【第一幕・完】月下霊異記~真夜中の小道具店は、もふもふ店員と妓女と官吏で満員御礼~

渡邊 香梨

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閑話 夜桜奇譚

春夜~雪娜とふしぎの子(肆)~

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 西門村の「しゅき」と名乗ったその子ども、どうやら口減らしに遭い、郭山に捨てられて彷徨さまよっていたところ、この場に出くわしたらしかった。

「雪娜様、夜が明ければ王宮側の騒ぎが大きくなりかねません。ここは――」

 もしかしたら、圭琪は子どもまで保護する必要性を感じていなかったのかも知れない。

 郭山に一番近い村にでも送り届けて帰れば良いと。
 普通なら、そう考えるのが至極真っ当だ。

 だがどうしても、雪娜は先刻の光と、この目の前の子どもを切り離して考えることが出来なかった。

「行くところがないなら、私が今、寝泊りしている所へ来るか? 何、タダで泊まるのに気が引けるなら、ちょっと私のを手伝ってくれれば良い」

 己の直感を、雪娜は信じることにした。

「……うん、いく」

 子どもが庇っていた「白い塊」も、子どもの後ろで明らかにホッと息をついている。

 ――雪娜は自分の決断が、間違っていなかったとそこで確信した。





 結果として、子どもが庇っていた白い塊――白龍の幼体は、守護龍・龍泉の子たちだった。

 文献に残る慣例に従えば、もう少し成長したところで皇帝による名付けが行われるはずだったのだが、子どもとの交流、繋がりが思ったより深く、保護してそう幾ばくも無いうちに、既にそれぞれの小龍に名前が付いてしまっている状態に陥っていた。

 その時点で、少なくともあの子どもは処罰の対象ではないかと雪娜もさすがに覚悟をしていたのだが、小龍がなつき、父龍ちちおやたる龍泉に「友達」だと訴えかけたことで、最悪の事態は免れた。

 子どもに懐いた小龍たちが、手を出すなら王宮を炎上させてやると激しく威嚇していたのもあるし、そうでなくても身内のいないあの子を今更放棄することなど、雪娜には出来なかった。

 何より子どもには、龍を癒し、あやかしの持つ瘴気を浄化させる特殊な能力が備わっていた。まだ自分の意思では充分に力を使いこなせていないようだったが、それなら子どもが持つ「力」を活かして、王都で生き延びさせる方法があるかもしれないと、裏で色々と手を回した。

 実際には、妖を利用して小龍たちを誘拐していたのが、王家の近衛である北衙ほくが禁軍の禁軍兵だったことが明るみに出て、皇帝ですら子どもの処分を声高に叫べない状況になっていたのだが、それはある意味運が良かったと言えるだろう。

 双子の小龍の片割れである雄龍が、禁軍兵を血の海に沈め、野猿の姿をした妖の喉笛を噛み切ったことも、小龍自身の証言で明らかになった。
 その過程で、雄龍が怪我を負ったのだと知れた時、雪娜は父龍ちちおやである龍泉がどう出るのかまるで読めずに顔色を悪くしたが、事情を聞いた龍泉は、思ったほど激昂はしなかった。

「……ふむ。我が子らが己の手で始末をしたのであれば、我の出る幕がないな」

 怪我は反撃の過程によるものと、どうやら納得して溜飲を下げたらしかった。

「しかし、いかな我と言えど物理でない、術による傷の治癒は出来かねる。術による負傷は術の力でしか癒せぬからな。雪娜、しばし我が子らを其方に託すが良いか? 其方のところであれば、治癒に必要な力も集めやすかろう」
「お望みとあらば、喜んで」
「うむ。それと、最初に我が子を治癒してくれた子どもがいたと聞く。その者も我が子に付かせることは出来るか? 我が子二人ともが、離れたくないと駄々をこねておってな」
「……宜しいのですか?」

 龍が人を、それも子どもを信じると言うのは並大抵のことではない。
 思わず問い返した雪娜に、龍泉はまるで人間ひとの仕種の如く苦笑いを見せた。

「その子どもの一生に付き合ったとしても、我ら龍にとっては些細な時間。我が子らが望むのであれば、その些細な時間を共有したとて問題はなかろうよ」

 頼んだぞ? と言われた雪娜は、頭を下げる以外に出来ることはなかった。
 そしてそれは、誰も逆らえない守護龍の意思として、申し送りされるのだ。

「西門村の『しゅき』――漢字は新たに付与するか」

 何せ読み書きの不自由な5歳の村の子。
 しゅき、がどんな字なのか本人でさえも分かっていなかったのだ。



 柳珠葵。

 池のほとり、柳の木の傍で出会ったことや、朱雪娜の朱に字を足すなどして、出会った子どもは以後その名を名乗ることになる。

 痛いの痛いの飛んでいけー、などと出鱈目に使っていた治癒の力も、雪娜や更夜部で手の空いた官吏の力を借りて、少しずつ自分の意思で制御することを覚えさせた。

「雪娜様! 私は、私に居場所を与えて下さった雪娜様のお役に立てる部署で働きたいです!」



 そして成長と共に子ども――珠葵がそう言い始めるのに、さしたる時間はかからなかったのだった。



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「……で、ウチに来たんだね」

 ほう国屈指の妓楼、南陽楼。
 
 一度、不正取引の現場を押さえるために場所を借りて以来、この妓楼と御史台との関係は深い。
 それまでは「ただの顧客」だった王宮官吏の中の部署に女性の長が立ったことで、妓女たちが好意的になったのだ。

 中でも、南陽楼どころか王都の妓楼一とも言われる妓女・葉華が雪娜を認めたことも大きかった。
 雪娜の方も、王都の妓女たちの、実質頂点に立っていると言ってもいい葉華の手腕には相応の敬意を払っており、この二人がいるうちは、色々な意味で夜の世界が乱れることはないだろうとさえ囁かれていた。

 まさか五歳の子をずっと王宮に置いておけるはずもなく、雪娜は思案の末に、葉華に相談を持ちかけたのである。

「何で商家でも職人の家でもなく、南陽楼ここなんだい。将来の上納金目当てに売り払ったと陰口叩かれたらどうするつもりなのさ」

 親に捨てられ、行き場を失った子が妓楼で働くようになるというのは、残念ながらそう珍しい話ではない。
 その子に客が付けば、売り上げの一部が回されることもあって、いっかな零にはならないのだ。

 人手が欲しい妓楼の側の需要もあって、商売として成り立ってしまっているのが現状だ。
 まさかお金目当てに売り払う気かと眉を顰めた葉華に、雪娜は軽く片手を振った。

「いや……単に一番信用の出来る預け先だと思っただけだ。ここならば、将来本人が選ぶ選択肢は多いだろう?」

 妓楼と言っても、料理人や下働き、経理補佐としての奉公人やら、妓女以外にも様々な人間が働いているのだ。
 本人の適性を見て、出来ることをすればいいと言った雪娜に、葉華も「ふむ……」と、口元に手をあてた。

「妓女にするつもりはない、と?」
「本人次第だ。少なくとも強制はしてほしくないな」
「まあ、どのみち五歳じゃ下働きからになるだろうがねぇ……」
「頼む。もともと、口減らしで親に見放されたらしい子だ。揉め事も起きないはずだ」

 親をだまして、誘拐同然に子どもを妓楼に売り込んできた場合、後々親や親戚が怒鳴り込んでくるといった場合もままある。
 その心配はないはずだ、と雪娜は葉華に頭を下げた。

変わった〝力〟があるかも知れないが、妓楼で下働きをしていれば、そうそうそれが表に出ることもないだろうと思っている。長い目で見てやってくれると助かる」

「はぁ……えらく肩入れしたもんだねぇ……何か琴線に触れるようなものがあったってことかい?」

 普段であれば、立ち入ったことと葉華も気にしなかったかも知れない。
 けれどこの時は、常にない雪娜の様子が気になったのかも知れなかった。

「……琴線、か」

 これが鄭圭琪の言葉だったら雪娜も一蹴しただろう。
 だが、他ならぬ葉華の言葉に、雪娜も口元を綻ばせた。

「そうだな。まるで自分を見ているような気になったのかも知れないな。変わった〝力〟は往々にして平凡な人生を奪う。出来る限り、将来の選択肢を残しておいてやりたいと思う自分がいるのは否定しない」

「変わった〝力〟ねぇ」

「非凡の才、と言ってもいい。それならば、私でなくとも覚えがあるのではないか?」

 妓女の才とて非凡の才。
 そう仄めかす雪娜に、葉華は高らかな笑い声をあげた。

「違いないね! ならば妓女付の禿かむろから、店の下働きに至るまでひと通り経験させてみるさ! その中で適正があれば、先のことはまた話し合えばいい。……だろう?」

「ああ、その通りだ」




 ――この時は、まさか守護龍の子らがそのままべったり珠葵に懐いてしまったり、珠葵自身に「浄化」の力があるなどとは、誰も思っていなかったのだ。

 南陽楼の中で、小道具屋と浄化を請け負う店を開こうと、雪娜と葉華が新たに話し合いを持ったのは、それから何年かしてのことだった――
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