4 / 60
第一章
第一章 ~『呪われた公爵へ嫁ぐことになった令嬢』~
しおりを挟む婚約破棄されてから数日が経過した。皮肉なもので、時間の流れは心の傷を塞いでくれた。これは父の計らいで、ケビンたちが別邸で離れて暮らしていたのも大きく関係しているだろう。
(顔を合わせなくて済んでいるのは唯一の救いですね)
愛はなくても配慮はされていたのだ。だが父は意味もなく娘に優しくする人でもないため、嵐の前の静けさのようなものも感じていた。
エリスはベッドに横たわり、天井に右手を掲げる。手の甲に浮かんだ痣は日に日に濃くなっていた。
(この痣はいつになったら消えるのでしょうか……)
怪我ならもう治っていてもおかしくない頃合いだ。ただ正体不明の痣は気になっても痛みはないため、薬師に診てもらうほどでもない。
いずれ消えるだろうと痣のことを忘れようとした瞬間、扉をノックされる。ノックのリズムから訪問者がお付きの侍女だと分かる。
「お嬢様、お父上がお呼びです」
「分かりました……」
背中に悪寒が走るが、領主である父の呼び出しを無視できない。大人しく従い、彼の執務室へ向かう。
「私の使い道が決まったのですか?」
「……私は何も聞いておりませんので」
「あなたは昔から誤魔化すのが下手ですね」
「…………」
エリスと侍女の付き合いは長い。おかげで、ちょっとした仕草から簡単に嘘を見抜ける。
この先にはエリスにとって良くないことが待ち構えているはずだ。そして、その内容にも容易に想像がついた。
貴族の令嬢の使い道は唯一つ。有力者に嫁ぎ、家同士の繋がりを深めることだけだからだ。縁談話が用意されているのだろうと覚悟していると、執務室の前まで辿り着いていた。
「では私はこれで。ご武運をお祈りします」
頭を下げて去っていく侍女に感謝する。彼女のおかげで心の準備ができた。ノックをして部屋に入ると、父は神妙な顔付きでエリスを待っていた。
「よく来てくれたな。実は大切な話があるのだ」
「用件は私の縁談ですよね?」
「ああ。オルレアン公爵家から縁談が届いたのだ……」
重々しい口調なのは、エリスにとって悪い知らせだからだ。
(よりにもよってオルレアン公爵家だとは思いませんでしたね)
エリスの実家のロックバーン伯爵家とオルレアン公爵家は犬猿の仲である。国境が面していることもあり、数十年ほど前に両家の間で武力による衝突があったほどだ。
だが先代の領主同士が争いの果てに和平を結んだおかげで、今では諍いも消え、表面上は友好的な関係だ。
その関係性を維持するための贄としてエリスが選ばれたのだ。彼女がオルレアン公爵家に嫁げば、親交の証となる。両家の平和はより盤石なものとなるのだ。
「オルレアン公爵領には、過去の因縁を忘れられず、我らを敵視している者もいるだろう。辛い嫁入りになるだろうが、これは必要な縁談なのだ。受け入れてくれるな?」
「私に拒否権があるんですか?」
「…………」
沈黙が答えだった。父は親であることより領主としての義務を優先したのだ。
「お父様らしい判断ですね」
「……弁解するわけではないが、オルレアン公爵家の領主アルフレッドは呪いにかかっている。そう長い命でもない。エリスの子供が領地を継いだら、迎えにいくと約束しよう」
「そ、そんな約束いりません!」
打算による結婚など御免だと、父の言葉を否定する。
(でもアルフレッド様が結婚相手ですか……)
アルフレッドはかつて王国の宝と称されるほどの美男子で、社交界の華だった。しかし黒魔術師によって呪いをかけられたせいで、醜い姿となり果て、さらには体の自由も満足に効かないという。
婚約者からも捨てられ、跡取りがいない状態だった。だからこそ父は目をつけたのだ。
子供を産ませれば、その子がすべてを手に入れる。友好関係の維持は建前で、父の本当の狙いは領地を丸ごと奪い取ることにあったのだ。
「私はお父様を軽蔑します」
「待て待て、互いの領地の平和のために必要な縁談なのは事実だ。あくまで乗っ取りは結果的にそうなるだけにすぎない……それにだ、領主がいなければ、領地は王家に吸収される。王家が引き受けるか、エリスの子が受け継ぐかの違いでしかない」
「詭弁ですね」
「だが必要性は理解できただろう?」
「…………っ」
「もう一度問うぞ。ロックバーン伯爵家のため、嫁いでくれるな?」
「…………」
再び無言で睨み返す。拒否権がなくても、大人しく従わないとの意志を示すことには意味がある。娘の頑固な態度に、父は肩をすくめるのだった。
53
あなたにおすすめの小説
婚約破棄は構いませんが、私が管理していたものは全て引き上げます 〜成金伯爵家令嬢は、もう都合のいい婚約者ではありません〜
藤原遊
ファンタジー
成金と揶揄される伯爵家の令嬢である私は、
名門だが実情はジリ貧な公爵家の令息と婚約していた。
公爵家の財政管理、契約、商会との折衝――
そのすべてを私が担っていたにもかかわらず、
彼は隣国の王女と結ばれることになったと言い出す。
「まあ素敵。では、私たちは円満に婚約解消ですね」
そう思っていたのに、返ってきたのは
「婚約破棄だ。君の不出来が原因だ」という言葉だった。
……はぁ?
有責で婚約破棄されるのなら、
私が“善意で管理していたもの”を引き上げるのは当然でしょう。
資金も、契約も、人脈も――すべて。
成金伯爵家令嬢は、
もう都合のいい婚約者ではありません。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます
よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」
婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。
「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」
「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」
両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。
お姉様からは用が済んだからと捨てられます。
「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」
「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」
ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。
唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。
ここから私の人生が大きく変わっていきます。
聖獣使い唯一の末裔である私は追放されたので、命の恩人の牧場に尽力します。~お願いですから帰ってきてください?はて?~
雪丸
恋愛
【あらすじ】
聖獣使い唯一の末裔としてキルベキア王国に従事していた主人公”アメリア・オルコット”は、聖獣に関する重大な事実を黙っていた裏切り者として国外追放と婚約破棄を言い渡された。
追放されたアメリアは、キルベキア王国と隣の大国ラルヴァクナ王国の間にある森を彷徨い、一度は死を覚悟した。
そんな中、ブランディという牧場経営者一家に拾われ、人の温かさに触れて、彼らのために尽力することを心の底から誓う。
「もう恋愛はいいや。私はブランディ牧場に骨を埋めるって決めたんだ。」
「羊もふもふ!猫吸いうはうは!楽しい!楽しい!」
「え?この国の王子なんて聞いてないです…。」
命の恩人の牧場に尽力すると決めた、アメリアの第二の人生の行く末はいかに?
◇◇◇
小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
カクヨムにて先行公開中(敬称略)
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました
夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。
全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。
持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……?
これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる