私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右

文字の大きさ
3 / 22

第一章 ~『優しいだけの婚約破棄』~

しおりを挟む

 焼いたクッキーをラッピングしたクレアは、ルインが滞在している客室を訪れる。彼の希望で客室は角部屋だ。騒がしいのが苦手だと、屋敷の中心部から離れた位置に部屋を用意させたのだ。

「ルイン様、いますか?」

 部屋をノックする。しかし反応はない。

(留守でしょうか?)

 屋敷の中でも人目に付かない客室のため、使用人たちも行方を把握していないだろう。諦めて帰ろうと決めた時だ。扉が僅かに開いており、部屋の中から女性の声が聞こえてくることに気づいた、

 嫌な予感が頭を過る。ルインの許可なしに踏み込んではいけないと理性が訴えかけるが、本能がどうしても確認せずにはいられなかった。

 物音を立てずに部屋の中へ入る。天井にはシャンデリアが吊り下げられ、赤い絨毯が敷かれている。折角の瀟洒な室内なのに、窓にカーテンが下ろされ、光が入らないようにされていた。

(まるで後ろめたさを表現するかのように暗い部屋ですね……)

 その疑念はすぐに確信へと変化する。二つの人影が重なり合う光景がしっかりと輪郭を描いていたのだ。

 その人影の正体は銀髪赤眼のルインと、金髪青眼のサーシャだった。二人は唇を重ねており、悪い予感が現実だったと理解する。

「ルイン……様……」
「クレア、どうしてここに……」

 ルインは目を見開いて驚きを示すも、すぐに冷静さを取り戻す。一方、浮気相手のサーシャは慌てふためいていた。

「ち、違いますの、お姉様。これはただのスキンシップで」
「サーシャ、言い逃れは無理だ」
「ですが――」
「それよりもこれはチャンスだ。遅かれ早かれ、こうなる予定だったのだからな」

 ルインは整った口元に歪な笑みを浮かべ、クレアにとって絶望の言葉を続ける。

「俺は優しいくらいしか長所がない貴様に飽き飽きしていたのだ。婚約を破棄させてもらうぞ」

 非情な宣告を告げられる。その言葉を受け入れられず、視界が歪むも、ルインが口を閉じることはない。

「そもそも俺は婚約に反対だったのだ。貴様は両親が誰かも分からない養子の娘だ。もしかすると、貴族どころか平民の可能性さえある。俺は一族に下賤な血が混じることに耐えられないのだ」

 理不尽な物言いだ。さすがに温厚なクレアでも反論せずにはいられない。

「確かに私は養子ですが、きちんとした公爵令嬢です」
「書類上の身分はな。だが血は下賤だ。しかしサーシャは違う。公爵家の血筋が確約されているのだ。なら俺がどちらを選ぶかは明白だろう?」
「――ッ……少なくとも、あなたが最低の人だとは理解できました」

 浮気しておきながら開き直るルインに対して、クレアは怒りを湧き上がらせていた。だが彼も理不尽に感情を昂らせる。

「なら俺も言ってやる! 貴様の庶民的なところが我慢ならんのだ!」

 ルインはクレアからラッピングされたクッキーを奪い取ると、それを足で踏みつけて粉々にする。愛情を込めた菓子を踏みつけられたことで、彼女の愛も砕け散った。

「このゴミを拾え。貴様は女中のように振る舞うのが相応しい」

 怒りに耐えながら、クレアはクッキーを拾い上げると、客室を飛び出す。背中に嘲笑が向けられ、屈辱に奥歯を噛み締める。

(ルイン様も、サーシャも最低です)

 肩を落として、廊下をトボトボと歩く、怒りと悲しみが膨れ上がり、涙さえ出てこない。

(泣かないで済んでいるのは、二人に対する怒りより、自分を許せないからですね)

 人に優しくすれば、きっと幸せになれる。そんな言葉を妄信し続けてきた自分の愚かさに腹が立ったのだ。

「クレア……ッ――どうかしたのかい?」

 廊下の向こう側から近づいてきたギルフォードに声をかけられる。心中を見透かすような瞳を向けられ、隠し事はできないと知る。

「実は……婚約破棄されちゃいました」

 粉々になったクッキーと共に事実を伝えると、すべてを察したのか、ギルフォードは瞳に怒りの炎を灯しながらも冷静さを保つ。

「許せないね」
「お兄様……」
「でもその前に……クッキーを貰ってもいいかな?」
「ですが、これは粉々に砕けて……」
「構わないさ」

 ギルフォードは答えを待たずにラッピングされたクッキーを受け取ると、砕けた欠片を口の中に放り込む。

「うん、愛情のこもった美味しいクッキーだ。さすが僕の妹だよ」
「お兄様……ふふ、おかげで悲しみが吹き飛びました」

 婚約者がいなくとも家族がいる。それだけで十分に幸せだと再認識し、クレアの表情に笑みが戻る。

「婚約破棄されたのは残念ですが、巡り合わせが悪かったと忘れることにします」
「それは駄目だよ。忘れちゃ駄目だ」
「でもお兄様……」
「安心していい。僕の大切な妹を傷つけたルインにはきちんと地獄をみせてやるから」

 ギルフォードは端正な口元に歪な笑みを浮かべる。それはクレアでさえ初めて見る彼が本気で怒った顔だった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】金で買われた婚約者と壊れた魔力の器

miniko
恋愛
子爵家の令嬢であるメリッサは、公爵家嫡男のサミュエルと婚約している。 2人はお互いに一目惚れし、その仲を公爵家が認めて婚約が成立。 本当にあったシンデレラストーリーと噂されていた。 ところが、結婚を目前に控えたある日、サミュエルが隣国の聖女と恋に落ち、メリッサは捨てられてしまう。 社交界で嘲笑の対象となるメリッサだが、実はこの婚約には裏があって・・・ ※全体的に設定に緩い部分が有りますが「仕方ないな」と広い心で許して頂けると有り難いです。 ※恋が動き始めるまで、少々時間がかかります。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

幸運の女神である妹を選び婚約破棄するようですが、彼女は貧乏神ですよ?

亜綺羅もも
恋愛
サラ・コリンズにはレイア・コリンズいう双子の妹がいた。 ある日のこと、彼女たちは未来を見通す占い師から、どちらかが幸運の女神でどちらかが貧乏神だと告げられた。 両親はいつからか、幸運の女神はレイアだと信じ始め、サラは貧乏神だと虐げられ始められる。 そんな日々が続き、サラが十八歳になった時、ジーク・バージリアンという男と婚約関係を結ぶ。 両親は貧乏神を追い出すチャンスだと考え、ジークに何も言わずにサラとジークとの婚約をさせていた。 しかし、ジークのことを手に入れたくなったレイアは、その事実をジークに伝え、サラから彼を奪い取ってしまう。 ジークに婚約破棄を言い渡されるサラ。 しかしジークもレイアもサラの両親も知らない。 本当の幸運の女神はサラだと言うことに。 家族に見捨てられたサラであったが、エリオ・ルトナークという男性と出逢い、幸せに向かって運命が動き出すのであった。

処理中です...