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幕間 ~『メイリスの心中』~
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『第二章:フドウ村の惨劇』
アトラスと共にフドウ村へと移動したメイリスは惨状を目撃する。麻の服を着こんだ村人を、甲冑姿の男が斬り殺していたのだ。
魔人種のエルフであるメイリスにとっても、無抵抗の人間が殺される光景は見ていて気分の良いモノではない。惨状に目を背けると、視界の端にアトラスの苦悶で歪んだ顔が映る。
「また……助けられなかった――ッ」
下唇を噛み締めるアトラスに、メイリスは心が揺さぶられる。
(本当に正義心の強いお方ですね……いえ、この場合は優しいと表現するべきでしょうか)
アトラスの目尻には僅かだが涙が浮かんでいる。身内ならともかく、赤の他人が殺されたことに泣ける人間は珍しい。少なくともメイリスの瞳は乾いていた。
「だが次はない。必ず助けてみせる」
村人を襲っている騎士の男は、アトラスたちの存在に気づいていない。鴨狩りでもするように、口元には笑みが浮かんでいた。
「おい、そこまでだ、ゲス野郎」
怨嗟の声がようやく届いたのか、騎士の男は振り返る。そこにいたのは魔力の化身。大気を揺るがすほどの魔力を纏うアトラスに、男は恐怖で剣を落とす。
「ひぃ、化け物ッ」
「化け物は無抵抗の村人を殺せるお前だよ」
アトラスは騎士の男の顔に拳を叩きつける。魔力で加速された打撃は目にも止まらぬ速さで男の顔を打ち抜き、首から上を消し飛ばした。
「悪は成敗した。だが……」
転がる死体にアトラスの表情が歪む。彼のそんな顔を見たくなくて、アイデアを頭の中で捻りだす。
「アトラス様、村人を回復魔術で蘇生できないのでしょうか?」
「おおおっ、その手があったか!」
「ふふふ、アトラス様はボンヤリさんですね。まさか回復魔術の存在を忘れていたのですか?」
「いいや、覚えていたさ。ただ他人に使う発想がなかったんだ」
「魔術設計の時に他人への使用を考慮しなかったのですか?」
魔術設計とは制約と消費魔力、そして魔術容量から習得する魔術を決定するプロセスである。
膨大な魔術容量を持つ天才であれば、制限と消費魔力を少なくしながら、強力な魔術を会得できる。一方、凡人であれば、限られたリソースの中からバランスを考えて魔術を習得しなければならない。
故に魔術設計ではあらゆる可能性を検討し、慎重に答えを探らなければならない。回復魔術を他人に使用できるかどうかは、ごく自然に浮かぶ発想であり、検討すべき項目であった。
「実は、俺、魔術設計をした覚えがなくてさ……」
「いつの間にか会得していたと?」
「やっぱり変だよな?」
「珍しいとは思います。ですがいなくはありません。無意識化で願いが魔術になるケースもありますから」
「そのせいで自分の魔術についても詳しく知らなくてさ。実は制約も何か分からずに使っているんだ」
「身体に異変はないのですか?」
「まったく」
「では制約がないのかもしれませんね。特に無意識に生み出した魔術はそうなることが珍しくありませんから」
理性のない無意識での判断は、欲望に忠実になる。空を飛びたいなら羽を与え、飢えを凌ぎたいなら食事を生み出す。
魔術容量が不足していなければ、制約なしでも能力は生み出せるため、ノーリスクで発動できる可能性も十二分にあり得る。
「だがこれほど強力な力だぞ。ノーリスクが本当にありうるのか?」
「アトラス様が天才的な魔術容量をお持ちであれば可能性はゼロではありません」
「ん~~」
「まだ納得できませんか?」
「そりゃあな」
「ならカスリ傷が制約としたらどうです?」
「どういうことだ?」
「アトラス様の回復魔術は死さえ克服可能です。しかしカスリ傷は癒せません。これは十分な制約ではありませんか?」
「だがカスリ傷だぜ。たいした制約じゃない」
「いいえ、人は痛みを嫌うもの、カスリ傷とはいえ、傷は傷です。痛みが残る回復魔術は十分大きな制限だと思いますよ」
「う~ん、まだ納得できないが、そう考えるしかないか……よし。悩んでも仕方ない。俺の制約の話は一旦忘れよう」
「ポジティブなアトラス様も素敵です♪」
「それよりも大事なのは俺の回復魔術が他人に効くかどうかだな」
「イチかバチかで試してみては如何でしょうか?」
「実践するのが一番手っ取り早いもんな」
アトラスは背中を斬られた村人に駆け寄ると、傷口に対して回復魔術を発動させる。傷口は塞がるが、村人が息を吹き返す気配はなかった。
「どうやらアトラス様の魔術は、他人を癒すことはできても、命までは蘇生できないようですね」
「蘇生できるのは自分だけか……無意識の俺は随分と自分本位のようだなッ」
アトラスの眉間に皺が刻まれる。自分自身に対して怒りを覚えた時に見せる表情だった。
「アトラス様、できないことはできないと諦めるしかありません。我々にできることは、無事な命を救うことだけです」
「それもそうだな。さっそく助けに――」
「今の声は!?」
「子供の泣き声だ!」
アトラスは声のする方向に駆ける。魔力で身体能力が向上している彼は駿馬よりも速い。一分も経たない内に、家屋が集合している集落へと辿り着いていた。
「酷い有様だな……」
集落には火が放たれ、黒い煙が天へと昇っている。燃える家屋から逃げ纏う子供たちを甲冑姿の騎士が斬りかかっていた。
「子供相手に容赦がありませんね」
「だからこそ俺も容赦しない」
アトラスは騎士の元へと駆けると、首を掴んで、締め上げる。突如襲ってきた痛みと恐怖に、騎士の男は剣を落とした。
「話せるように喉は抑えてないんだ。こちらの質問に答えてもらう」
「お、お前はいったい……」
「質問するのはこちらだ」
アトラスが手に込める力を強くすると、男は苦悶の声を漏らす。
「どうして村人を殺す?」
「お、お前たちも姫の護衛なら分かるだろ?」
「姫の護衛?」
「惚けるなよ。こんな辺境の村に魔術師が他にいるかよ。それしか答えは考えられない」
「だから何のことだ?」
「まぁいい。お前に話すことなんて何もない。あばよ」
騎士の男は舌を噛んで、口から血を零す。躊躇のない自決は、回復魔法でも間に合わないほどの素早い死だった。
「クソッ」
イライラをぶつけるように、アトラスは爆裂魔法で騎士の顔を吹き飛ばす。肉片が宙を舞うが、気にする素振りを見せなかった。
「こんなことをしている場合じゃない。子供は無事か?」
視線を巡らせて、怯えている子供を見つける。だがアトラスの顔を見ると、ガタガタと歯を鳴らして、その場から逃げ去ってしまった。
「なぁ、俺ってそんなに怖いかな?」
「いえいえ、アトラス様はお優しいかと」
「だよな。子供に嫌われる体質なのかな」
「でもよろしいではありませんか。命は救えたのですから」
「それもそうだな……気を取り直して、他の困っている人たちを助けに行くぞッ」
「ふふふ、お供します♪」
アトラスのやる気に満ちた背中に、メイリスは口角を歪めた笑みを向ける。
(やはり私の目に狂いはなかった。アトラス様こそ次期魔王に相応しい)
悪人に対しての躊躇のなさと、善人に対する過大なる慈愛。偏った正義心は人間に虐げられてきた魔人種にとって、望ましい心根である。
(これは口が裂けても言えませんが、おそらくアトラス様の回復魔術には大きな制約があります)
人の命は軽くない。死からの蘇生という大きな対価を得るための代償がカスリ傷ではあまりに小さすぎる。
(制約の設定は、その人にとって大切なモノを失うほどに効果が高くなります。アトラス様の無謀な戦い方を見るに、身体の欠損では大きな制約とならなかったのでしょう。なら何を捨てたのか? あの方をずっと観察していた私には分かります)
『千里の鏡』でアトラスの活躍を見てきたメイリスだからこそ気づいた。彼は死を経験するごとに、敵に対する躊躇がなくなっていたのだ。
最初は拳を振るうことさえ躊躇いがあった。しかし一万を超える死を経験すると、その拳に憂いはなく、相手を殺すつもりで振るわれていた。
(アトラス様の回復魔術は心を代償にしているのでしょう。これからも死ぬたびに、歪んだ正義心を抱くことになるはず)
歪な正義がきっと良き魔王を生む。確信にも似た期待を胸に、メイリスはアトラスの背中を追いかけるのだった。
アトラスと共にフドウ村へと移動したメイリスは惨状を目撃する。麻の服を着こんだ村人を、甲冑姿の男が斬り殺していたのだ。
魔人種のエルフであるメイリスにとっても、無抵抗の人間が殺される光景は見ていて気分の良いモノではない。惨状に目を背けると、視界の端にアトラスの苦悶で歪んだ顔が映る。
「また……助けられなかった――ッ」
下唇を噛み締めるアトラスに、メイリスは心が揺さぶられる。
(本当に正義心の強いお方ですね……いえ、この場合は優しいと表現するべきでしょうか)
アトラスの目尻には僅かだが涙が浮かんでいる。身内ならともかく、赤の他人が殺されたことに泣ける人間は珍しい。少なくともメイリスの瞳は乾いていた。
「だが次はない。必ず助けてみせる」
村人を襲っている騎士の男は、アトラスたちの存在に気づいていない。鴨狩りでもするように、口元には笑みが浮かんでいた。
「おい、そこまでだ、ゲス野郎」
怨嗟の声がようやく届いたのか、騎士の男は振り返る。そこにいたのは魔力の化身。大気を揺るがすほどの魔力を纏うアトラスに、男は恐怖で剣を落とす。
「ひぃ、化け物ッ」
「化け物は無抵抗の村人を殺せるお前だよ」
アトラスは騎士の男の顔に拳を叩きつける。魔力で加速された打撃は目にも止まらぬ速さで男の顔を打ち抜き、首から上を消し飛ばした。
「悪は成敗した。だが……」
転がる死体にアトラスの表情が歪む。彼のそんな顔を見たくなくて、アイデアを頭の中で捻りだす。
「アトラス様、村人を回復魔術で蘇生できないのでしょうか?」
「おおおっ、その手があったか!」
「ふふふ、アトラス様はボンヤリさんですね。まさか回復魔術の存在を忘れていたのですか?」
「いいや、覚えていたさ。ただ他人に使う発想がなかったんだ」
「魔術設計の時に他人への使用を考慮しなかったのですか?」
魔術設計とは制約と消費魔力、そして魔術容量から習得する魔術を決定するプロセスである。
膨大な魔術容量を持つ天才であれば、制限と消費魔力を少なくしながら、強力な魔術を会得できる。一方、凡人であれば、限られたリソースの中からバランスを考えて魔術を習得しなければならない。
故に魔術設計ではあらゆる可能性を検討し、慎重に答えを探らなければならない。回復魔術を他人に使用できるかどうかは、ごく自然に浮かぶ発想であり、検討すべき項目であった。
「実は、俺、魔術設計をした覚えがなくてさ……」
「いつの間にか会得していたと?」
「やっぱり変だよな?」
「珍しいとは思います。ですがいなくはありません。無意識化で願いが魔術になるケースもありますから」
「そのせいで自分の魔術についても詳しく知らなくてさ。実は制約も何か分からずに使っているんだ」
「身体に異変はないのですか?」
「まったく」
「では制約がないのかもしれませんね。特に無意識に生み出した魔術はそうなることが珍しくありませんから」
理性のない無意識での判断は、欲望に忠実になる。空を飛びたいなら羽を与え、飢えを凌ぎたいなら食事を生み出す。
魔術容量が不足していなければ、制約なしでも能力は生み出せるため、ノーリスクで発動できる可能性も十二分にあり得る。
「だがこれほど強力な力だぞ。ノーリスクが本当にありうるのか?」
「アトラス様が天才的な魔術容量をお持ちであれば可能性はゼロではありません」
「ん~~」
「まだ納得できませんか?」
「そりゃあな」
「ならカスリ傷が制約としたらどうです?」
「どういうことだ?」
「アトラス様の回復魔術は死さえ克服可能です。しかしカスリ傷は癒せません。これは十分な制約ではありませんか?」
「だがカスリ傷だぜ。たいした制約じゃない」
「いいえ、人は痛みを嫌うもの、カスリ傷とはいえ、傷は傷です。痛みが残る回復魔術は十分大きな制限だと思いますよ」
「う~ん、まだ納得できないが、そう考えるしかないか……よし。悩んでも仕方ない。俺の制約の話は一旦忘れよう」
「ポジティブなアトラス様も素敵です♪」
「それよりも大事なのは俺の回復魔術が他人に効くかどうかだな」
「イチかバチかで試してみては如何でしょうか?」
「実践するのが一番手っ取り早いもんな」
アトラスは背中を斬られた村人に駆け寄ると、傷口に対して回復魔術を発動させる。傷口は塞がるが、村人が息を吹き返す気配はなかった。
「どうやらアトラス様の魔術は、他人を癒すことはできても、命までは蘇生できないようですね」
「蘇生できるのは自分だけか……無意識の俺は随分と自分本位のようだなッ」
アトラスの眉間に皺が刻まれる。自分自身に対して怒りを覚えた時に見せる表情だった。
「アトラス様、できないことはできないと諦めるしかありません。我々にできることは、無事な命を救うことだけです」
「それもそうだな。さっそく助けに――」
「今の声は!?」
「子供の泣き声だ!」
アトラスは声のする方向に駆ける。魔力で身体能力が向上している彼は駿馬よりも速い。一分も経たない内に、家屋が集合している集落へと辿り着いていた。
「酷い有様だな……」
集落には火が放たれ、黒い煙が天へと昇っている。燃える家屋から逃げ纏う子供たちを甲冑姿の騎士が斬りかかっていた。
「子供相手に容赦がありませんね」
「だからこそ俺も容赦しない」
アトラスは騎士の元へと駆けると、首を掴んで、締め上げる。突如襲ってきた痛みと恐怖に、騎士の男は剣を落とした。
「話せるように喉は抑えてないんだ。こちらの質問に答えてもらう」
「お、お前はいったい……」
「質問するのはこちらだ」
アトラスが手に込める力を強くすると、男は苦悶の声を漏らす。
「どうして村人を殺す?」
「お、お前たちも姫の護衛なら分かるだろ?」
「姫の護衛?」
「惚けるなよ。こんな辺境の村に魔術師が他にいるかよ。それしか答えは考えられない」
「だから何のことだ?」
「まぁいい。お前に話すことなんて何もない。あばよ」
騎士の男は舌を噛んで、口から血を零す。躊躇のない自決は、回復魔法でも間に合わないほどの素早い死だった。
「クソッ」
イライラをぶつけるように、アトラスは爆裂魔法で騎士の顔を吹き飛ばす。肉片が宙を舞うが、気にする素振りを見せなかった。
「こんなことをしている場合じゃない。子供は無事か?」
視線を巡らせて、怯えている子供を見つける。だがアトラスの顔を見ると、ガタガタと歯を鳴らして、その場から逃げ去ってしまった。
「なぁ、俺ってそんなに怖いかな?」
「いえいえ、アトラス様はお優しいかと」
「だよな。子供に嫌われる体質なのかな」
「でもよろしいではありませんか。命は救えたのですから」
「それもそうだな……気を取り直して、他の困っている人たちを助けに行くぞッ」
「ふふふ、お供します♪」
アトラスのやる気に満ちた背中に、メイリスは口角を歪めた笑みを向ける。
(やはり私の目に狂いはなかった。アトラス様こそ次期魔王に相応しい)
悪人に対しての躊躇のなさと、善人に対する過大なる慈愛。偏った正義心は人間に虐げられてきた魔人種にとって、望ましい心根である。
(これは口が裂けても言えませんが、おそらくアトラス様の回復魔術には大きな制約があります)
人の命は軽くない。死からの蘇生という大きな対価を得るための代償がカスリ傷ではあまりに小さすぎる。
(制約の設定は、その人にとって大切なモノを失うほどに効果が高くなります。アトラス様の無謀な戦い方を見るに、身体の欠損では大きな制約とならなかったのでしょう。なら何を捨てたのか? あの方をずっと観察していた私には分かります)
『千里の鏡』でアトラスの活躍を見てきたメイリスだからこそ気づいた。彼は死を経験するごとに、敵に対する躊躇がなくなっていたのだ。
最初は拳を振るうことさえ躊躇いがあった。しかし一万を超える死を経験すると、その拳に憂いはなく、相手を殺すつもりで振るわれていた。
(アトラス様の回復魔術は心を代償にしているのでしょう。これからも死ぬたびに、歪んだ正義心を抱くことになるはず)
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