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アンドレアの悲劇
しおりを挟む『アンドレア公爵視点』
婚約破棄してから数日後、アンドレアは王宮に呼び出されていた。用件を『クレアの婚約破棄』に関してとだけ聞かされていた彼の足取りは不思議と軽い。称賛されるに違いないと思い込んでいたからだ。
「王家が俺の価値を認識する日が来たか」
思わず口にしてしまうほど上機嫌なのは、新しい婚約者のサーシャのおかげだ。容姿に優れた彼女は、クレアよりも聖女にふさわしい。抜擢した自分に褒美が与えられるに違いないと、胸を踊らせていた。
「アンドレア公爵が到着しました」
衛兵が王の間の扉を開く。玉座には白ひげを蓄えた国王が腰掛け、周囲には大臣たちの姿もある。彼は玉座の前で跪くと、頭を垂れた。
「面をあげよ」
「はっ!」
「ふん、噂通り、容姿だけは優れているようだな」
棘のある口ぶりに、アンドレアは険悪な雰囲気を感じ取る。浮かれていた気持ちも沈み、緊張が全身を包み込んだ。
「呼び出したのは他でもない。その優れた顔を使っても、役割さえ達成できぬ貴様の問責のためだ」
「ま、待ってください! 私がいったい何をしたと⁉」
「惚けるな。聖女クレアとの婚約を破棄したそうではないか」
「あれはより優れた聖女が見つかったからで……」
「ふん、より優れたか……私にはそうは見えんがな」
国王が合図を送ると、控えていた大臣が一歩前へ出る。手に握られている資料がアンドレアにも渡された。
「この資料に記されているグラフは、聖女が王国を守護するために張っていた結界の力の推移です。数日前からガクンと落ちているのが分かるでしょう」
「で、ですが、サーシャが新しい聖女になったはずです」
「ええ。だからこそ結界の力は弱まりながらも崩壊までには至っていない。これがどういう意味か分かりますね?」
「聖女としての力は、クレアの方が上……」
「そのとおりです」
回復魔法や結界術の練度は同じ聖女でも差がある。優れたクレアを捨て、力の弱いサーシャを選んだ愚かさを、彼らは責めているのだ。
「大臣の話した通りだ。聖女クレアは優秀だった。彼女の結界のおかげで、王国は魔物の被害から無縁だったからな。だが貴様のせいで、結界は弱体化し、魔物が侵入してくるようになった。王国の評判は下降の一途だ。どう責任を取るつもりだ⁉」
「で、では、サーシャを育て、一流の聖女に――」
「それでは遅すぎる! 貴様の役目は唯一つ。聖女クレアに土下座してでも、王国に連れ戻すことだ」
「公爵の私があの醜女にですか⁉」
上流階級である自分がそこまでプライドを捨てることはできないと暗に拒絶するが、国王の反応は冷たい。小さく鼻で笑う。
「ふん、貴様は勘違いしているな」
「勘違いですか?」
「貴様は愚かな男だ。領地運営も失敗ばかりで、借金まで抱えている。公爵の爵位を廃位させるべきではとの声も挙がっていた……だが腐っても公爵。使い道はある」
「まさか……」
「そのまさかだ。聖女クレアを王国に繋ぎ止めるためには高位の貴族と婚姻を結ばせるのが最も効果的だ。だからこそ貴様の爵位をそのままにし、嫁がせたのだ……つまり聖女クレアとの婚約を破棄した今、公爵の爵位をそのままにしておく理由もないというわけだ」
国王の言葉には軽蔑だけが滲んでいる。このままでは破滅だ。なりふりかまっている余裕を失った彼は、姿勢を変えて、額を床に擦り付けて土下座する。
「どうか廃位だけはお許しを!」
「貴様の処分は追って言い渡す。下がれ」
「……っ……ぅ」
死刑宣告に等しい言葉を受け、アンドレアの瞳から涙が溢れる。屈辱と絶望で頬を濡らすのだった。
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