crystalsugar

深月織

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crystalsugar #2

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 目的の人物が来たということで私はお役ごめん、あとは任せたとバトンタッチする。
「なんだあんたたち来てたの」
 お客様に対する態度じゃないだろという言葉をたしなめるべき?
 硬派くんは井澤の妹の彼氏だそうだ。
「みー姉」などと彼女のことを呼んでいたりして、お友達共々なついている。
 からかわれつつも勧められるままカシミア混のマフラーと同系色のシュシュを購入し、満足げにする少年の可愛らしいこと。
 まいどありぃ。
 今日は友人カップルで集まって、クリスマスパーティーをするらしい。どことなく浮わついた様子の彼らに井澤が生暖かい眼差しを送っていた。
 若いね懐かしいねー。
 手元で別の作業をしながら若人らしさ満載な彼らの会話を耳に入れていると、井澤がそれに水を差す。
「あんたたち私に選んでもらったとか余計なこと言うんじゃないわよ、台無しだからね。特に玲」
「え、なんで?」
「えっ、てアンタほんとにお約束を外さないわね……」
 硬派くんはイメージ通り女心に疎いタイプか。
 そりゃいくら相手がお姉ちゃんだと言っても、他の女に見立ててもらったプレゼントは複雑な気分になっちゃうわよねぇ。
 かといってセンスが合わないものを渡されても、という矛盾も存在する。
 がんばれ少年!
 盗み聞きしながら無責任な励ましを心の中で送る私はとことん他人事である。
 と、情けない顔をしている友を気遣ったのか、イケメンくんが口を挟んだ。
「アドバイスしてもろた~、くらいはええんちゃいます?」
「玲の場合ヘンに誤魔化そうとしてもボロが出ますし」
「いやでも選んだの実咲姉だし、花野だって別に気にしない……」
「『そっか、玲くんが選んでくれたんじゃないのかぁ……』」
 小首を傾げて井澤がほんにゃりしたかわいらしい声を出す。
 地を知っているだけに気色が悪いな。
「『あっ、ううん! 何でもないよ! かわいいね、ありがとう玲くんっ』」
 どうやら妹ちゃんの声真似らしい。
 にっこり笑顔で締めた井澤に対し、少年たちといえば、それぞれ硬直しており、要の“あきらクン”は言葉にならない屹音を発しながら口をパクパクさせていた。
「こわっ! ねーさん怖! いま花野ちゃん居るんか思て探しそうになったわ!」
「姉妹だし声質似てるのは知ってたけど……」
 身震いしているお友だちにはかまわず、井澤は少年の脇腹を拳で突く。
「ホレホレ、うまいこと誤魔化してみなさいよ」
「うぅう……!」
 まだ少年らしさを面に残すものの、上背がありガタイが良いため一見して妙な迫力を感じる彼だが、自分よりも頭ひとつ小さい井澤にいいように遊ばれている。力関係が目に見えるようだ。
 まあ井澤に勝てるヤツなんて滅多にいないだろうけど。
 井澤はついでにイケメンくんもあれやこれやと言いくるめ、妹ちゃんとお揃いになるタイプの違う一枚を買わせていた。
 よし、誉めてつかわそう。
「姉さんの見立てやし、間違いないやろー」と彼もご機嫌だったので、みんな幸せ。
 様子のいい若者たちが賑わせてくれたお陰で弾みがついたのか、そのあとも客足は悪くなく、野望通りに本日の予算を大幅に達成して閉店と相成った。
 ――しかし店のシャッターが閉まっても、「はいお疲れさまでした」とお仕事終了にならないのが販売業の辛いところ。
 本社への報告書を作成してデータを送信し店舗ビル用の売上表をまとめて提出し、明日早出の子へ伝言指示をメモしていると、パタパタとモップを片手に井澤が駆け寄ってくる。
「店長、クリスマスオーナメント回収終わりましたよ」
「ああ、ありがとう……新年向けの飾りに?」
「換えておきました!」
 敬礼と共に宣言した彼女に親指をグッと立ててくる。
「ばっちりだな井澤」
「早く帰りたいですもん。予定はないけど」
「そうね早く帰りたいわ、予定はないけど」
 むなしい会話を交わしながら後片付けをして戸締まり確認を終えると、ようやく帰途につける。
 駅までの道をだらだらと帰りつつお互い妙齢の婦女だというのに話題は仕事のことと、全くもって色気がない。
「明日休みいただきますが、店長は昼からでしたっけ」
「うーん。出勤前に本部にセール商品の根回しに行ってこようかなって」
 こら、そこの。呆れはてた視線を寄越すのはやめないか。
「店員もたいがい仕事人間ですよね。たまにはゆっくりしたらどうですか。セールの手配ならこの間行ったでしょ?」
「更なる念押しに。夏みたいにうちが押さえてた商品、他所に回されちゃタマランからね」
「ああ……」
 使えねえ営業を思い出したのか井澤の目が据わる。まあ特にねぇ、あんたは絡まれてたものねぇ。
「どうしてうちの店舗ばかりにボンクラが集まるんですかね」
「……うちが最後の砦なのよ……関わってお仕事しても鍛えられなかったら、そこで」
 首を切る仕草ですべてを理解したが、納得はいかないらしい。「社員教育なら上がちゃんとしろよ」とブツブツぼやいている。同意だわ。
 店員としては強いのが揃ってるために、根性を叩き直されることを期待されてもね。そこまで手を回してられない。
 自分のことと店のことで手一杯だもの。
 クリスマスが終わるまであと二時間、コンビニの前ではジングルベルをBGMにサンタがケーキやチキンを売り切ろうとがんばっていらっしゃる。
 だけど私の頭の中はすでに明日からの予定に占められていて、聖夜? なにそれおいしいの? 状態。
 明日から怒濤のプレセールそして福袋攻勢に入るわけで、休む間もなくその準備に追われることになる。
 のんびりできるのは、そうね、二月かなー……梅春物が来てるな。のんびりできるかなー……。
「店長店長、携帯鳴ってませんか?」
「お? おっと」
 ちょっとゴメンと言い置いて携帯を手に取る。すぐさま電源を切った。
「え」
 表示を見た瞬間の私の行動に、井澤が困惑の呟きを漏らす。
「えっと……いま、チラッと見えましたけど……部長の名前が」
「仕事が終わってから仕事の話したくナイワー」
「いやいやいや! その、仕事の話とは限らないのでは」
 私は伊澤に真顔で向き直る。
「井澤。浮気する男のアレなんて腐り落ちればいいと思わない?」
「ハイ……」
 井澤は今年で勤続七年。
 アルバイトから社員に引っ張って、ちょうど私が今の店を任された頃からの付き合いだ。
 ここまで長いと仕事上だけでなく私的なこともそれなりに筒抜けだ。故にお互いのあれやこれやも色々と知っている。
 最初の彼氏がどんなとか、何をやらかしたとか、ね!
 もちろん逆もだ。
 二年前のちょうどこの時期、荒れていた私を承知している井澤はおとなしく黙った。

 自分が色恋沙汰にうんざりしているからって、他人が仲良くするのを邪魔するつもりはない。
 常識の範囲内で右往左往しているだけなら、微笑ましくも思う。
 だけど恋や愛を免罪符にして、自分の要求を押し付けてくる相手は嫌だ。
 関わりたくない、と思う。
 私が問題児に対してきつく言い聞かせられないのは、そういう気持ちがあるからだろう。
 諌めたりもしないで、ただ、余所でやってちょうだい、と疎んでしまうのだ。
 消極的な放置ともいう。
 管理者として駄目だなってわかってる。
 だけど改められないのは、私なりのトラウマがあるから――

 駅の明かりが近づいて、私は隣を歩く井澤をにらんだ。
「ていうか井澤はいいよね、私生活男前よりどりみどりとか、なんなの。以前お迎えに来たホストとはどうなってる」
「ホスト!? ……もしかしてバーテンダーのカッコした野郎のことですか。アレも昼のも兄弟同然の幼馴染みですし!」
「へー、オサナナジミ。へー。」
「何ですか、もう」
「井澤の幼馴染みはクリスマスにわざわざお迎えに来てくださるのか、仲良しで良いねー」
「はっ? ……はああ!?」
 私が指差す方向に佇む長身の人影を見て、井澤がすっとんきょうな叫びを上げる。
 雰囲気だけで良い男だとわかるとは、なんというイケメン補正なのか。
 両手におそらくケーキと食物の入った袋をぶら下げた彼は、すでにこちらに気づいていたようで、寄りかかっていたポールから身を離して驚愕したままの井澤に近づいてくる。
「どうも。いつもこれがお世話になっています」
「いえいえこちらこそ。働き者で助かってます~」
「ちょ! 保護者的会話やめ!」
 会釈を交わす私たちに井澤が叫んで間に割って入る。やかましい子ねぇ。
「なんっで居んのよ」
 目をつり上げた井澤がつっけんどんな調子でくってかかり、対する彼といえば、飄々とした態度で答えた。
「なんでって、クリスマスだし?」
「はいはいメリクリメリクリ! 帰れ!」
「照れんなよ」
 ……なるほど、幼馴染みだというのは間違いないらしい。井澤が素だし、かつ簡単にいなされている。
 幼馴染みだけど最近になって男女の仲になったというアレ?
 以前からだったら、もっと前に存在を知っていただろうし。
 忘年会のときにでも突っ込んで聞き出してやろ。詮索好きなオバハン根性でもって決めて、私は退場することにした。
「それじゃ私はお先に失礼するわね~。ごゆっくり~」
「店長!?」
「お疲れさまでした。お気をつけて」
 あとは若いお二人で! とでも言うかのような私の笑みに、井澤が何やら裏切られた! とでもいうかのような顔をしていたがスルーだ。彼氏におまかせしておけばいいだろう。
 ふう、と吐いた息が白く凝って空に流れる。
 寒さに比例して夜空にくっきりと輝く星を見上げながら、声に出さずぼやく。
 あーあ。私だけぼっちクリスマスかよぉ。
 まあ一人のが楽だしね。
 そもそもクリスマスなんて大っ嫌いだからね。
 開き直りと思うなら思うがいい。
 色恋沙汰に振り回されて自分がぼろぼろになる経験なんて、一度済ませたら二度はいい。
 もう、いらないのよ。
 
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