隣に誰かさん。etc.

深月織

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A5 ショコラ・ミント・バレンタイン

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 バレンタインデー。
 一般的に、女性から男性に想いを伝えてもよい日。
 なんで許可もらわなくちゃなんないのよ、と物申したい意見は今は置いといて。
 恋人がいても結構どうでもよかったイベントを、進んでしようだなんて思うときがくるとは、自分でもびっくりだ。
 
 
 仕事が終わった途端、「透子先輩お買いもの行くよー!」と勢い込んだ後輩みっちゃんに拉致られた百貨店。
 色とりどりの装飾が施されたラッピングボックスにちんまり収まった、様々な技巧を凝らされた甘い固形物を、私は腕組みをして睨み付けていた。
 常々思っているのだが、はっきり言ってバレンタインのチョコレートは女の子がもらって嬉しい物ではなかろうか。
 ピンクが乱れ飛び、ハートマークが乱舞する、ラブリーキュートなこの形状といったらどうだ! パフェ型に盛られたこの一品たら私が欲しいっつーの! 野郎がこれを目にしたとして、グラス型に成形されたワッフルクッキーからデコレーションされたマカロン・トリュフ・生チョコ・オランジェに感心してもいざ食べるとなったら引くよ!
 だいたいなんだこの一口サイズのトリュフ六粒が二千三百十円て! 一個いくらだ、板チョコ何枚買えると思ってる!
 ……手作りコーナーに山と積まれていた八十八円の板チョコ二十六枚……。
 ついうっかり計算してしまった私は、心の中で財布の紐をギュッと締めて踵を返す。
 彼は何をあげてもきっと喜ぶ。それだけに、ただ高いチョコや技巧を凝らしたチョコにすると、誤魔化すようで自分がイヤだ。
 なら、チョコにお金を使うより物に使った方がいい、以前から目を付けていたシックな革の眼鏡ケースをプレゼントして、あとは板チョコ利用のミニサイズのガトーショコラをプラスしよう、よし決まり。
 久々の本命がいるバレンタインを控えた女として、いささか盛り上がりに欠ける冷静さで、そう結論づけた私は、手作りコーナーで板チョコを数枚手にした。あとはアルミカップと卵を地下の食料品売り場で買えばオッケー。
 ……ラッピングくらい、ちょとお洒落なものにするか。
 そうしてナイロンバックやリボンを吟味していると、「透子せんぱぁ~い」とはしゃいだ声に呼ばれた。
「もう買ったんですかー? どんなのにしましたー?」
「板チョコ買った。……てゆーか、みっちゃんどんだけ買うの……」
 買い物カゴからはみ出るくらいにギフトチョコを詰め込んだみっちゃんに、私は呆れた目を向ける。
「だって~、見てたら全部ほしくなっちゃって~! 誠ちゃんのでしょ、パパとお兄ちゃん、友チョコに会社のひとの分と~、あっ、透子先輩一緒します?」
「買いすぎ。明らかに買いすぎ。そんなに買っても自分が食べる訳じゃないんだから。あと会社の野郎どもにはお徳用チョコで十分だし」
 そんなのつまんないですよぅ、と拗ねた素振りを見せる彼女のカゴから、会社用と示されたチョコレートを抜き出し、もとの棚へ戻す。
 みっちゃんもぶうぶう言うだけ言って、自分でも買いすぎだと思っていたのか取り戻すことはしなかった。
「透子先輩は手作りするんですか?」
「うん、ガトーショコラでも焼こうかと」
 レシピの中でも一番簡単なものを思い浮かべながら言うと、ものすごくキラキラした目で見られた。
「すごい! 透子先輩すごい!」
 いや、手抜きと言われても仕方ないくらい簡単なんだ……。
 純粋極まりない尊敬の瞳に心苦しいものを感じながら、そっと視線を外す。
「すごいな~、美也、昔ナベを再起不能に焦がしてから、手作りチョコ禁止令が出てるんですよぅ」
 手作りチョコと言えば乙女の必殺技なのに! 握りこぶしで意味不明な持論を力説する。
 ナベを再起不能ってどんだけ残念な腕前なの。直火? 直火か。
 手作りチョコというものに、いたく夢を持っているらしいみっちゃんが不憫すぎて、つい、ポロリと、一緒に作る? と言ってしまい……直後、後悔した。
 目を爛々と輝かせたみっちゃんは、大興奮でカゴの中のものを返却に走りだした。
 
 
 
「そんなわけで、乙女の必殺技でございます」
「どんなわけですか」
 プレゼントラッピングされた紙袋に、自作ラッピングのガトーショコラを添えて差し出した私に、苑生くんは笑う。
 CLOSEDの看板が出された【織苑orien】。カウンターとキッチンだけ明かりを点した店内で、いつものように、彼と向き合っていた。
「うん、みっちゃんの料理音痴を舐めていました。ちゃんと湯煎の用意までセッティングしたのに、チョコレートに直接お湯ぶっかけようとするから焦った」
 それは、と苑生くんまで遠い目になる。
 昔作ろうとしたってことはある程度知識があるものだと思ってたんだけどね。久々に教育係モードになってしまいましたよ。 
「こちらが苦労の結晶ですか。開けても?」
「どうぞー。あ、一応みっちゃん作と別々にしたから、これはちゃんと私が作ったのだよ?」
「はい」
 柔らかい笑い声を立てた彼は、まず眼鏡ケースを取り出して、その表面を撫でた。
 クルリと巻き止められた革紐や、中を見て、いいですねと微笑む。
 よかった、気に入ってくれたみたい。彼氏にあげるプレゼントに、今まであまり脳を使ってなかったからなー。
 希望を聞かずに考えるの、苦手なんだ。
 だから、自分がいいなって思って買ったものを、こうして気に入って貰えるとものすごく嬉しい。
「大事に使いますね」
「もう使い倒しちゃってー。苑生くん、いつも眼鏡をかけてるから、ケースなんていらないかな、とも思ったんだけど、観察して見てたら、時々使い分けてるみたいだし、いいかなって」
 なんだか照れてしまって、ぺちぺちテーブルを叩きながら言い訳みたいに付け足すと、じっと真顔で見つめられた。
 なにかな? 首を傾けると、ボソリと呟く。
「……カウンターが邪魔だ。キスしたいのに遠い」
 にゃっ、にゃにを言うかな!
「ガトーショコラもご覧ください! 今回は胡桃を入れてみたよ!」
 べちべちべちとテーブルを叩いて妙な色気を醸し出す彼の気を逸らした。……成功してるかは微妙だけど。
 私の焦りなど無視しつつ、苑生くんは続けてショコラを手にする。
「透子さん、お菓子作りも上手いですよね。お店に出しません?」
「いやいや。金とれるほどじゃないし、作れるの偏ってるし」
 主に手抜きの方向で。
「じゃあ、俺からはこれを」
 プレゼントの包みを脇に置いて、なにかゴソゴソしたかと思ったら、プレートに乗せられたフルーツと、温められたチョコレートの器が出てきた。
「おお。チョコフォンデュだー……ってバレンタインなんだけど」
「本来は女性からだけなんて決まってませんよ?」
 知ってる。当然のように苑生くんてば自分もしてくれちゃうわけね。
「……喜ばせられてばっかりだから、今日くらいは私がって思ったのに」
「透子さんが喜んでくれるのが、俺の満足なんです」
 さらりと言ってくれちゃうんだから、もう。
 続けて出されたお茶を取って、赤くなる頬を誤魔化すように、口にする。
 紅茶の風味に混じる、スウッとした爽快味に、目を瞬いた。
「ミント?」
「チョコに合うかなと、ブレンドしてみました」
 手抜きガトーショコラを立派なスイーツのように盛り付けたお皿と、自分のカップを手にした苑生くんが隣に移動してくる。
「うん美味しい! これ、ベースはダージリンだよね、苦手なのに美味しいや」
「よかった」
 そう言って笑った顔が、ホントに嬉しそうだったので、私はやっぱり照れて、そして悔しくなってしまう。
 負け負けだ、もう。
 
 彼が私にしてくれることは、私が嬉しくなることばかりで。
 彼を喜ばせようと頑張ると、笑顔になった彼に、また私が喜ばせられる。
 
 そんな甘い堂々巡り。
 
「美味しいです」、とショコラを口にしてニコニコしている年下の恋人に、(ホワイトデーを覚えてろ)と、リベンジを誓う私だった。  
 


 
オマケ*透子の手抜きガトーショコラ*

■材料■
・板チョコ 三枚(180~200gくらい?)
・卵 4個
・その他 粉砂糖とか胡桃とかドライフルーツとかラム酒とか
■作り方■
1.チョコレートを耐熱容器に割って、湯煎にかける。(あるいはレンジで30秒~適当に溶かす)
2.卵を卵白と卵黄に分け、卵黄は1に入れて艶が出るまで混ぜる。
3.卵白は角がピンと立つまで泡立てる。(ラム酒を入るときはこのタイミングで)
4.2に3を入れて泡が潰れないようにサックリ混ぜる。(胡桃やドライフルーツはこのタイミングで。量はお好みでどうぞ)
5.4を焼き型に入れる。あらかじめ焼き型にバターを塗り、小麦粉を振っておくと型から出しやすいです。アルミカップ使用時やカップケーキ風に焼く場合は短縮してもオケ。
6.180度のオーブンで10分~15分ほど焼く。各家庭のオーブン差があるので、その辺は適当に!
7.焼けたら放置して冷ます。冷めたら凹みますが、そういうものです。粉砂糖などを振るとソレっぽい。
以上!
お好きな飲み物と共に頂きましょう。
透子のオススメはアールグレイ。苑生風にするなら抽出のときにミント葉を入れて。
チョコレートの味が濃いな、と思うときはダージリンなどもオススメです。

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