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第二章 ~『魔力量の増加』~
しおりを挟むマリアが転生してから五年の月日が経過した。この五年間、無為な日々を過ごしたわけではない。
座禅を組みながら、日課の魔法の鍛錬を始める。全身から迸る魔力量は、以前より二回りほど大きくなっていた。
(魔力量は五年の間にかなり増えましたね)
『転生魔法』は魔法の知識を維持したまま、新しい人生を始めることができる。だが魔法はエネルギー源である魔力がなければ発動することができない。
知識があっても魔力がなければ、宝の持ち腐れで終わってしまう。そのために、この五年間は魔力量を増やすことだけに注力したのだ。
(子供に転生できたのも運が良かったですね。おかげで魔力の増加量も桁違いです)
身長と同じで魔力も加齢と共に伸び率が衰えていく。幼少の頃の鍛錬が、将来にも影響を及ぼすのだ。
「マリアンヌ、おはよう」
扉をコンコンとノックされ、ローランドの声が届く。扉を開けると、いつもの温和な顔が待っていた。
「お兄様、おはようございます」
「うん。それと十歳の誕生日、おめでとう。これ、ささやかだけど、プレゼント」
「わぁー、指輪ですか」
「僕の魔力を込めた魔石を付けてある。大切にして欲しい」
「もちろんです」
魔石は魔力を貯めることのできる特性を持っている。自分の魔力が尽きた時の非常用に魔石を身に付ける魔法使いは多い。
だが魔石に魔力を込める作業は、かなりの重労働だ。魔石のために魔力を消費した日はその後何もできなくなるほどの倦怠感に襲われる。
だからこそ、自分のために、ここまでしてくれた兄に感謝する。ペコリと頭を下げると、彼は嬉しそうに口元を緩めた。
「そろそろご飯だ。父上も待っているし、そろそろ行こうか」
「はーい」
二人は肩を並べて、廊下を歩く。チラリと隣のローランドを一瞥する。
五年の時を経たことで、以前よりも雰囲気に凛々しさが混じるようになっていた。成長と共に美しく成長する兄を誇らしく思う。
(それに比べて私は……)
五年間で身長は伸び、顔もより愛らしくなった。しかし髪色に変化はない。透き通るような銀髪は健在だった。
「さぁ、本日の主役の登場だよ」
ローランドへダイニングへと案内されると、テーブルの上にはホールサイズのショートケーキが置かれていた。白いクリームの上には蠟燭が十本立っている。他にもシチューや鳥の丸焼きなど豪華な料理が並んでいる。
「マリアンヌ、誕生日おめでとう!」
ローランドが祝福の言葉を送ると、続けるように椅子に座っていたユリアスが拍手を鳴らす。
「とうとう十歳だな。清らかな心のまま成長したお前は、我が家の誇りだ」
「私も、お父様の娘で幸せです」
銀髪が原因で外見に対する評価は低いままだ。だがこの五年間、家族の優しさは変わらなかった。それだけで十分幸せを実感することができた。
「お母様は今日も外出ですか?」
「仕事だからな。だが、おめでとう、と伝えて欲しいとのことだ」
母親のシャーロットは未だにどういう人物か捉えきれずにいた。嫌われているわけではない。無関心に僅かばかりの親密さが混ざったような態度を崩さない人だった。
「凡人ども、私のお目覚めよ」
扉を開けて、ミーシャがダイニングへと飛び込んでくる。彼女もまた時の経過と共に美しさに磨きがかかっていた。
「ようやく起きたのか、バカ娘」
「あらあら、お父様。今日も小言が五月蠅いですわね」
ダイニングに現れたミーシャは、ユリアスと衝突する。この五年間の間に二人の関係性はさらに悪化していた。その原因は彼女の慢心に満ちた態度がより酷くなったからでもある。
「あら、ケーキじゃない。私のために用意しましたの?」
「マリアンヌの誕生日に用意したケーキだ」
「このブスの誕生日を祝うなんて時間の無駄ですわ。だから私が代わってあげますわ」
ミーシャは蝋燭にフッと息を吹きかける。炎が消え、冷たい空気が場を凍らせる。
「ミーシャ、お前っ!」
「ははは、私こそが、この家の次期当主。どんな横暴も許されますのよ」
それだけ言い残して、ミーシャはその場を立ち去る。ユリアスは頭が痛いと、眉間を押さえた。
「マリアンヌ、すまんな」
「構いませんよ。蝋燭の炎なら、また灯せばよいだけですから」
炎の魔法で、ミーシャに消された蝋燭の火を元に戻す。
「ミーシャの意地悪にもへこたれないとは。マリアンヌは精神的にもタフになったようだな」
「虐められるのは慣れっこですから」
前世のマリアは銀髪を理由に迫害されてきた。おかげで、ケーキの火を消されるくらいでは、心に響くことすらなかった。
改めて、蝋燭に息を吹きかけて火を消す。パチパチと祝いの拍手が響き、三人は豪華な食事に舌鼓を打つ。
美食は口を軽くする。三人で雑談を楽しんでいると、話題がローランドへと移る。
「マリアンヌも十歳になったんだ。そろそろローランドも嫁を貰ったらどうだ」
「僕はまだいいかな……せめてマリアンヌが二十歳になるまでは見守っていたいからね」
「過保護すぎるだろ……忠告しておくが、いくら血が繋がっていないとはいえ、お前たちは兄妹だからな。絶対に手を出すなよ」
ユリアスの言葉にマリアの手が止まる。聞き捨てならないことを彼が口にしたからだ。
「私とお兄様は血が繋がっていないのですか⁉」
「知らなかったのか?」
「初耳です」
「隠していたつもりはなかったが、マリアンヌは私の前妻の連れ子だ。だからこの家に血が繋がった者はいない」
「そんな……」
「だが安心しろ。血縁だけが絆ではない。私たちが家族であることに変わりはないのだからな」
ユリアスの言葉は真理だ。生前のマリアは血の繋がった両親から迫害を受けていた。血縁は愛情を保証するものではないのだ。
「私の血の繋がったお母様は?」
「事故で死んだ。優しい女でな。私が病気になった時は、寝ずに看病してくれたものだ……銀髪の醜い女だったが、外見のハンデを覆すほどに内面が素晴らしい女だった」
「愛していたのですね……」
「内緒だが、シャーロットよりもな。マリアンヌはそんな前妻が残した一人娘だ。大切に育てるのは私の義務なのだよ」
銀髪であるにも関わらず愛されていた母を羨ましく思う。彼はウィルと違い、生涯、妻を愛し続けたのだ。
そしてシャーロットが素っ気ない理由にも納得できた。ユリアスからすれば前妻の連れ子だが、彼女からすれば、マリアンヌは赤の他人なのだ。嫌悪を示さないだけ、彼女は立派である。
「あれ? ならお兄様はどうして私に優しくしてくれるのですか?」
「父上と同じさ。家族を大切にしない理由はない。ただそれだけだよ」
ローランドは露骨にマリアンヌを溺愛していた。家族であるという理由だけでは納得できなかったが、踏み込むのが怖くて訊ねるのを躊躇してしまう。
「さて、楽しい雑談の次は、真剣な話をしよう。マリアンヌは十歳になった。この国では十歳は大人だ。自分で生計を立てていく必要がある。農業でも狩りでいい。家計に貢献しなさい」
養われるだけの期間は終わった。一人前の大人として認められるためにも、お金を稼がなければならないが、どうやればいいか方法が分からない。縋るようにローランドに視線を送る。
「お兄様はどんな仕事をしているのですか?」
「僕は人に教えるのが得意だからね。魔法学校で教師をしているよ。ミーシャは戦闘力に自信があるから冒険者。自分の長所を活かせる道を選ぶのがポイントだね」
「私の得意なことですか……」
「マリアンヌほどの魔法の使い手なら仕事には困らないさ。やりたいことをやればいい」
「なら私は人を救う仕事がしたいです」
回復魔法を使えるのが自分しかいないなら、人を救うことこそが使命だと、彼女は自分の進むべき道を決めていた。そのためにも、もっと成長しなければと、ギュッと拳を握りしめるのだった。
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