私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右

文字の大きさ
22 / 22

第三章 ~『天狐と王宮』~

しおりを挟む

 天狐と一緒に暮らすことを決めたクレアは王宮に帰っていた。小麦畑と王宮は馬車でさほど遠くない位置にあるため、到着まではすぐであった。

「昔と変わっておらぬのじゃ」
「天狐様は王宮を訪れたことがあるのですか?」
「お主の母親に連れられたのじゃ」

 天狐はまるで我が家のように王宮の内部を知り尽くしていた。天狐に先導される形で談話室に到着すると、ギルフォードが読書に耽っていた。

「クレア、帰ってきたんだね――って、もしかして、その狐は稲荷の神かい?」
「お兄様も天狐様をご存知なのですか?」
「この国の豊穣の神様だからね。先代が亡くなってからは人里に姿を現さなくなったと聞いていたけれど、まさかクレアと一緒に下山してくるとはね。驚かされたよ」

 ギルフォードの驚愕は疑問にも繋がっていた。畑を守るためとはいえ、なぜ今になって人里に姿を現したのかと。

「吾輩は豊穣の神、故に豊作を祈るために信仰する者が多いほどに力を増すのじゃ。小麦の生産が盛んになるまでは、力が衰え、山の中から動けなかったのじゃ」
「天狐様も苦労したのですね……」

 小麦の生産を減らしていたのは国策の一環だ。思わぬところで、天狐にも迷惑をかけたと申し訳なさを覚える。

「では天狐様の苦労を労うとしましょうか」
「吾輩にお供えをするのじゃな⁉」
「ふふ、楽しみにしていてください。コレット様にとびっきりの美味しい菓子を用意しして貰いますから」

 談話室の外に出て、コレットを探そうとした時、廊下の向かう先から目当ての人物が台車にクッキーと紅茶を運んできていた。まるで彼女の心を読んだかのような用意周到さに驚きを隠せない。

「コレット様、そちらのお菓子は?」
「クレアさんが帰ってきたと聞きましたから。私なりの配慮です。もしかして迷惑でしたか?」
「いえ、丁度お願いしようとしていたので助かりました。きっと天狐様も喜んでくれます」
「天狐様とはもしや……」
「ご存知なのですか?」
「確証はありませんが、おそらくは」

 コレットは談話室の扉を開けて、台車を運び込む。そして天狐の姿を認めると、彼女は顔見知りだったのか声をあげた。

「やはり天狐さんとは、狐さんのことだったのですね」
「お主はよく森に来ておった人間じゃな」
「覚えていてくれたんですね」
「山菜やキノコをあれほどたくさん摘んでいく人間を忘れるはずがないのじゃ」
「お恥ずかしい限りです」

 コレットは僅かに赤くなった頬を掻く。話を逸らすように、別の話題を頭の中で捻りだした。

「そうだ! 実は松茸が自生する場所を教えてくれたのも天狐さんなんですよ」
「天狐様は知識も豊富なのですね」
「でも天狐さんは松茸が嫌いなようで……お礼にご馳走しても食べてくれないんですよ」
「天狐様にも苦手な食べ物があるのですね……ですが、松茸は王国を救う一助になりました。私からも感謝を伝えさせてください」

 松茸で外貨を稼ぎ、一年間の麦を輸入できたからこそ、王都での飢えを防ぐことができた。王国が健在なのは天狐の貢献も大きかったのだ。

「ではコレット様、お菓子を天狐様に」
「はい、本日の菓子は王都一の洋菓子店から仕入れた最高級品です。きっと天狐さんも気に入るはずですよ」
「それは楽しみなのじゃ」

 手の平サイズのクッキーを渡されると、天狐はそれをサクリと口にする。揺れている尻尾の動きから、味の感想を聞かなくても分かった。

「これはとんでもなく美味しいのじゃ」
「そうでしょうとも。帝国産のメープルとバターを混ぜたクッキーは、甘みも上品で、私も大好物ですから」
「さすがコレット様です。食の知識に関して右に出る者がいませんね」
「えへへ、クレア様に褒められると照れてしまいますね」

 食は国家を左右する重要な要素だ。その知識に秀でたコレットは王国にとって欠かせない人材となっていた。

「稲荷の神は凄いね。まさか松茸にまで詳しいとは思わなかったよ」

 ギルフォードは感心すると、読んでいた本を机の上に置き、何かを考えるように顎に手を当てる。

「吾輩は神じゃからな。何でも詳しいのじゃ」
「なら新しく松茸の自生している場所があれば教えてくれないかな」
「それくらいならお安い御用なのじゃ」

 ギルフォードは地図を用意し、天狐から松茸の自生地を教えてもらう。それを聞いた彼は目線でコレットに合図を送った。

 すると彼女はその意図を察したのか、「失礼します」とだけ言い残して、談話室を後にした。

「あやつはどこへ向かったのじゃ」
「松茸は王国にとって貴重な収入源だからね。新しい自生地を確保するため、動いてくれたのさ」
「あのようなキノコで大慌てとは、人間とはおかしな生物じゃの」

 天狐は理解できないとクッキーを齧る。その嬉しそうな顔を見ていると、クレアの心まで安らいでしまう。

(平和な時間ですね~)

 クレアはカップに注がれた紅茶を啜る。リラックスした肉体から疲れが抜け落ちていく。

 だがそんな平和な時間はいつまでも続かなかった。文官の一人が談話室に飛び込んできたのだ。

「女王陛下、伝令です! 畑を荒らす狐が! 稲荷の神様が大暴れしております!」

 ポカンとした表情でクレアは報告を受ける。大暴れしているはずの天狐もまたクッキーを齧る口を止めてしまうのだった。

しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

リーナ
2025.06.01 リーナ

続き読みたいです

解除
友梨奈
2023.09.21 友梨奈

クレアが女王になりましたね😊✨
帝国に王様の病気を回復させて1年間の平和条約を結べてなて、その間に食料問題も片付けて、小麦問題も片付けて流石と言いたいです👏🏻·͜·👏🏻·͜·
その後ととまうなるのか凄く楽しみに待ってます(*^^*)

これからも更新を楽しみ待ってます(((o(*゚▽゚*)o)))
頑張って下さい応援してます。
(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

解除
Kimy
2023.05.16 Kimy

ルイン最低ですね。浮気&罵倒とは(ーー;)
クレアが公爵家の養女に迎えられたのも、出自が隠されている(?)のも
相応の理由があるのでしょうね。

ルインは逃した魚が大きかったことをしっかりと思い知ってほしいですね。

更新楽しみにしてます。(^ー^)v

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】金で買われた婚約者と壊れた魔力の器

miniko
恋愛
子爵家の令嬢であるメリッサは、公爵家嫡男のサミュエルと婚約している。 2人はお互いに一目惚れし、その仲を公爵家が認めて婚約が成立。 本当にあったシンデレラストーリーと噂されていた。 ところが、結婚を目前に控えたある日、サミュエルが隣国の聖女と恋に落ち、メリッサは捨てられてしまう。 社交界で嘲笑の対象となるメリッサだが、実はこの婚約には裏があって・・・ ※全体的に設定に緩い部分が有りますが「仕方ないな」と広い心で許して頂けると有り難いです。 ※恋が動き始めるまで、少々時間がかかります。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

聖女を追い出しても平気だと思っていた国の末路

藤原遊
ファンタジー
聖女が国を去った日、神官長は分かっていた。 この国は、彼女を軽く扱いすぎたのだと。 「聖女がいなくても平気だ」 そう言い切った王子と人々は、 彼女が“何もしていない”まま国が崩れていく現実を、 やがて思い知ることになる。 ――これは、聖女を追い出した国の末路を、 静かに見届けた者の記録。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。