後宮画師はモフモフに愛される ~白い結婚で浮気された私は離縁を決意しました~

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第五章

第五章 ~『姿を見せない同僚』~

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 薄明かりが室内へと差し込み、雪華せっかの頬を柔らかく照らす。彼女はゆっくりと瞼を開けて、ぼんやりとした意識の中で体を伸ばす。

(もう朝ですか……)

 布団の温かさに名残惜しさを覚えながらも起き上がると、窓辺に近づいて、冷たい空気を肌で感じる。

 おかげで眠気が吹き飛び、雪華せっかは完全に目を覚ます。

 窓の外には青空が広がり、木々の緑が朝露で輝いている。遠くからは小鳥の囀りも届き、朝の訪れを告げていた。

(今日も良い一日になりそうですね)

 身支度を整えた雪華せっかは部屋を飛び出し、画房へと向かう。回廊の冷たい石畳を踏みしめながら進む足取りは軽く、気づいたときには目的地へと到着していた。

 画房の扉を開けて視線を巡らせるが、そこに紫蘭しらんの姿はない。雪華せっかは首を傾げながら、作業台の前に座る。

(しばらく来ていなかったので、足が重くなっているのでしょうね)

 紫蘭しらんは画房に顔を出すと約束してくれた。理由もなく、反故にするとは思えない。

(今は絵を描くことに集中しましょう)

 そう自分に言い聞かせると、筆を手に取り、今朝、窓から見た小鳥の様子を描き出していく。

 筆の動きに合わせて、心の中に穏やかな静寂が広がり、描くことに集中する時間が流れていく。

 やがて、絵が完成に近づくと、かなりの時間が経過していることに気づく。だが紫蘭しらんは未だに画房に姿を現さなかった。

(いくらなんでも遅すぎますね)

 じわじわと心配が広がっていく。素早く道具を片付けると、雪華せっかは立ち上がって画房を飛び出した。

 ひんやりとした風が流れる廊下を、雪華せっかは早足になりながら駆ける。

(ただの寝坊であればよいのですが……)

 心の中で祈っていると、紫蘭しらんの部屋の前まで辿り着く。扉を軽く叩いて、声を掛けてみるが反応はない。

紫蘭しらん様!」

 もう一度、声を張り上げて強めに扉を叩く。だがそれでも返事はなかった。

「どうかしたのかい?」

 紫蘭しらんからの反応はなかったが、代わりに年配の女性の声が届く。振り返ると、宿舎の管理人の老婆がゆっくりと歩いてきた。

紫蘭しらん様がしばらく画房に顔を出さなくて……」
「それで心配になって様子を見に来たんだね?」
「はい」

 雪華せっかは言葉を選びながら事情を説明する。焦りを含んだ声から、管理人も事態を理解する。

「もしかしたら紫蘭しらん様の身に何か起きたのかもしれません。予備の鍵を貸していただけませんか?」
「貸してあげたいのは山々なんだけどねぇ……私は持ってないんだよ」
「存在はするのですよね?」
「鍵を失くした時のために渡してはあるけどねぇ。どこにあるかは紫蘭しらんに聞くしかないね」

 雪華せっかは周囲を見渡すが、予備の鍵をどこで管理しているのか見当もつかない。焦りが胸を締め付け、手の平に汗が滲んでいく。

 そんな時だ。小さな足音が届き、振り返ると、白い毛並みの子狼のシロが駆け寄ってきた。

「シロ様、どうしてここに……」

 雪華せっかが問いかけると、シロは鼻をひくひくと動かす。彼女の不安げな匂いを嗅ぎ取り、応援に来てくれたのだ。

「もしかしてシロ様なら……」

 雪華せっかはしゃがみ込んで、シロの頭を撫でながら鍵を探して欲しいとお願いする。すると、シロは鼻を床に近づけて匂いを嗅ぎ始めた。

 やがて、扉の脇に置かれた竹製の傘立ての近くで止まると、興奮したように小さく吠える。

 傘立ての表面に目立ったものはない。だが中を覗き込むと、底に小さな金属の光が反射しているのが見えた。

 手を伸ばして取り出すと、それは求めていた予備の鍵だった。

「やりましたね、シロ様!」

 シロは誇らしげに尻尾を振り、小さく鼻を鳴らす。その愛らしい振る舞いに癒やされるが、すぐに気を引き締めて、緊張感を取り戻した。

紫蘭しらん様、私です。入りますからね!」

 改めて声を張り上げるが反応はない。意を決してから、鍵を差し込んで慎重に回すと、カチリという音と共に雪華せっかは扉を押し開けた。

 紫蘭しらんを探すために視線を巡らせると、部屋の中央で床に倒れているのが目に入る。

紫蘭しらん様!」

 雪華せっかは叫び声をあげて、紫蘭しらんの元へ駆け寄る。その顔は青白く、揺らしてみても意識はない。

 首元に目をやると、小さな赤い跡が残されている。針で刺されたかのように細く、周囲が腫れていた。

 床に視線を移すと、そこには針が転がっており、首元の跡との関係性を疑わずにはいられなかった。

「いまは原因究明よりも先にやるべきことがありますね」

 雪華せっかは息を吸い込むと、扉の外で不安げに待っていた管理人に声をかける。

「管理人さんは、この事を後宮の皆さんに知らせてください。きっと駆けつけてくれるはずです」
「わ、分かったわ……あなたはどうするの?」
「私は医官の下へ紫蘭しらん様を運びます」

 雪華せっか紫蘭しらんの体をそっと背負うと、扉の外へと足を踏み出す。

「絶対に助けますから」

 冷たい風が頬を打つ中、雪華せっかは全力で駆け出す。その視線はただ前だけを見つめていたのだった。
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