されると宜しいかと。そうしておけば、少しは旦那様も落ち着かれるのではないかと」
まさかセルヴァンとヨンナが、シャルリーヌに追従してくるとは思わなかった。
「と、とりあえず厨房に行こう!海産物を色々と選りすぐってきたから!」
ええ、私は「戦略的撤退」をしたんです。
逃げたワケじゃありませんので!
ポトフ的スープと言う軽い夕食だったにも関わらず、途中で睡魔が抑えきれなくなり、ヨンナの「後はお任せ下さい」と言う言葉を耳にしたのを最後に、ぷっつりと意識が途絶えていた。
商法の勉強で徹夜した後でも、ここまで寝入ってなかった気がする。
明け方ようやく目を覚ました時には、エドヴァルドに思い切り抱き寄せられた恰好ではあったけれど、寝間着はいたって普通のソレだったので、そのあたり、私が寝落ちした後、アレコレ攻防があったんだと思われた。
「――旦那様、お支度の時間にございます」
部屋の外からヨンナの声が聞こえた。
そうだ、エドヴァルドは午前中は王宮でサレステーデへの召喚状の内容確認をしなくてはならない筈。
あれくらいの声でも起きるんだろうか、と思ったそばから、目の毒ならぬ耳に毒としか言いようのない溜息が頭上に降り注いだ。
「やはり一日ではな……」
「⁉」
ギョッとなって思わず顔を上げると、起きぬけとは思えない、通常モードの表情をしたエドヴァルドと、バッチリ目があう。
「……起きたか」
「え……えと、おはよう……ございます……」
「ああ、おはよう」
支度を頼む、とエドヴァルドが少し声を大きくしたところで、ヨンナが無駄のない静かな動きで部屋の中へと入ってきた。
「旦那様、朝食もこちらにお持ちいたしました。ご一緒に用意をさせていただいても?」
ヨンナの言葉に、エドヴァルドがチラとこちらを見やる。
「レイナ、どうする?私はともかく、貴女はまだもう少し時間がある。貴女だけ後で別に用意をする事も可能だが」
「あっ、いえっ、せっかくなんで一緒にいただきます!」
――あまりギリギリまで寝ていられない。
何がドキドキするって、独りで立って歩けるのかと言う話だ。
何てったって前回、生まれてたてのキリンみたいに立っていられず、まともに歩けなかったのだ。
そして昨日もやっぱり、寝台から下りようとして、足腰に力が入らずに、床に崩れ落ちた。
同じ轍を踏むわけにはいかなかった。
エドヴァルドが『続き扉』から着替えに向かった合間をぬって、私はそろりとベッドから両足を出して、立ち上がってみる。
「……っとと」
かろうじて、かろうじて床には座り込まなかったけれど、正直「ク〇ラが立った……!」とシャルリーヌにツッコまれること間違いなしのフラフラぶりだ。
「うん。シャーリー来るまで歩行練習しよ……」
このままでは海鮮BBQの危機……!
私は、一人でこっそりと拳を握りしめた。
* * *
そしてシャルリーヌは、前回の天ぷらパーティーの時と同様に、本来の目的である昼食会よりも二時間以上早い時間に、イデオン公爵邸にやってきた。
これもまた前回同様、私と一緒に厨房に入るためだ。
そうして玄関ホールで「レイナ、無事で――」と駆け寄りかけたところで、ハッキリと表情を痙攣らせて、立ち止まった。
「し……親友が大人の階段を……っ」
「なっ」
初っ端からの、貴族令嬢らしからぬ発言にはもう慣れたとはいえ、その内容はむしろ、堂々がすぎると思った。
「そうよ、この前チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟に行った時も、何となくそうかなと思ったけど、その、執着心と独占欲の象徴たるキスマーク……!ちょっと、宰相閣下は誰を牽制したいのよ⁉」
「……っ」
だけどこればかりは、私にも反論が出来ない。
外でのパーティー用に、動きやすい服装に着替えようとしたところで、どう考えてもドレスでは隠れないところにまで散る「痕」は、今回もどうしようもなかったのだ。
公開処刑もいいところだ……!
「仕方がないわ、披露宴には呼んでよね」
「いや、ちょっと話飛躍しすぎ……!もう、今日は海鮮料理を食べつくすんでしょ⁉」
「何言ってるのよ、この世界、大人の階段上った後は婚約&結婚が基本じゃないのよ」
何とか話題を元に戻そうとする私に、シャルリーヌは全く手加減をしてくれなかった。
「はっ、まさか愛妾枠?いやいや、あれだけ私にまで牽制かける人が、今更愛妾とかあり得ないわ。外堀?外堀埋まったんだ?」
「シャーリー、戻ってきて……!」
昼間に語ることじゃないから!
うっかりそう叫んだ私に、シャルリーヌは「え、夜ならいいのね?」と、斜め上の方向からの賛同を表していた。
「分かったわ、じゃあ今度語学勉強の傍ら、伯爵邸でお泊り会しましょ!バリエンダールで何が起きていたのかも、その時まとめて語って貰うから!」
「――――」
果たして許可は下りるのか。
そう思った私の内心は、まったくの別方向からすくい上げられていた。
「レイナ様、大変によろしい案かと存じます。何でしたら1日と言わず、二、三日ご滞在いただいても、こちらは構いませんから」
「……っ」
「あと、フォルシアン公爵様のところにも何日か滞在されると宜しいかと。そうしておけば、少しは旦那様も落ち着かれるのではないかと」
まさかセルヴァンとヨンナが、シャルリーヌに追従してくるとは思わなかった。
「と、とりあえず厨房に行こう!海産物を色々と選りすぐってきたから!」
ええ、私は「戦略的撤退」をしたんです。
逃げたワケじゃありませんので!
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