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第四章
第四章 ~『宣戦布告』~
しおりを挟む承徳と過ごした楽しい休日が終わり、翌日を迎えた。雪華は明るい日差しに包まれながら寝台の上で目を覚ます。
まだ疲労が少しだけ残っているが、それ以上に昨日の承徳と共に過ごした時間が心の中で輝いていた。
(今日から仕事ですからね……張り切っていかないと!)
気持ちを切り替えるために心の中で呟くと、雪華は身支度を整えていく。
準備を終えると画房へと向かう。その道中、空を舞う雀を見上げながら、これから描く絵の構想を思い浮かべていた。
やがて画房に到着した雪華は、扉を押して中に入る。ほんのりと墨の香りが漂う空間にはすでに先客の姿があった。
「紫蘭様、おはようございます」
「おはよう、雪華。先日の件について改めてお礼を言わせて。あなたのおかげで冤罪を着せられずに済んだわ」
「気にしないでください。助けられているのは私も同じですから」
二人は視線を重ねると微笑み合う。穏やかな空気の中、雪華は自分の作業台へと向かう。筆を取り、真っ白な紙を前にして一呼吸置く。
筆先が紙に触れると、滑らかな線が描かれ始める。その線は柔らかでありながらも芯のある力強さがあり、空を飛んでいる雀の輪郭を描いていった。
(紫蘭様はどのような絵を……)
雪華は隣で黙々と筆を動かしている紫蘭の手元が気になり、そっと視線を向ける。すると、そこには黒い外套を身に纏った一人の女性が、草原で佇む様子が描かれていた。
「紫蘭様、その絵は……」
「私の友人よ……といっても、喧嘩別れしたから。元友人と呼んだ方が適切かもしれないけどね」
その言葉を聞いて、雪華は絵のモデルになった人物について思い当たる節があった。
「もしかして、友人とは邪蓮様ですか?」
「知り合いなの?」
「昨日、街で占ってもらいました」
「上層部にもファンがいるほどに人気だから。なかなか占ってもらえないのよ。運が良かったわね」
紫蘭の声にはどこか誇らしさが混じっていた。少なくとも彼女の方は邪蓮を嫌っていないのだろう。
(仲直りできると良いのですが……)
雪華はそう願いながら、自分の作業を再開する。静寂の中、手元に集中して筆を動かし続けていく。
「できました」
雪華は筆を置いて、描きあげた絵をジッと見つめる。雀の愛らしさと、空を飛ぶ躍動感が上手く表現されていた。
「お仕事が終わったので、私は先に失礼しますね」
「お疲れ様~」
雪華は立ち上がり、軽く礼をしてから画房を後にする。外に出ると、空は夕暮れで染まっており、赤味を帯びた光が廊下を照らしている。
落ち着いた空気を楽しみながら廊下を進むと、不意に見知った人影が現れる。黒い外套を羽織った女性は、占い師の邪蓮だった。
彼女は不快感を隠そうともせずに眉間に皺を寄せるが、すぐに冷静さを取り戻して、微笑を浮かべる。
「そういえば、あなたも女官だったわね……」
「改めまして、自己紹介させていただきます。私は雪華。画師です」
「邪蓮よ。職業は知っての通り、占い師。主に皇族の方々の未来を占っているわ」
その声には自分の地位を誇示するような自負が含まれていた。だが雪華に臆する様子はない。涼しい顔のままの雪華が気に入らないのか、邪蓮は舌を打つ。
「あなた、このままだと不幸になるわよ」
「突然ですね」
「つい、忠告したくなるほどに将来に暗雲が立ち込めていたもの。でも安心して。紫蘭と距離さえ置けば、暗い未来は払拭されるわ」
邪蓮は口元に薄い笑みを貼り付けていた。まるで雪華の心に不安を植え付けようとするような占いに、雪華は言葉を失うものの、すぐに冷静さを取り戻して、不敵な態度を返す。
「……嘘ですよね?」
「私の占いが信じられないと?」
「信じられないのは占いの実力ではありません。あなた自身です」
邪蓮は眉をひそめるが、雪華は怯むことなく、真っ直ぐに見つめ返す。
「あなたは蛇の動きから将来を見通す方法で占っていました。ですが、今のあなたは蛇を連れていません。ただの思いつきを口にしたように見えました」
「ふん、多少の知恵は回るのね」
「やはり嘘だったのですね……」
「占いはね。でも紫蘭の傍にいると不幸になるのは本当よ。私の言葉を信じなかったことを、きっとあなたは後悔するでしょうね」
邪蓮は唇を歪めると、肩をすくめてから踵を返す。去っていく背中に迷いはない。雪華を明確な敵だと認めた瞬間だった。
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