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7.このやるせなさをどこへぶつければいいのか
しおりを挟む軋む身体のあちこちに、昨夜の名残があって、確認するたびになんとも言えない気持ちになる。
試すようにアレコレと体位を変えられてたし、普段使わない筋肉が疲労していても無理はない。あの野郎、シレッと涼しい顔してエロかったんだなー。
恋人との違いを比べろ、って言われたけれど、途中からそんなもんどっかに吹っ飛んでしまった。
和馬とのセックスは、それまでの関係性から私があの子に“してあげる”といったシチュエーションが多かった。
甘えてくる彼を甘やかす私といった形ばかりで、最初からそんなものだろうと疑問も覚えなかった。
印南とのセックスは。むき出しになった男と女の本能をぶつけ合うような感覚で。
対等だった。
知らない世界を覗いた気分――よかったのか悪かったのか。
いや良かったけど。
いやそういう意味じゃないし。
脳内で一人ツッコミを繰り広げつつ、昨日のクソ忌々しい出来事も、昨夜の醜態も、全部お湯に流してしまえと私は頭まで湯船に沈んだ。
満足するまでお風呂にこもり、ふやけた身体をローブに包んで頭を傾ける。
風呂上がりの無防備な姿を印南の前にさらすのかー……。
微妙な気がするけれど今さらだし、下着も着替えも何やらもキャリーに詰めてあるから、致し方ない。
一瞬、どんな顔をすればいいんだ? という思いも頭を過ったが、今さら今さら。
それに、さっきの印南だって普段通りだったじゃないか。
私だけ意識してもしょうがない、ていうか奴に対して意識する必要などあるか? いや、ない!
あれは緊急避難のようなもの。
どうしようもなく自棄になっていた私を、たまたま居合わせた印南が救い上げてくれただけ。
仕事でも困ったときにフォローをしてもらうなんて、よくあることだ。
今度ヤツが助けを必要としたときに、手を貸せばいいだろう。
これまでそうしてきたように。
考えをまとめた私は、よし! と一つ頷くと晴れ晴れとした足取りでバスルームを出た。
「なっがい風呂……」
「よいではないか! レイリオールに泊まるなんて滅多にないんだから堪能しないと!」
風呂から出てきた私に開口一番投げられた呆れた声に、反射的に言い返す。
うん、いつも通りいつも通り。
印南のぼやきも無理はない、ルームサービスで頼んだらしき軽食がすでにテーブルに並べられ、かつ印南は食後のコーヒーを手にしていることから、私の入浴時間がいかに長かったかわかろうというもの。
こまけぇこたぁいいんだよ!
お風呂に入ってサッパリした私は印南の予言通り小腹がすいていたので、オサレに盛られた自分の分のサンドイッチをいただくことにした。
肉厚なハムに野菜の入ったオムレツサンドに舌鼓をうちつつ、私は「そうだ」と顔を印南に向ける。
「ここのお泊まり代いくら? もちろん割り勘で払うけど、今後を考えて分割にしてほしいんだけどさ」
声をひそめる必要などないのに、何となく小声になった私はコソコソと印南に申し出た。
ここを出たら部屋を探さないとならないしねぇ。先立つものがないと少々不安なのだよ。
同僚だろ? 融通きかせてくれよ、おぅおぅ。
三下のようにお願いする私にいつもの一瞥を与えて、印南は首を振った。
「別に割り勘しなくてもいいぞ。俺があえてここに連れて来たんだし、女に払わせるほど甲斐性がないわけでもない」
「うぉう。カッコイイこと言っちゃってー、さては貴様、印南の皮を被った何かだな!?」
「何だっつーんだよ」
小突こうとする手を避けつつ、サンドイッチの最後の一口を頬張った私は、「じゃあそのうちこの借りは返す」と頷いて、ありがたく甘えることにした。
クリスマスに賑わう街の様子を映すテレビを興味なく眺め、特に内容もない雑談を交わす。
ホテルを出たら、後回しにしてる厄介な現実に立ち向かわないとならないから、ちょっとぐらいはダラダラしててもいいだろう。
そう思う端で、充電の切れかかっている携帯の向こう側が気にもなっている。
印南といる今確かめるのが、嫌なものに引きずられないチャンスかもしれない。
唸り声一つ漏らして、あたしは携帯の電源をつけた。
「うわぁ……」
予想はしていたけれど、ズラズラと並ぶ履歴の嵐に嘆息する。
黙ったままこちらを見る印南に背中を押される気持ちでメールを開いた。
和馬からのメールは詫びから始まり言い訳、懇願、泣きつき、様々なバリエーションを展開して、結局わかってないことがわかった。
「ちょっとした遊びだったんだよ」「誘われて断れなくて」「一番好きなのはまり奈だけだから」「反省してます」「まり奈が仕事を優先するから寂しくて」「待ってるから」「まり奈帰ってきて」
読むのも疲れてソファーに突っ伏す。この様子じゃ留守電に入っているのも同じだろう。
「……成人してる男の言うことか?」
投げ出した携帯を見たらしい印南の呟きに、何も返せない。
甘やかした私が悪かったのか、成長しない和馬が悪いのか、両方か。
育て方間違った……!
と、この期に及んで思う私の責任が大きいかもしれない。
グッタリしている私を眺め、携帯を閉じてくださった印南どのは続けて留守電も聞いてくださっている。
通常なら「勝手に」と不快に感じるところだが、今の私は気力ゼロ。
代わりに確認してくれるなら逆に助かる。
まるでうちの俺様上司のように眉間に皺を深く刻んだ印南の表情に、自分で聞かなくて良かったー、と思ってしまった。
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