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第一章
第一章 ~『実家への帰省と魔女』~
しおりを挟む婚約破棄されたメアリーは実家へ帰るため馬車に揺られていた。畦道を進む車窓の外には見覚えのある小麦畑が広がっている。彼女の生まれであるシルバニア辺境伯領は昔から変わらないままだった。
(屋敷の皆さんと会うのも久しぶりですね)
アイスビレッジ公爵家に嫁いでからは魔物討伐で忙しく、実家に帰省する暇さえなかった。
久方ぶりの再会を心待ちにしていると、車窓に映る景色が変化し始める。高い城壁と設置された砲台、隊列を組んだ騎士たちの掛け声が響くようになった。
(騎士たちの精強さも変わらないですね)
国防の要として国内最高の軍事力を誇る組織、それこそが辺境伯領騎士団である。
多様な人材が国中から集結し、他国との戦争に備えている。これだけの人材を登用できるのは、領主であるメアリーの父――レオル辺境伯の存在も大きかった。
彼は世界最強の称号を持つ英雄だった。その彼に憧れて人材が集まってくるのだ。
英雄の血を引き、幼い頃より鍛えられたからこそ、メアリーもまた魔女と称されるほどの力を手に入れた。
その力が婚約破棄に繋がったのだと思うと、苦笑が漏れる。彼女の心情に合わせるように、馬車のスピードも徐々に落ちていった。
「お嬢様、屋敷に到着しました」
「ありがとうございます」
馬車が停車し、御者が扉を開く。すると玄関先では見知った顔が待ち構えていた。
「メアリー、無事だったか!」
髭を蓄えた男が駆け寄ってくる。メアリーと同じ銀髪に、見上げるほどの高身長、鍛えられた肉体や整った容姿は昔から変わらない。彼女の父――レオル辺境伯である。
「婚約破棄されたと聞いたぞ」
「私と別れて、公爵家の令嬢と結婚するそうです」
「ふざけた真似を……我が騎士団の力で、アイスビレッジ公爵領を更地にしてやろうか?」
「必要ありませんよ」
「だが……」
「どうせ、あの人の余命は三ヶ月しか残されていませんから」
「――ッ……そうか……」
レオルはメアリーの師であるため、彼女が余命を視認できると知っていた。三ヶ月後には命を落とすと知れたことで溜飲が下がったのか、冷静さを取り戻す。
「まぁ、男なんて星の数ほどいるんだ。俺が新しい縁談を――」
「気持ちだけ受け取っておきます」
「しかしだな……」
「当分、一人でいたいので」
「そうか……」
レオルの厚意には感謝するが、すぐに気持ちを切り替えられるほど器用でもない。頭を下げて、屋敷の最上階にある自室へと逃げ去るように移動する。
(久しぶりの我が家ですね……)
ベッドに飛び込むと、枕に顔を埋める。不在の間もきちんと洗濯されていたのか、お日様の匂いが心地よかった。
(精一杯、尽くしてきたんですけどね……)
魔物討伐のために我が身を危険に晒したのは、すべてアンドレアのためだ。別れ際も気丈に振る舞ったが、ショックを感じてないといえば嘘になる。
「男性を見る目がないのかもしれませんね……」
独り言をボソリと漏らすと、箪笥から影が飛び出してくる。白い子猫に見覚えがあった。
「シロ様!」
「にゃ~」
「昔と変わらず、小さいままですね」
成長が遅いのか、そういう猫種なのかは分からないが、手の平サイズの白猫は、メアリーが子供の頃から飼っていた姿のままだ。
傍まで駆け寄ってくると、ベッドの上で丸まった。
「私を慰めに来てくれたのですか?」
「にゃ~」
「ふふ、可愛いですね」
頭を撫でてあげると、嬉しそうに甘えた声で鳴いてくれる。婚約破棄の悲しみが一気に吹き飛んだ。
「でも私が不在の間、いったい誰が世話を……」
「にゃ~」
シロが廊下に視線を送ると、扉がノックされる。入室してきたのは黄金を溶かしたような金髪の美丈夫だ。白磁の肌はシミ一つなく、澄んだ青の瞳は見惚れるほどに美しい。見惚れていると、彼は目を見開く。
「メアリー……」
「どこかでお会いしましたか?」
「……僕のことを忘れたのかい?」
「ん……まさか、カイン様なのですか?」
「正解。幼馴染の顔を忘れられたら困るね」
カインは隣国の王子で、剣の腕を鍛えるために幼少の頃からシルバニア辺境領に預けられてきた。メアリーとは幼馴染でもある。
「もしかしてシロ様の世話はカイン様が?」
「僕の趣味みたいなものさ。気にしないでくれ」
カインは子供の頃から動物が好きだった。趣味というのも本心だろう。
「それよりも聞いたよ。婚約破棄されたんだよね?」
「私を笑いますか?」
「まさか。君は僕の親友だ。その君を傷つけたやつを許せないだけさ」
目の前にいたら、剣の錆にしてやるのにと、彼は続ける。メアリーのために心の底から怒ってくれる優しさが心に染みた。
「僕なら君を不幸にしないのにな……」
「カイン様、その台詞は私でなければ勘違いしますよ」
「されてもいいんだが……」
「ふふ、あなたの心遣いに感謝します」
慰めてくれたカインに、メアリーは礼を伝える。婚約者を失っても、親友が傍にいてくれる。それだけで前向きな心持ちになれるのだった。
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