後宮画師はモフモフに愛される ~白い結婚で浮気された私は離縁を決意しました~

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第五章

第五章 ~『アリバイと蛇』~

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 雪華せっか承徳しょうとくと共に占房に足を踏み入れる。炉から香りが漂う薄暗い空間には、古びた書物が並べられた棚が置かれ、占い師たちが水晶球や筮竹ぜいちくの前に座っている。

 そんな数いる占い師の中から邪蓮じゃれんを探すのは簡単だった。中央の最も目立つ席に腰掛けていたからだ。

 邪蓮じゃれんの向かいには宦官が座り、神妙な面持ちで話を聞いている。彼女は蛇の動きをじっくりと観察し、占いの結果を伝える。

 宦官は何度も頷きながら、邪蓮じゃれんの一言一言を飲み込む。だが彼の表情は次第に怒りへと変化した。

「ふざけるなっ!」

 それだけ言い残すと、宦官はその場から退出していった。背中が見えなくなるのを確認すると、邪蓮じゃれん雪華せっかたちに視線を向ける。

「何かトラブルですか?」
「私の占いが珍しく外れたの。それでちょっとね」

 腕利きの占い師であるはずの邪蓮じゃれんでも外すことがあるのかと驚いていると、彼女は苦笑を浮かべる。

「そんなことより待たせたわね」
「いえ、急に押しかけたのは私たちですから」
「それで、私になんのようかしら?」

 邪蓮じゃれんはゆっくりと雪華せっかを見つめる。その視線には心の中を覗き込もうとする意図が含まれていたが、それを遮るように承徳しょうとくが一歩前へ出る。

「話を聞かせてもらいに来た。正式な捜査協力の依頼だ」
「捜査?」
紫蘭しらんが毒で倒れてね。真相を解明するための情報収集をしているんだ」

 承徳しょうとくの言葉に邪蓮じゃれんの眉が微かに動く。そして、その話を待っていたかのように、机に肘を付きながら微笑を深める。

「誰がやったかは知らないけれど、恨みを買っていたのね。ざまぁみろ、とでも言っておくわ」
「……邪蓮じゃれん様に心当たりはありませんか?」
「私が犯人だと疑っているのね」
「それは……」
「取り繕わなくてもいいわ。それで、私が犯人だと疑う根拠はあるの?」
紫蘭しらん様は蛇に襲われたと私は考えています。そこから絞り込みました」
「なるほどね……確かに疑われても仕方がない状況だわ」

 紫蘭しらんを恨んでいて動機があり、蛇の扱いにも長けている。容疑者に浮上するのは当然だと認めながらも、その口元には自信が滲んでいた。

「で、紫蘭しらんが襲われたのはいつなの?」
「本日の早朝です」
「なら残念ね。私にはアリバイがあるわ。朝からずっと職場で仕事をしていたもの。その時は当然、相棒も一緒だった」

 蛇がずっと傍に下り、邪蓮じゃれん自身も職場から離れなかった。これは客や同僚が証明できる。難攻不落のアリバイだった。

邪蓮じゃれん様が犯人ではないのでしょうか……)

 推理に対する自信が揺らいでいく。

 何か突破口はないものかと視線を巡らせていると、雪華せっか邪蓮じゃれんの肩に巻き付いてた蛇と目が合う。

 その鱗は滑らかな光沢を放ち、肩から腕にかけて緩やかに動いている。蛇の頭は邪蓮じゃれんの頬に近いが、彼女に怯える様子はなく自然体だ。

(あれ? この蛇……)

 言葉に現せないが、雪華せっかは違和感を覚えた。それが真実へ辿り着くためのヒントになると直感し、思考の海に沈んでいると、突然、占房の扉が音を立てて開かれた。

 雪華せっかが振り返ると、そこには趙炎の姿があった。そして、彼の登場に真っ先に反応したのは邪蓮じゃれんの飼っている蛇だった。鳴き声をあげながら、舌をゆっくりと動かして趙炎を見つめている。

 一方、趙炎の視線は雪華せっかに向けられており、その眉間には皺が寄せられていた。

「趙炎様がどうしてここに?」
「仕事だ……雪華せっかはなぜここに?」
「真犯人を見つけるためです」

 雪華せっかは同僚が毒を盛られたことや、容疑者として疑われていることを伝える。すると趙炎は眉間の皺をさらに険しくしながら、不満を訴えるように邪蓮じゃれんを見据える。

(私の存在が気に入らないのかもしれませんね)

 用件を終えた雪華せっかが立ち去ろうとすると、趙炎が口を開く。

雪華せっか!」
「なんでしょうか?」
「……いや、なんでもない」

 趙炎は言葉を詰まらせる。雪華せっかはその曖昧な態度に疑問を覚えながらも、承徳しょうとくと共に占房を後にする。

 扉の外に出ると、冷たい空気が肌に触れる。庭園は朝露が葉に残り、澄んだ香りが漂っていた。

 二人は鮮やかな花々が整然と植えられた小道を歩きながら状況を整理する。

「十中八九、犯人は邪蓮じゃれんだろうね」

 承徳しょうとくの言葉に雪華せっかは頷く。

「私も同感です。ですが邪蓮じゃれん様にはアリバイがあります」
「蛇が単独で紫蘭しらんを襲うにしては宿舎まで距離がありすぎるし、それに何より蛇にもアリバイがあるからね」

 占いの相棒として常に一緒だった。そのため、このアリバイを崩すことは難しい。雪華せっかもそれを認めるように神妙な顔つきで頷く。

「蛇にアリバイさえなければ、協力者の存在で説明できるのですが……」
「協力者?」
「例えば、蛇を預かった第三者が紫蘭しらん様の宿舎まで運びます。その後、蛇に襲わせた後に回収すれば、邪蓮じゃれん様のアリバイを保ちつつ、事件を成立できますから」
「なるほど。でも、蛇にアリバイがあるなら、そのトリックは使えないというわけだね」

 承徳しょうとくは深く息を吐いて、噴水の縁に腰を下ろす。雪華せっかも隣りに座って、視線を地面に落とした。

(途方に暮れてしまいましたね……)

 庭園を吹き抜ける風が二人の間に沈黙を運ぶ。その静寂は雪華せっかの胸の中で焦りと不安を膨らませていった。

 そんな時だ。上空から小鳥が姿を現す。その羽根は光を受けて輝き、雪華せっかの膝の上に降り立った。

「その子も君の家族なのかな?」
「いえ、この子は野鳥です。私の家族のリア様と似ていますが、目元が違いますから……あっ!」

 その言葉を口にした瞬間、雪華せっかの脳裏に閃きが奔る。事件の真相を解くための重要なピースを手に入れたのだ。

「謎が解けたかもしれません」
「本当かい!」
「ただ罪を認めさせるには最後の決め手が必要です。承徳しょうとく様、紫蘭しらん様の過去を調べていただけませんか。それが事件解決の糸口になるはずですから」
「任された。手を尽くしてみるよ」

 承徳しょうとくが力強く頷くと、小鳥は飛び去り、庭園には再び静けさが戻ってくる。雪華せっかも次の行動に向けて、動き始めるのだった。
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