5 / 39
第一章
第一章 ~『ドレスと魔女』~
しおりを挟む次の日、ベッドで快眠したメアリーは窓から差し込む光で目を覚ます。身支度を整え、ダイニングに足を運ぶと、人は誰もいなかったが朝食は用意されていた。
夕飯と比較すると、豪華とはいえない。だが質素ながらもサラダに目玉焼き、そしてパンとサーモンのムニエルが並べられており、食欲を唆る。
(量がたくさん残っていますし、お父様の食事もまだのようですね)
レオルは健啖家だ。常人の三倍の食事量でもまだ満腹にならない鉄の胃袋を持っている。並んだ朝食もほとんどが彼のために用意されたものだろう。
「メアリー、起きていたのか?」
「嫁いでから早起きが得意になりまして」
「人は変われば変わるものだな。昔は昼まで寝ていることも多かったのに……」
「私も成長したんですよ」
メアリーたちは一緒にダイニングテーブルに腰掛け、料理を前にする。天窓から差し込んだ光で料理が輝き、胃袋を誘惑される。
「夕飯と比べると質素だろ」
「そんなことは……」
「安心しろ。美味しさは保証する。肉以外は何でも美味いのがシルバニア辺境伯領だからな」
食事こそが活力になる。それを証明するように、レオルは焼き立てのパンを頬張る。バターの溶ける匂いと小麦の甘い香りが合わさり、メアリーの空腹が刺激された。
「では私もいただきます」
目をつけたのは黄身がとろけ出している目玉焼きだ。塩を振りかけ、ナイフとフォークで切り分けて口の中に運ぶ。
濃厚な黄身が口の中に溢れ出す。それと同時に疑問が浮かんだ。
「この卵はどうやって手に入れたのですか?」
シルバニア辺境伯領は家畜を育てるのに不向きだ。鶏を飼わずに、新鮮な卵をどうやって手に入れたのかと問うと、レオルはニンマリと笑う。
「実はな、その卵は魔物から採れたものだ」
「でも美味しいですよ。高ランクの魔物というわけでもありませんよね?」
「Fランクの魔物だな」
「この味でですか?」
「この味でだ」
魔物肉はまずい。これが社会常識になったのは、魔物肉が脅威度に応じて味が変わる傾向にあるためだ。捕らえるのが困難な高ランク帯のドラゴンなどは肉も美味だが、オークやゴブリンのような魔物の肉はお世辞にも美味しいとは言えない。
高ランクの肉は当然、市場にも滅多に流通しないため、魔物肉はまずいという印象が根付いたのだ。
このランク差による肉の味の違いは、魔力が生命力と結びついているからという説が主流だ。鶏や羊の肉も老いているより若い方が旨味を増す。それと同じ理屈だそうだ。
「実はな、低ランクの魔物でも採れたて卵の状態だと旨いんだ」
「それは初耳ですね」
「原理は知らないがな」
「おそらくですが……お肉よりも卵の方が魔力残留しやすいのでしょうね。だから新鮮な状態だと、まだ卵に魔力が残っていて美味しいのです」
新しい発見に驚きながら、メアリーは目玉焼きを完食する。今度はサーモンのムニエルと添えられたレモンを一度に口の中に放り込む。旨味と酸味が調和し、これもまた絶品だった。
「朝食を堪能しているようだね」
「カイン様、おはようございます。朝から出かけていたのですか?」
「魔物刈りを日課にしているからね」
この卵もその成果さと、カインは続ける。新鮮な卵を手に入れた功労者は彼だったのだ。
「僕も朝食をいただくね」
「遠慮するな。お前は家族みたいなものだからな」
カインは屋敷に客人として滞在しているが、その期間はすでに十年を超えている。その長い付き合いもあり、レオルは彼を息子のように扱っていた。
(お父様と仲良くやれているようで安心しました)
昔のカインは引っ込み思案な少年だった。だが今の彼は違う。積極的にコミュニケーションを取り、屋敷の使用人たちとも友好的な関係を築いている。
(立派になりましたね……)
友人の変化に感心していると、視線に気づいたのか、彼は頬を掻く。
「僕の顔に何か付いているかな?」
「いえ、そういうわけでは……ただ子供の頃から成長したなと感じていただけです」
「それは君もさ。とても綺麗になっている」
「褒めても何もでませんよ」
「お世辞じゃない。本心さ」
キラキラと輝く澄んだ瞳を向けられる。その目を直視できなくて横に逸らすと、レオルと視線がぶつかった。彼は言い淀むような素振りで声を漏らす。
「お父様、どうかしましたか?」
「その、なんだ……指摘しづらいんだが、その黒のドレスは昨日着ていたものじゃないか?」
「デザインは同じですね。でも別のドレスですよ」
「……俺が新しいドレスを買ってやろうか?」
レオルは憐れむような目を向ける。新しいドレスを購入する資金がないため、同じデザインを着回していると誤解したのだ。
「お父様は勘違いしています」
「勘違い?」
「はい。黒のドレスに統一しているのは意味があるからなんです……高名な学者によると人間は一日に三度しか決断ができないそうですから。私は服選びにその貴重な一度を使用したくないから、同じデザインを採用しているのです」
メアリーはドヤ顔を浮かべるが、その話を聞いていたカインは小さく微笑む。
「君のこだわりの強さは変わらないね」
「こだわりではなく、合理性です。きちんと理由があるんですから」
「でも、子供の頃も黒一色だったよね」
「それは……」
大人ならともかく、子供が一日の判断回数を減らすために、ドレスの色を黒だけにするはずがない。合理性以外の理由があるはずだと問うと、レオルが笑う。
「その答えなら俺が知っているぞ」
「お父様!」
「カインが黒のドレスを似合っていると褒めたことがあっただろ。それ以来、メアリーは黒のドレスばかりを着るようになったんだ」
「~~~~ッ」
恥ずかしさで耳まで顔を真っ赤にするメアリーに、カインは「光栄だね」と微笑む。朝食は昔話で盛り上がり、恥ずかしくも楽しい時間を過ごしたのだった。
34
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井ゆの花
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2025年10月25日、外編全17話投稿済み。第二部準備中です。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる