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第三章
第三章 ~『幕が下りた後』~
しおりを挟む事件の幕が下り、紫蘭の無実が証明されてから一夜明けたことで、後宮はいつも通りの静けさを取り戻していた。
翌朝、雪華は妲己から呼び出しを受けて、太妃宮で絵を描いていた。妲己は長椅子にゆったりと腰掛け、手に扇を持ちながら、雪華の筆が動くのをじっと見守っている。その肩にはリアがちょこんと乗っている。
「事件を解決して、同僚を救ったそうね。さすが、私の雪華ね」
「事件を解決できたのは私一人の力ではありませんよ」
「謙遜しなくても。見事な推理だったと聞いているわ」
妲己は微笑を浮かべながら、扇を軽く揺らして称賛を重ねる。
「画師としての人気も鰻登りだとか。展示会も大成功だったのでしょう?」
「あれはモデルの承徳様とシロ様が素敵だったおかげです」
「承徳ね……」
彼の名を聞いて、妲己の表情に変化が生じる。瞳を細めて、何かを思い出したように視線を遠くへ向ける。
「妲己様も承徳様をご存知なのですか?」
「知ってはいるわ。雪華はあの男の正体を知っているの?」
「正体ですか?」
「明かしてないのね。困った男だわ」
妲己はため息を吐く。さらりと流れた言葉に雪華は疑問を抱きながらも筆を動かし続ける。流麗に流れる筆先が一枚の絵を作り出し、やがて完成する。
「できました」
筆を置いて、妲己に作品を見せる。ゆっくりと立ち上がった彼女は、絵の前で立ち止まり、目を細める。
「墨の濃淡の使い分けが上達したわね」
「絵を描くことに集中できる環境のおかげです」
正式な女官として雇われて良かったと続けると、妲己は微笑む。
「これからも素敵な絵を期待しているわね」
「妲己様のご期待に応えられるように、これからも精進します」
雪華の返事に妲己は満足げに頷く。それから雑談を交わし、夕暮れの光が室内を照らし始めた頃、雪華は太妃宮を後にする。
外に出ると、茜色に染まった空が広がっていた。回廊を進むと、夕陽の光を浴びて立つ人影が目に入る。黄金の髪の持ち主を見間違うはずもない。友人の承徳だった。
「どうして承徳様がここに?」
「君と話がしたくてね。迷惑だったかな?」
「そんなはずありません。会いに来てくれて嬉しいです」
「それなら良かった」
その短い返事に込められた温かさが、雪華の心をじんわりと包み込む。その魅力が彼の心根の優しさから溢れたものだと知っているからこそ、雪華の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「私と話したいこととは、事件に関する内容ですか?」
「さすが雪華、察しが良いね。事件の顛末を君も知りたいんじゃないかと思ってね。調べてきたんだ」
「それは是非、お聞きしたいです!」
謎を解いた雪華に罪はない。だがどのような結末になったのかを見届ける義務があるとは感じていたからだ。
「結論から伝えると、玲瓏は処罰されることになった」
「そうですよね……」
人の命を奪ったのだ。さすがにお咎めなしとはいかない。
「ただ方逸が残した手紙が見つかってね。酷い別れ方をしたと悔いていたんだ……きっと命を落とした彼も死罪までは望まないだろうと判断されてね。このまま判決が下されれば、きっと懲役刑で済むはずだ」
牢屋の中で反省することになるが、それも命があるからこそできることだ。それに何より死罪となっては寝覚めが悪い。ほっと安堵していると、承徳が微笑む。
「雪華は優しいね……」
自然と出た言葉に、雪華は驚きながら彼を見据える。夕陽に染まる彼の横顔は柔らかくて穏やかだった。
「どうしたんですか、急に?」
「ただ感じたことを口にしただけさ。他意はないよ」
そう言って笑う承徳には、不思議な魅力があった。カリスマのようなものを感じて、雪華は妲己と話した内容を思い出す。
「実は先程まで妲己様の絵を描いていたのですが、その中で承徳様の話題が挙がったんです」
「……あの人は何か言っていたかい?」
「承徳様の正体は秘密だとか」
「まぁ、そうだね……男は多少ミステリアスな方が魅力的だからね」
承徳は軽やかに笑う。雪華も釣られて、冗談交じりの言葉を口にする。
「もしかして皇子だったりして」
「――ッ……そ、それは……」
「ふふ、冗談ですよ。もし承徳様が皇子なら私のような平凡な画師と仲良くしてくれるはずがありませんから」
雪華が楽しそうに微笑むと、承徳も苦笑いを浮かべる。だがすぐにいつもの穏やかな表情へと変化した。
「やっぱり雪華といるのは飽きないね」
「私も承徳様と一緒にいるのは楽しいです」
「なら次の休み、一緒に街に出かけるのはどうかな?」
「喜んで!」
「なら決まりだね!」
承徳の声には隠しきれない喜びが滲んでいる。雪華もまた遊びに行く日がやってくるのを心待ちにするのだった。
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