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第二章
第二章 ~『子虎と名前付け』~
しおりを挟む水浴びを終えたリサたちが砂浜に戻ってから数日が過ぎた。
波の音が穏やかに響き、青空には白い雲がのんびりと流れている。ここに不時着した当初は戸惑いと不安しかなかったが、今ではこの生活にも随分慣れを感じていた。
「ハク、おいで」
リサが声をかけると、ふわふわとした白い毛玉が小さな足で一生懸命駆け寄ってくる。雪のように純白な毛並みから子虎をハクと名付けたのだ。
ハクはすっかりリサに懐いてしまい、どこへ行くにも小さなしっぽを揺らしてついて回る。
リサが浜辺を歩けばその背中を追いかけ、休憩に座れば膝に飛び乗り丸くなる。柔らかな毛並みを指先で撫でれば、喉を鳴らして気持ちよさそうに目を細めた。
「もう、甘えん坊さんですね」
リサが微笑んでそっと撫でると、ハクは「にゃー」と嬉しそうに返事をする。日々の疲れを吹き飛ばすような癒やしがそこにはあった。
(きっとこれは私が親虎の魔力を引き継いだからでしょうね)
魔物を倒すと、討伐者がその魔力を自分のものとできる。
きっとあの親虎が母親だったのだろう。ハクは魔力を通じることで、リサのことも母のような存在だと感じているのだ。
リサが指で砂浜に線を引くと、ハクはそれを追いかけて無邪気に跳ね回る。ちょこまかとした動きが可愛らしく、リサはつい夢中になって何度も線を引いて遊んでしまう。
「元気いっぱいですね」
構ってくれることが嬉しいのか、ハクはひとしきり遊んだ後、リサの膝の上に飛び乗る。そして、まるで特等席とでもいうように寛ぎ始めた。
リサはハクの背をなでながら、ふっと顔を上げる。
目に映るのは、焚き火のゆらゆらと揺れる光。ぱちぱちと薪の弾ける音が、ハクの喉鳴りと混ざり合い、まるで優しい子守歌のように耳をくすぐってくれる。
「リサ、戻ったよ」
岩場の向こうから弾むような声が届く。見るとハンスが、細い木の枝に刺した新鮮な魚を肩にかついでいた。
「わあ、今日も大漁ですね」
手を振ると、ハンスは照れくさそうに笑い、焚き火の傍で膝をつく。手慣れた動きで薪を組み直し、火を強めた。
「運が良かっただけさ。それよりも、お腹が空いただろう。一緒に食べよう」
枝に刺した魚をそっと砂の上に刺すと、ハクが反応を示す。金色の瞳をきらきらさせ、尻尾をぴんと立てて魚を凝視する。
やがて魚の香ばしい匂いが漂ってくると、ハクは催促するように「にゃあ」と鳴く。
「もう少しだけ待っていてくださいね」
リサが宥めるように伝えると、焼き上がった魚をふうふうと冷まして小骨を取り除く。身をほぐして皿に盛ると、そっと差し出した。
ハクは匂いを嗅ぐと、ぺろりと舌を伸ばす。満足げに目を細めると、喉を小さく鳴らした。
「今日の魚も合格みたいだね」
「ハク様は最高の味見役ですね」
ハクは尻尾を揺らしながら皿を舐め尽くして満足げにひと鳴きする。
食事の後、リサは再びハクを抱き上げる。頬ずりをすると、ふわふわの毛並みと小さな鼓動が直に伝わってきた。
「ハク様もいますし、日々が充実してますね」
「この島での生活に慣れてきたおかげだね」
森の奥には水浴びをして汗を流せる川があるし、食事も魚や非常食の残りがある。
不自由な暮らしのはずなのに、不思議と満たされている。それはきっと、隣にハンスたちがいるからだ。
「でも僕は帰らなければならない……なにせ公爵家の跡取りだからね」
「ハンス様の他に領主候補はいないのですか?」
「僕に兄弟はいないからね。だからこそ心配なんだ。きっと領主代行は叔父が務めることになる。でも、あの人は私利私欲のためにしか動かない人だ。領地が無茶苦茶になる前になんとしても帰らないと……」
「ハンス様……」
心配するような声音を含んだ呟きに、ハクはがリサの胸元に額を押し当てる。毛並みのぬくもりが、励ましてくれているようだった。
穏やかな時間が流れていく。
そんなときだ。突如、森の奥から野太く獰猛な咆哮が轟いた。
空気がびりびりと震え、鳥たちが驚いて飛び立つ気配すら感じられる。
「今の声は魔物でしょうか……」
声のする方に視線を向けると、ハクがその隙にリサの胸元から飛び降り、森の方へと駆け出してしまう。
「ハク様、待ってください!」
「ハク、待つんだ!」
二人は慌てて立ち上がるが、ハクは森の中へと消えていく。
「魔物と鉢合わせする危険はありますが……」
「ハクを放ってはおけないね」
二人の決断は早かった。命の危険があると知りながらも、森に足を踏み入れる。
濡れた葉が足元を滑らせ、枝葉が視界を遮ってくる。ぬかるんだ土に足を取られそうになりながらも、リサは必死に白い毛並みを目印に、ハクの背中を追いかけていく。
やがて開けた空間に躍り出る。
そこには異形の魔物、オークが屹立していた。
巨体は人間の三倍近くもあり、肩から胸元にかけて膨れ上がった筋肉が鎧のように隆起している。
ぶ厚い皮膚は褐色で、日差しに照らされるたびに鈍い光を反射している。全身から放たれる体臭は、腐肉のような鼻をつく悪臭だった。
「リサ、下がるんだ。この化け物はオークだ……」
ハンスが即座に前へ出ると、掌に集中させた魔力から火花を散らせる。そこから放たれた三発の火球が、一直線にオークの胸へと飛んでいく。
だがオークは両腕を交差して、火球を受け止める。爆裂音とともに火の粉は四散し、地面に焦げ跡を残す。
「さすがに硬いね……」
動きを止めるだけのダメージはあったが致命傷には至っていない。
ハンスは歯を食いしばり、背負っていたお手製の槍を引き抜く。握った柄に魔力を流し込み、刃を赤く光らせて強化する。
(私も援護しないと……)
このままオークと衝突しても、ハンスなら勝利できるだろう。だが怪我をする可能性はゼロではない。
そう危惧したリサは、右手を空に掲げると、大きな火球を作り出す。彼女の頭上に浮かび上がったそれは、太陽と見紛うほどの輝きを放っていた。
「これは……」
想像以上の火力に最も驚いたのはリサ自身だ。だがすぐにその理由を察する。
(引き継いだ魔力のおかげですね)
納得したリサは、その炎の球体をオークに放つ。加速した炎がオークの胸部に命中し、凄まじい熱風と衝撃波が周囲に広がる。
葉が揺れ、木々がしなる中、膨大な火力がオークの皮膚を焼き尽くす。巨体が炎に包まれながら、オークは魔力を散らせて、姿を消した。
「や、やりましたね……」
リサはその場に膝をつき、肩を激しく上下させる。汗が額を伝い、視界に滲む。両手の指先が微かに震えていた。
そんな彼女の元にハンスが駆け寄ると、片膝をついてリサの手を取る。その瞳には感謝の色が宿っていた。
「君に助けられたね。ありがとう、リサ」
リサはその言葉に力なく笑みを返す。
そして次の瞬間、白い毛玉がぴょんと飛び出してくる。
「ハク様!」
リサは少し眉を顰めるが、その声音には怒りよりも心配の色が濃かった。
ハクは耳を動かし、小さく「にゃあ……」と鳴くと、金色の瞳を伏せる。その仕草があまりにも健気で、リサはすぐに表情を和らげる。
「もしかしたら、ハクはあのオークの雄叫びを、お母さんの声と勘違いしたのかもしれないね」
「確かに似ていたかもしれませんね」
親虎に会うために森へと駆け出したのだ。理由を知り、リサはハクをそっと抱き上げる。腕の中の体は軽く、けれどその存在の重みは心にじんわりと染み渡る。
「でも、次からは駄目ですよ。危ないんですから」
「にゃあ……」
小さな返事とともに、ハクはリサの胸元に顔をうずめる。その額をリサの顎にすりすりと擦りつけてくる様子は、まるで「ごめんなさい」と甘えているようだった。
「仕方のない子ですね。でも……ハク様のおかげで収穫もありました」
「収穫?」
「魔物と戦える力が私たちにはあると分かりましたから。これで森の中を探索できます」
怪我の功名とはいえ、この成果は大きい。ハンスも納得したように頷くと、二人と一匹は、ゆっくりと森を後にする。揺れる木漏れ日の中、ハクのしっぽが楽しげに左右に揺れていたのだった。
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