6 / 9
第二章 ~『魔力量の増加』~
しおりを挟むマリアが転生してから五年の月日が経過した。この五年間、無為な日々を過ごしたわけではない。
座禅を組みながら、日課の魔法の鍛錬を始める。全身から迸る魔力量は、以前より二回りほど大きくなっていた。
(魔力量は五年の間にかなり増えましたね)
『転生魔法』は魔法の知識を維持したまま、新しい人生を始めることができる。だが魔法はエネルギー源である魔力がなければ発動することができない。
知識があっても魔力がなければ、宝の持ち腐れで終わってしまう。そのために、この五年間は魔力量を増やすことだけに注力したのだ。
(子供に転生できたのも運が良かったですね。おかげで魔力の増加量も桁違いです)
身長と同じで魔力も加齢と共に伸び率が衰えていく。幼少の頃の鍛錬が、将来にも影響を及ぼすのだ。
「マリアンヌ、おはよう」
扉をコンコンとノックされ、ローランドの声が届く。扉を開けると、いつもの温和な顔が待っていた。
「お兄様、おはようございます」
「うん。それと十歳の誕生日、おめでとう。これ、ささやかだけど、プレゼント」
「わぁー、指輪ですか」
「僕の魔力を込めた魔石を付けてある。大切にして欲しい」
「もちろんです」
魔石は魔力を貯めることのできる特性を持っている。自分の魔力が尽きた時の非常用に魔石を身に付ける魔法使いは多い。
だが魔石に魔力を込める作業は、かなりの重労働だ。魔石のために魔力を消費した日はその後何もできなくなるほどの倦怠感に襲われる。
だからこそ、自分のために、ここまでしてくれた兄に感謝する。ペコリと頭を下げると、彼は嬉しそうに口元を緩めた。
「そろそろご飯だ。父上も待っているし、そろそろ行こうか」
「はーい」
二人は肩を並べて、廊下を歩く。チラリと隣のローランドを一瞥する。
五年の時を経たことで、以前よりも雰囲気に凛々しさが混じるようになっていた。成長と共に美しく成長する兄を誇らしく思う。
(それに比べて私は……)
五年間で身長は伸び、顔もより愛らしくなった。しかし髪色に変化はない。透き通るような銀髪は健在だった。
「さぁ、本日の主役の登場だよ」
ローランドへダイニングへと案内されると、テーブルの上にはホールサイズのショートケーキが置かれていた。白いクリームの上には蠟燭が十本立っている。他にもシチューや鳥の丸焼きなど豪華な料理が並んでいる。
「マリアンヌ、誕生日おめでとう!」
ローランドが祝福の言葉を送ると、続けるように椅子に座っていたユリアスが拍手を鳴らす。
「とうとう十歳だな。清らかな心のまま成長したお前は、我が家の誇りだ」
「私も、お父様の娘で幸せです」
銀髪が原因で外見に対する評価は低いままだ。だがこの五年間、家族の優しさは変わらなかった。それだけで十分幸せを実感することができた。
「お母様は今日も外出ですか?」
「仕事だからな。だが、おめでとう、と伝えて欲しいとのことだ」
母親のシャーロットは未だにどういう人物か捉えきれずにいた。嫌われているわけではない。無関心に僅かばかりの親密さが混ざったような態度を崩さない人だった。
「凡人ども、私のお目覚めよ」
扉を開けて、ミーシャがダイニングへと飛び込んでくる。彼女もまた時の経過と共に美しさに磨きがかかっていた。
「ようやく起きたのか、バカ娘」
「あらあら、お父様。今日も小言が五月蠅いですわね」
ダイニングに現れたミーシャは、ユリアスと衝突する。この五年間の間に二人の関係性はさらに悪化していた。その原因は彼女の慢心に満ちた態度がより酷くなったからでもある。
「あら、ケーキじゃない。私のために用意しましたの?」
「マリアンヌの誕生日に用意したケーキだ」
「このブスの誕生日を祝うなんて時間の無駄ですわ。だから私が代わってあげますわ」
ミーシャは蝋燭にフッと息を吹きかける。炎が消え、冷たい空気が場を凍らせる。
「ミーシャ、お前っ!」
「ははは、私こそが、この家の次期当主。どんな横暴も許されますのよ」
それだけ言い残して、ミーシャはその場を立ち去る。ユリアスは頭が痛いと、眉間を押さえた。
「マリアンヌ、すまんな」
「構いませんよ。蝋燭の炎なら、また灯せばよいだけですから」
炎の魔法で、ミーシャに消された蝋燭の火を元に戻す。
「ミーシャの意地悪にもへこたれないとは。マリアンヌは精神的にもタフになったようだな」
「虐められるのは慣れっこですから」
前世のマリアは銀髪を理由に迫害されてきた。おかげで、ケーキの火を消されるくらいでは、心に響くことすらなかった。
改めて、蝋燭に息を吹きかけて火を消す。パチパチと祝いの拍手が響き、三人は豪華な食事に舌鼓を打つ。
美食は口を軽くする。三人で雑談を楽しんでいると、話題がローランドへと移る。
「マリアンヌも十歳になったんだ。そろそろローランドも嫁を貰ったらどうだ」
「僕はまだいいかな……せめてマリアンヌが二十歳になるまでは見守っていたいからね」
「過保護すぎるだろ……忠告しておくが、いくら血が繋がっていないとはいえ、お前たちは兄妹だからな。絶対に手を出すなよ」
ユリアスの言葉にマリアの手が止まる。聞き捨てならないことを彼が口にしたからだ。
「私とお兄様は血が繋がっていないのですか⁉」
「知らなかったのか?」
「初耳です」
「隠していたつもりはなかったが、マリアンヌは私の前妻の連れ子だ。だからこの家に血が繋がった者はいない」
「そんな……」
「だが安心しろ。血縁だけが絆ではない。私たちが家族であることに変わりはないのだからな」
ユリアスの言葉は真理だ。生前のマリアは血の繋がった両親から迫害を受けていた。血縁は愛情を保証するものではないのだ。
「私の血の繋がったお母様は?」
「事故で死んだ。優しい女でな。私が病気になった時は、寝ずに看病してくれたものだ……銀髪の醜い女だったが、外見のハンデを覆すほどに内面が素晴らしい女だった」
「愛していたのですね……」
「内緒だが、シャーロットよりもな。マリアンヌはそんな前妻が残した一人娘だ。大切に育てるのは私の義務なのだよ」
銀髪であるにも関わらず愛されていた母を羨ましく思う。彼はウィルと違い、生涯、妻を愛し続けたのだ。
そしてシャーロットが素っ気ない理由にも納得できた。ユリアスからすれば前妻の連れ子だが、彼女からすれば、マリアンヌは赤の他人なのだ。嫌悪を示さないだけ、彼女は立派である。
「あれ? ならお兄様はどうして私に優しくしてくれるのですか?」
「父上と同じさ。家族を大切にしない理由はない。ただそれだけだよ」
ローランドは露骨にマリアンヌを溺愛していた。家族であるという理由だけでは納得できなかったが、踏み込むのが怖くて訊ねるのを躊躇してしまう。
「さて、楽しい雑談の次は、真剣な話をしよう。マリアンヌは十歳になった。この国では十歳は大人だ。自分で生計を立てていく必要がある。農業でも狩りでいい。家計に貢献しなさい」
養われるだけの期間は終わった。一人前の大人として認められるためにも、お金を稼がなければならないが、どうやればいいか方法が分からない。縋るようにローランドに視線を送る。
「お兄様はどんな仕事をしているのですか?」
「僕は人に教えるのが得意だからね。魔法学校で教師をしているよ。ミーシャは戦闘力に自信があるから冒険者。自分の長所を活かせる道を選ぶのがポイントだね」
「私の得意なことですか……」
「マリアンヌほどの魔法の使い手なら仕事には困らないさ。やりたいことをやればいい」
「なら私は人を救う仕事がしたいです」
回復魔法を使えるのが自分しかいないなら、人を救うことこそが使命だと、彼女は自分の進むべき道を決めていた。そのためにも、もっと成長しなければと、ギュッと拳を握りしめるのだった。
3
あなたにおすすめの小説
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~
黒崎隼人
ファンタジー
名門公爵令嬢クラリスは、王太子の身勝手な断罪により“悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、すべてを失い辺境へ追放された。
――だが、彼女は絶望しなかった。
なぜなら彼女には、前世で「何でも屋」として培った万能スキルと不屈の心があったから!
「王妃にはなれなかったけど、便利屋にはなれるわ」
これは、一人の追放令嬢が、その手腕ひとつで人々の信頼を勝ち取り、仲間と出会い、やがて国さえも動かしていく、痛快で心温まる逆転お仕事ファンタジー。
さあ、便利屋クラリスの最初の依頼は、一体なんだろうか?
悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~
黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」
皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。
悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。
――最高の農業パラダイスじゃない!
前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる!
美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!?
なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど!
「離婚から始まる、最高に輝く人生!」
農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!
悪役令嬢の役割を演じきり、婚約破棄で自由を手に入れた私。一途な騎士の愛に支えられ、領地経営に専念していたら、元婚約者たちが後悔し始めたようで
黒崎隼人
ファンタジー
「悪役令嬢」の断罪劇は、彼女の微笑みと共に始まった――。
王太子に婚約破棄を突きつけられた侯爵令嬢エルザ・ヴァイス。乙女ゲームのシナリオ通り、絶望し泣き叫ぶはずだった彼女が口にしたのは、「その茶番、全てお見通しですわ」という、全てを見透かすような言葉だった。
強制された役割から自ら降りたエルザは、王都の悪意を背負いながら、疲弊した領地へと帰還する。そこで彼女を待っていたのは、世間の冷たい目と、幼い頃に救った孤児――騎士レオン・ベルナールの変わらぬ忠誠心だった。
「あなたが悪役などであるはずがない」。彼の言葉に導かれ、エルザは己の才能と知性を武器に、領地の改革に乗り出す。一方、シナリオから外れた王都では、王太子ルキウスやヒロインのリアナが、抱える違和感と罪悪感に苦しんでいた。
しかし、エルザを陥れようとする新たな陰謀が動き出す。果たしてエルザは、自らの人生を切り開き、本当の幸せを掴むことができるのか? そして、ゲームの呪縛から解き放たれた者たちの運命は――。
これは、悪役令嬢という仮面を脱ぎ捨て、真実の愛と自己実現を手にする、美しくも力強い逆転の物語。あなたもきっと、彼女の選択に心を揺さぶられるでしょう。
トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……
王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。
『冷酷な悪役令嬢』と婚約破棄されましたが、追放先の辺境で領地経営を始めたら、いつの間にか伝説の女領主になっていました。
黒崎隼人
ファンタジー
「君のような冷たい女とは、もう一緒にいられない」
政略結婚した王太子に、そう告げられ一方的に離婚された悪役令嬢クラリス。聖女を新たな妃に迎えたいがための、理不尽な追放劇だった。
だが、彼女は涙ひとつ見せない。その胸に宿るのは、屈辱と、そして確固たる決意。
「結構ですわ。ならば見せてあげましょう。あなた方が捨てた女の、本当の価値を」
追放された先は、父亡き後の荒れ果てた辺境領地。腐敗した役人、飢える民、乾いた大地。絶望的な状況から、彼女の真の物語は始まる。
経営学、剣術、リーダーシップ――完璧すぎると疎まれたその才能のすべてを武器に、クラリスは民のため、己の誇りのために立ち上がる。
これは、悪役令嬢の汚名を着せられた一人の女性が、自らの手で運命を切り拓き、やがて伝説の“改革者”と呼ばれるまでの、華麗なる逆転の物語。
地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。
黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる