後宮画師はモフモフに愛される ~白い結婚で浮気された私は離縁を決意しました~

上下左右

文字の大きさ
21 / 39
第三章

第三章 ~『事件の真相と彫師の涙』~

しおりを挟む

 宿舎の中で調査を終えた雪華せっかは扉を押し開ける。外に出ると、眩しい昼の光が目に飛び込んできた。

 中の重苦しい空気とは対象的に外の空気は澄んでいて軽やかだった。これは先程まで集まっていた野次馬たちが消えたことが大きな要因だろう。

(中に入れないから諦めたのでしょうか?)

 宿舎の外壁を眺めていても楽しいことは何もない。雪華せっかは少しだけ肩の力を抜くと、承徳しょうとくと共にその場を後にした。

 回廊を通り抜ける風が少し冷たさを帯びて心地よい。おかげで頭の中の推理を整理できた。

 承徳しょうとくが真相について問いかけてこないのも、雪華せっかに集中する時間を与えるためだ。そんな彼の優しさに感謝しながら歩みを進めていると、数分後、雪華せっかたちは画房の前まで差し掛かる。すると中から耳をつんざくような声が響いてきた。

「この人殺し!」
「だから私は殺してないわ!」

 女性二人の声がぶつかり合い、怒りが建物の外まで伝わってくる。その声の主が紫蘭しらん玲瓏れいろうだと気付いた雪華せっかは迷うことなく画房の扉を開けた。

 中に入ると、紫蘭しらん玲瓏れいろうが互いに一歩も譲らずに睨み合っていた。紫蘭しらんの顔には怒りと悔しさが滲み、拳を硬く握りしめている。一方、玲瓏れいろうは冷笑を浮かべて、余裕を装いながらも、瞳に挑発的な光が宿っていた。

 そんな二人の間に割って入るように宥めているのが静慧せいけいだった。両手を広げて、壁を作るような姿勢を取っている。

「二人共落ち着け」

 静慧せいけいの声でも止まる気配はない。雪華せっかも二人の喧嘩を仲裁するために駆け寄った。

「喧嘩は止めてください!」
「私の恋人が殺されたのよ! 黙っていられるはずないでしょ!」
「だから私は犯人じゃないわ」
「嘘を吐くのもいい加減にしなさい。状況から見ても、絶対にあなたが犯人で決まりよ」

 決めつけるような玲瓏れいろうの口ぶりに、紫蘭しらんは唇を噛み締める。そして震える声を絞り出した。

「私は本当に無実よ……」
「言い訳は聞き飽きたわ。どうせすぐに判決は下される。そうなったら、あなたは檻の中。その無様な姿を見て、私は溜飲を下げさせてもらうわね」
「うぐっ……」

 玲瓏れいろうの言葉は容赦がなかった。紫蘭しらんは目を見開き、言葉を失ったまま、その場に立ち尽くす。

 そんな彼女を庇うように、雪華せっかは一歩前へと踏み出すと、確信に満ちた声で宣言する。

紫蘭しらん様は犯人ではありません。この事件の真犯人は別にいますから?」
「そんなものいるわけが……」
玲瓏れいろう様、あなたです」

 玲瓏れいろうはその言葉を聞くと、表情に一瞬の動揺を走らせてから、鼻で笑う。

「はぁ? 私が犯人なわけないじゃない! 証拠もないのに勝手なこと言わないで!」

 自分のことを棚に上げて玲瓏れいろうは怒りを顕にするが、雪華せっかは動じない。

「まずは根拠を説明しましょう。方逸ほういつ様は梅酒に盛られた毒をのんで、命を落としました。その時、ガラスの酒杯が使われていたんです」
「それがどうしたっていうのよ!」
「その酒杯をプレゼントしたのは、玲瓏れいろう様ですね?」

 雪華せっかの問いに、玲瓏れいろうは図星を突かれたように黙り込む。

「どうしてそう思うのよ?」
「そのガラスの酒杯には梅の花の美しい彫刻が施されていました。その彫刻に見覚えがありましたから」

 展示会で玲瓏れいろうが披露した梅の木と狐の彫刻。そこで見かけた梅の花とガラスに掘られた花模様はあまりにも酷似していた。言い逃れはできないと悟ったのか、玲瓏れいろうは認める。

「そうよ、私が酒杯を贈ったわ。でもね、それがどうしたっていうの?」

 恋人なのだから贈り物をしても不自然ではない。それが犯人である証拠にならないと主張するが、雪華せっかは首を横に振る。

「あなたはプレゼントしたガラスの酒杯、その表面に毒を塗ったのです」

 玲瓏れいろうの顔に動揺が浮かぶ。雪華せっかはその隙を逃さぬように言葉を重ねる。

「あなたは方逸ほういつ様の恋人ですから。普段は紹興酒のような度数の高いお酒を好みながらも、寝る前には例外的に梅酒を嗜んでいたと知っているはずです」

 雪華せっかは推理を続けながら一歩前へ出ると、玲瓏れいろうに詰め寄る。

「だから梅酒に合うガラスの酒杯を贈ったのです。もし紫蘭しらん様の眼の前で梱包された酒杯が開封され、その直後に倒れたなら、あなたに疑いの目が向きますから」

 紫蘭しらんが毒を盛ったというストーリーを作るためには、誰も見ていないところで毒を飲ませる必要があった。だからこそ寝る直前にだけ梅酒を飲むという習慣を利用したのだ。

 その推理に耳を傾けていた静慧せいけいは驚き、玲瓏れいろうは黙り込む。一方、承徳しょうとくは感心したように、口元をわずかに開いて、息をのむ。

「なるほど、これで紫蘭しらんの無実が証明できるわけだね」
承徳しょうとく様のご明察通り、眠る直前に酒杯が開封されたのだとすると、紫蘭しらん様はその場にいなかったはずですから」
「そして犯人の候補となる人物は……」
玲瓏れいろう様だけです」

 調べれば毒が梅酒に盛られたのか、それとも酒杯に塗られていたのかも判明するだろう。言い逃れはできないと悟ったのか、玲瓏れいろうは膝を折る。

「――っ……認めるわ。私が方逸ほういつを殺したの……でも仕方ないじゃない! あの男は紫蘭しらんを忘れられないからと、私を捨てたのよ!」

 愛情が殺意に、贈り物が凶器に変わり、毒をのませる決断へと至ったのだ。その事実を暴かれた今、彼女の中で押し殺していた感情が溢れ出していく。

 玲瓏れいろうは肩を震わせながら泣き崩れる。嗚咽が画房の中に虚しく響くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」 王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。 だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか—— 「では、実家に帰らせていただきますね」 そう言い残し、静かにその場を後にした。 向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。 かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。 魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都—— そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、 アメリアは静かに告げる。 「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」 聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、 世界の運命すら引き寄せられていく—— ざまぁもふもふ癒し満載! 婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!

地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜

咲月ねむと
恋愛
伯爵令嬢のエリアーナは、婚約者である王太子から「地味でつまらない」と、大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。 全てを失い途方に暮れる彼女を拾ったのは、隣国からやって来た『氷の悪魔』と恐れられる冷徹公爵ヴィンセントだった。 ​「お前から、腹の減る匂いがする」 ​空腹で倒れかけていた彼に、前世の記憶を頼りに作ったささやかな料理を渡したのが、彼女の運命を変えるきっかけとなる。 ​公爵領で待っていたのは、気難しい最強の聖獣フェンリルや、屈強な騎士団。しかし彼らは皆、エリアーナの作る温かく美味しい「お弁当」の虜になってしまう! ​これは、地味だと虐げられた令嬢が、愛情たっぷりのお弁当で人々の胃袋と心を掴み、最高の幸せを手に入れる、お腹も心も満たされる、ほっこり甘いシンデレラストーリー。 元婚約者への、美味しいざまぁもあります。

処理中です...