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NEXT 春の名前
しおりを挟む母とそっくり、というのは私にとって禁句だ。
家の職業柄、昔から様々な他人と接することが多かった。
その中には、両親の若い頃からの知人もたくさんいて、それこそ赤ん坊の頃から可愛がってもらっていたし、父母の仕事場が好きだったから、そこで過ごすのは全く苦にならなかった。
ただひとつ、不満があるとすれば。
「蕗ちゃんは、お父さん似と思わせつつお母さん似だねぇ」
みんな最初はお父さん似で良かったね、と口を揃えて言うくせに、しばらくすると生暖かい眼差しになって、お母さんに似ちゃったねぇ、と面白そうに言うのだ。
断じて私はあのぐうたらで食い意地がはっていてデュオニソスの弟子かという大酒喰いのナマケモノの化身のような女には似ていない! 似ていないったら似ていないのだ……!
*******
「三番アールグレイとウバミルクで、ケーキセット二つ、シフォンラストです」
「はい。札出しておいて」
カウンターの中で作業をする父にオーダーを復唱する。伝票をボードに張り付けて、スイーツのショーケースに向かった。
陳列されているシフォンケーキをさらに取り分けて、品切の札を代わりに置く。
今日は開店時から客足が良くて、いつもよりスイーツの減りが早い。追加注文をかけるか、悩むところ。
弟を外遊びに連れて行っている母が戻って来れば、追加の焼き菓子が出せるけれど――いつ帰ってくるかわかんないから当てには出来ない。そろそろ私も菓子作りを修得するべきか。
だけど父からティーブレンダーの技を学びきっていないうちに、他にも手を出すと中途半端なことになりかねないし。茶と菓子、比重がどちらかにあるかというと、それはもちろん茶に決まっている。妥協は許されない、自分的に。
のどかな地域の住宅街にある紅茶専門喫茶店、それが私の家だ。
曾祖父から譲り受けられたレトロモダンな古家を利用した店舗が好事家の間で評判になり、それなりに繁盛している。もちろん父の紅茶がとてもとても美味しいことも理由だろう。私も父のように優れたブレンダーになるべく現在修行中なのです。
ええ、ファザコンですともそれが何か?
一番混み合う時間帯が過ぎ、一息ついたところで、窓際を占領していた常連客の一人が声を上げた。
「そういやさ、蕗ちゃん、こないだの男の子とはどうなったの?」
明らかに面白がっている声音に、ムッと唇を引き結ぶ。
父がいるところでおかしな話題を持ち出さないでほしい。ほら、聞いてないふりしつつ、さりげにコメカミがひきつってるし。
頭の痛い出来事を思い出した私は、冷ややかに事実を告げた。
「どうもなってません。丁重にお断り申し上げました」
ええ~、つまんないな~、と不服を申し立てる彼らを一睨みして、プイと顔を背ける。
先週、店に現れた学校の同級生に罰ゲームのように衆人環視の中告白されたのは本当だ。
幸いというかなんというか、ちょうど父は席を外していたので、「一昨日来やがれ」と叩き出して終わりにしたんだけど。ここで蒸し返されるとは思わなかったよ!
「休みの日にうちの手伝いばっかりじゃなくてさ、たまには遊びに行かなきゃー。花の盛り手前で勿体無い」
「余計なお・世・話・です! 彼氏なんていらないんだから、放っておいてくださいっ」
強く否定したというのに、どういうわけか失笑が返ってくる。
って、どうしてパパまで苦笑いなの。
「そんなとこばっかりお母さんに似て……」
「似てないし!」
お調子者の永尾さんがタオルを顔にあて嘆くフリをする。まったくもう、だから古株の常連さんは苦手なんだ。嫌がってるのをわかってて、ことあるごとに人を母に似てる似てるとからかうし。
父に似ていると言われるのは全く問題ない。大歓迎。自分でも、アーモンド形の瞳や髪質や全体的の雰囲気は、父の遺伝子をより多く継いでいると思うもの。
だけどそれを凌駕するほど、性格があの母に似ていると言われることだけは我慢ならないのだ……!
うちの母を一言で表すと、いい加減。
テキトーに生きてこの年になりましたと言って憚らない、その通り適当な人だ。
面倒くさがりだし、忘れっぽいし、パパより四つも年上で私というでかい娘もいるくせにいつまでたっても落ち着きがない。今年四つになる弟の楸と、精神年齢はまったく変わらないと私は確信している。
会社員として働いていたときの後輩さんやその周辺には、何故か姉貴分として慕われているけれど、あの人たち母を誤解してるんじゃないだろうか。――などと考えていたせいか。
噂をすれば影、ドアベルをけたたましく鳴らして、当の人物が現れた。
「ただ~いま~!」
「ま~!」
いつまでも若作りな母が、両手にビニール袋をぶら下げて上機嫌で店に入ってきた。その後に、両手にトウモロコシを抱えた我が弟。
「路地販売の野菜買い込んで来ちゃった、見て見て~」
「とー! ともろこし!」
にこにこと父に戦利品を見せている弟を横目に、がさごそと袋から畑を根こそぎにしてきたのかという量の野菜を母がカウンターに転がす。
あんたたちちょっと持って帰る? と、知人たちに声をかけている女を私は叱り飛ばした。
「そこのオバサン、店の迷惑になりますんで帰ってくるときは裏から入ってもらえませんかね!」
「回り込むの面倒だったんだもん。いいじゃない、常連ばっかだし。あ、小野上くんありがとう、こっち持ってきてくれる?」
私の怒りなど何のその、軽く受け流して母は私の背後に呼び掛ける。
今なんか不吉な名前聞いた――と振り向いた私は、真後ろにいた人物とぶつかりそうになり「ぎゃっ」と声を上げた。
休日なのに制服姿の彼はちらりとこちらを見下して、無表情のまま会釈、母に手招きされるまま両手に下げた袋を渡し――ってどんだけ買ってきたんだ馬鹿母!
「夏野菜カレーでも作ろうかなって。一皿500円でどお?」
「一週間特別メニューにしようか。アイスティーとセットにして……茶葉は何がいいかな」
「かれー!」
「うんうん、ひーくんのは王子様仕様でね」
「かれー!」
山盛りの野菜を前にズレた相談をする夫婦、はしゃぐ幼児に私は額を押さえる。
そうしてこちらを凝視する同級生に、険のある眼差しを返した。
「なんで君がいるの」
「一日ぶり。二つ結びも可愛いな」
小野上はいつも通り無感動な目でどこまで本気なんだかわからない言葉を吐く。
学校では下ろしているだけの髪形も、仕事中は邪魔にならないように結んでいる。確かに今日はツーテールだけども。訊いてねぇよ!
このワケのわからん男をどうやって退場させようか惑っているところに、またも永尾さんが余計な一言。
「おお、蕗ちゃんにアタックかました勇気ある少年じゃないか。なになに再アタック?」
ピキーンと一部の空気が凍りついた。
主に、なんというか、カウンター内にいらっしゃる、父という生き物の周辺が。
「とー?」不思議そうな楸の声に、「途中で会ってさ、荷物半分持ってもらったんだー」どこまでも呑気な母の声。
元凶はアンタか! あの現場にいたから彼がどういう相手か知ってるくせにいいいい!
「……蕗、彼、同級生?」
片言になってますよパパ!
「えーと、同じクラスの小野上くん……」
「はじめまして、小野上侑ゆうと申します。蕗さんからお父上のお噂は予々かねがね」
嫌嫌紹介する私の横から、ズイとその存在をアピールするがごとく小野上がピシリと答礼する。
って君に父の話をした覚えは一度たりともないんだが!
「うちのお姫さまとどういう関係かな」
(お姫さまだってー、ププ)などとにやにや笑っている母は完全に父の態度を面白がっている。……あとでオボエテロ。
小野上といえば父のニッコリ迫力笑顔にも怯む様子をみせず、相変わらずの淡々とした表情を崩さず口を開いた。
「目下求愛中です。よろしくお見知りおきを」
「断ったよね! 私完膚なきまでにお断り申し上げましたよねぇ!!」
「一度の却下で僕が退くとでも?」
「なんで自信満々!」
今さら言い逃れはしないけど、私に告白した男というのがコイツだ。会話する度に変なやつだ変なやつだと思っていたが、害はないので放っておいた私が悪かったのか!
先週のこと学校では何も言って来なかったから油断してたわ!
「パパ、ちゃんと断ったし! こんな面倒な男と付き合うわけないし!」
「面倒なのはお互い様のような」
「貴様は黙ってろ!」
ゲラゲラ笑っている母の横で、父の笑顔がどんどん黒くなる。「仲がいいんだね」って良くないよ!
「まあまあ少年。ここは蕗ちゃんが種も形もなかった頃から知っている俺たちに任せなさい」
いつの間にか忍び寄っていた永尾さんが、そう言って小野上を自分たちの席まで誘導する。
ちょっ、また余計なこと言わないでしょうね……!
「蕗ちゃんは天の邪鬼だから押したら押すだけ反発するよー」
「筋金入りのパパコンだから、普通のアプローチぐらいじゃビクともしないの」
「じわじわと領域を増やしていかなきゃ」
なんか勝手なこと言ってるし。本人の前でそんな作戦組んでも意味ないし。ふんふん頷いている小野上はあれで学年首席なんだけど、実質はアホだ。
いや、無視無視、みんな私をからかいたいだけなんだから。
小野上も構うと更に調子に乗るだけ……
「両親の血を引いて紅茶バカだから、その辺りの知識も増やすべきだね」
「攻略に一番参考になるのは、店長かな? なんたって、あの恋愛スルー脳を持つ奥さんを落としたんだから」
「――ああ、そうですね、彼女そっくりですし――是非コツを教えていただかねば」
「誰が誰にそっくりだと!!」
聞き捨てならない言葉を耳にして、つい口を出してしまう。
爆笑する常連客に、何らおかしいことは言っていないぞと首を傾げてる小野上。
やっぱり無視だ無視!
ぶいっとそっぽを向くと、ニヤニヤこちらを眺めていた母と目が合う。
「いいじゃん、彼、面白そうだし、何事も経験だと思うわよ。付き合ってみれば?」
他人事だと思って適当にこのオバハンは。
「自分だったらどーすんのよ」
「面倒だしヤダ」
「私だってメンドイわ! 彼氏なんていらないっての!」
「そんな昔の私みたいなこと言っちゃってー」
「知らんっつーの!」
ちょおウケる! と笑い死にそうになっている母を見て、絶対こんな女には似ていない、似ていないからと呪いのように自分に言い聞かせる。
ちなみに父は「みんなまとめて追い出すか……? いや目の届くところで監視していた方がいいのか……? なんにしろ許さん……」とかなんとか壁に向かってブツブツ言っていた。
頭上で交わされる会話にきょとんとしている弟の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、深いため息を吐く。
いっぺん全員にハラペーニョブレンドティーでも出してやろうかと、紅茶至上主義者にあるまじきことを考えた、織原蕗15歳の夏――。
【隣に誰かさん。】オマケ次世代篇でした!
長女蕗ちゃんは外見パパ似性格はママ似、弟の楸くんは外見ママ似性格パパ似と逆パターン。
両親は相変わらずな感じ?
しかしタイトルを決めたときは、娘が両親を乙女な視点で眺める話だったはずなのにどうしてこうなった。
ちなみに何が【春の名前】かというと、
まんま「蕗」の名前からつけた間に合わせタイトルだったり。
2011.09.09
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