6 / 9
6
しおりを挟む「腕を切り落とすところでした。なんて危険なマネを」
「約束を守って下さるなら、腕の一本ぐらい惜しくありません」
「ふふ・・ははは・・・あはははは・・・」
愉快そうに笑うエリアス様に──
(まさか約束を違える気?)私は再び身構えた。
「約束は守りますよ。ただし逃げ切れるとは思わないことです」
エリアス様が剣を鞘に仕舞い、勝負は終わった。
「お嬢様急ぎましょう!」
ウォルフ卿に言われて私は馬に跨り隣国に向かって出立した。
一度だけ振り返ったが、もうエリアス様の姿は消えていた。
「さようなら、大好きだったエリアス様」
もう涙は出ない。
私はサファイアのネックレスを引き千切って投げ捨てた。
幸い天候にも恵まれ国境に向かって私達は馬を走らせた。
通りがかった町で少しだけ休息を取り、数回馬を買い替えた。
時には野宿をして1週間かかって私達は国境に辿り着いた。
強行突破も覚悟したがすんなりと国境を越えることが出来た。
「こんなに簡単に・・・ウォルフ卿、これはどういう事かしら?」
「まだ国境まで連絡が来ていないのでしょう」
「そんな事ってあるかしら? 追っ手も来なかったわ」
「考えるより行動です! まだ目的地は遠いですよ!」
そうだ、ソアレス公爵領までは、まだ数日かかる。
お母様は大丈夫だろうか、捕らえられていないだろうか。
既に疲労困憊だったが私達は先を急いだ。
翌日、チェージ伯爵領に入ると安堵した。ここはアヴェルの実家の領地で私は何度か訪れていた。
馬を走らせていると騎士達に行く手を遮られる。
「ウェルデス侯爵令嬢様でいらっしゃいますか?」
「そうです。ソアレス公爵領に向かう途中です!」
「ソアレス公爵令息様がお待ちです!」
「アヴェルが?」
立ち止まった私達に向かって来る騎兵隊の一団、先頭にアヴェルの姿を見つけた。
「セアラ!」
「アヴェル!」
私達は馬から下りると互いを抱きしめた。
「セアラ・・・無事で良かった」
安堵のあまり、このままずっとアヴェルの温もりを感じていたい誘惑に駆られる。
「そうだお母様の手紙を・・・」
私は伯父様への手紙をアヴェルに渡した。
「手紙なら先日、伝書鳩が無事に届けてくれたよ」
「鳩が?・・・あ、だからここに来てくれたのね」
「こちらの精鋭を送るから、夫人の事も心配いらない」
アヴェルはてきぱきと兵士に支持を出しつつ「顔色が悪いな、寝ていないんだろう?」と私を気遣ってくれる。
「アヴェル、エリアスが・・・私に側妃になれって」
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
「あ・・アヴェ・・」
何か返事しようとしたが体が脱力を起こし、ツーーーンと耳鳴りがした。
「セアラ? ・・しっかり・ろ・・セ・・」
アヴェルの声が遠くなって、私は意識を失った。
気が付くとベッドに横たわり、一瞬自分の置かれている状況が判断できなかった。
傍にメイドが立っていて「間もなくソアレス公爵令息様が来られます」と教えてくれた。
ここはチェージ伯爵の屋敷。
「私、倒れたのね。どれくらい寝てたの?」
「一刻ばかりです」
アヴェルは直ぐにやって来た。
「セアラ、もう少し眠るんだ」
「もう大丈夫よ。ウォルフ卿たちは?」
「戻ったよ。こちらの精鋭も一緒だから心配するな」
「そう、ありがとう」
「アヴェル・・・私ずっと考えていたの。王太子殿下は本当に私を側妃にと望んだのかしら。こんなに簡単に越境できるなんて」
エリアス様はいきなり婚約を解消し側妃になれと言った。その後すぐに、母から王家からの正式な通達前に逃げるよう言われて今、私はここにいる。
「セアラが王太子から側妃にと望まれたのは本当の事だ」
「そう・・・」
「多分エリアスは君を逃がしたのだと思う」
彼は元婚約者の私に同情して逃がしてくれたのだろうか。
「今から戻れば私はどうなるかしら?」
「王太子の側妃になるだろうな」
王太子が本当に私を側妃に望んだのだとしたら、この国に引き渡しの要求が来る。
「アヴェル・・・私を助けてくれる?」
「俺にどうして欲しい?」
「側妃は・・・絶対に嫌なの」
私達はしばらく見つめ合った。
「セアラが俺の手を取れば俺は二度と離さないぞ?」
そう言って差し出したアヴェルの手を私は握りしめた。
「離さないで欲しい。アヴェルは裏切らないよね」
「絶対離さないし、裏切らない」
「アヴェルのお嫁さんにして欲しいの。今すぐに・・・」
「分かった」
恥ずかしい告白に即答されて少し戸惑う・・・
「えっと・・・その前に体を綺麗にしたいです・・」
アヴェルは私の額にキスをすると、メイドに「湯の用意を」と頼んだ。
王家の古いしきたりで、純潔を失えば側妃には選ばれない。
温かなお湯を張ったバスタブに身を沈めると私は覚悟を決めた。
それから・・・
目が覚めるとベッドの上で「おはよう」とアヴェルの苦笑いが目の前にあった。
「お前、バスタブで溺れるところだったぞ」
「あぁ・・・」
・・・不覚にも私は心地良いお湯に浸かって、熟睡してしまったのだ。
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
345
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる