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第一章 ~『ドラゴンとの遭遇』~

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 冒険者組合への登録を終えたアルクたちは、お目当てのダンジョンへと向かう。整備された街道の両隣には黄金色の小麦畑が広がっていた。

「これから向かうダンジョンについてだが、確か三つの種類があるんだよな?」
「はい。ドラゴン、アンデット、ゴブリンの三種類ですね。難易度は先に挙げたものほど高く、私のオススメはドラゴンですね♪」
「意外だな。てっきりゴブリンダンジョンを勧められるかと思ったぞ」

 アルクのことを誰よりも心配しているクリスらしからぬ判断だ。しかし最難関のドラゴンダンジョンを選択したのには彼女なりの理由があった。

「アンデットとゴブリンのダンジョンは通路が狭く、魔法を得意とする我らにとっては不利な地形なのです」
「無詠唱があるとはいえ、魔法の使い手は奇襲に弱いからな」

 開けた場所なら、襲われても対峙するまでに詠唱を終えることができる。だが狭い道だとそうはいかない。魔法の使い手にとって、地の利は戦闘力を大きく揺るがす重要なファクターなのだった。

「その点、巨大な体躯のドラゴンたちが住むダンジョンは、比類なき広さを誇りますし、彼らに奇襲はありえません」
「さすがにドラゴンが目の前に現れれば気づくもんな」
「足音だけで地響きのように煩いですからね」

 クリスの言い分はもっともだった。しかしアルクの懸念は消えない。

「だが相手はドラゴンだ。本当に俺の実力で敵うのか?」
「一階層のドラゴンなら十分に勝算はありますよ」

 ダンジョンは地下に潜っていく形で構成されており、階層が下に降りれば降りるほど、二階層、三階層と増していき、五階層目が最下層となっている。

 住んでいる魔物は最下層に近くなればなるほど強い。これはダンジョンの魂ともいえるコアが最下層に配置されており、そこから魔物たちに力が供給されるため、より近い位置にいると強くなるのだとする学説が有力である。

 だがこれは絶対ではない。第一階層に強力な魔物がいることもあれば、逆に第五階層に弱い魔物がいることも珍しくはない。あくまで比率なのだ。故に油断はできない。

「俺たちの他にもダンジョン挑戦者はいるのかな?」
「いるでしょうね。特にドラゴンダンジョンは近隣の街へ与える脅威の大きさから、達成時の報酬と名誉が桁違いですから」

 冒険者たちがダンジョンの攻略を依頼されるのは、住処から出てくる魔物が人里で暴れるからである。

 魔物たちは畑を荒らし、近隣の村々に被害を与える。その程度で済めば幸運で、それこそドラゴンが森へ逃げ込めば大惨事になる。なにせ口から火を噴けば、山火事になるのだ。それだけで多くの人命と、木こりや猟師から職を奪うことになる。

「ライバルが多いなら急いで攻略しないとな」
「焦る必要はありませんよ。ドラゴンダンジョンは生まれたのが十年も前ですが、未だに攻略されていません。ダンジョンコアが破壊されることはしばらくの間ないでしょうから」

 ダンジョン攻略の達成は、即ちコアの破壊のことを指す。ダンジョンコアを失うと、魔物たちは一気に弱体化し、それこそドラゴンがスライムと変わらない強さになる。

 だからこそ魔物たちは必死になってコアを守ろうとするし、冒険者は破壊しようと躍起になる。

 そんなダンジョンコアを十年も守り抜いてきたドラゴンダンジョンはまさしく鉄壁の要塞だ。生半可な実力では最下層にたどり着くことさえできない。

「しばらくは一階層目でドラゴン狩りに勤しみましょう。特にドラゴンは実戦経験を与えてくれるだけでなく、魔力強化にも役立ってくれますから。今のアルクくんにとって絶好の相手ですよ♪」
「そういや高名な魔法使いにはドラゴンスレイヤーが多いと聞いたことがあるな。もしかして魔導書を読むよりも効率よく魔力が増やせるのか?」
「ふふふ、アルクくんの推察通り、ドラゴン討伐、魔導書読破、魔法使用、瞑想の順に増加する魔力量が多いです。ランクD以上になると下位二つの修業では誤差くらいしか魔力が増えませんからね。効率的に強くなるのに、ドラゴン討伐の修業は最適なのです」

 無限に近い時間で修業できるとはいえ、早く強くなれるならそれに越したことはない。だからこそアルクは最速で最強に至るためのアイデアを練る。

「アルクくん、どうかしましたか?」
「……少し面白いことを思いついたかもしれない」
「アルクくんのことですから、きっと画期的なアイデアですね♪」
「画期的かどうかはともかく、悪くないアイデアだと思う」

 アルクは思いついたアイデアを頭の中で整理しながら、石畳の道を進む。

 それから随分と長い間、考え事をしていたのか、気づくとドラゴンダンジョンの入り口前にまで辿り着いていた。

 穴を穴だと認識できないほど巨大な洞窟の入り口は、まるで龍の口のような形をしていた。

「アルクくんがダンジョンに来たのは初めてではありませんよね?」
「勇者の荷物持ちとして何度か潜ったことがある。ただドラゴンダンジョンのような高難易度の場所は初めてだし、それに……冒険者のアルクとしては初めてだ」
「ふふふ、しかも可愛い婚約者と一緒の冒険ですからね♪」
「素晴らしい初体験になりそうだな」

 アルクは記憶の底に眠る勇者パーティ時代の思い出を上書きするように、ダンジョンへの第一歩を歩みだす。

 ダンジョン内は土壁に囲われた果てしない空間が広がっていた。ポタポタと水滴の落ちる音が響いている。

「薄暗い道ですね。こんなに暗いと逸れちゃうかもしれません」
「それは……困るな」
「はい、困ってしまいますね♪」

 クリスはチラチラとアルクの手に視線を散らしている。彼女が何を求めているのか察した彼は、その白い手をギュッと握る。

「えへへ、アルクくんから繋いでくれたのは初めてですね♪」
「そうだったか?」
「そうですよ。いつも私がリードしていたんですから♪」
「悪かったな。将来、クリスの隣に立てる男になったら、もっと優雅にエスコートしてみせるさ」
「楽しみにしています♪」

 二人は気恥ずかしさから生まれた笑みを口元に浮かべながら、ダンジョンの先へと進んでいく。

 沈黙する二人。気まずさは感じないものの、何か話さなければと話題を切り出そうとしていたところで、クリスが先に口を開いた。

「あ、あの、そろそろアルクくんの思いついたアイデアを教えてくれませんか?」
「転移魔法を利用する」
「ランクDの転移魔法は予め指定しておいた場所に通じるゲートの開門ですよね。目印は付けてあるんですか?」
「ああ。そしてその転移先こそがアイデアの肝だ」
「それはいったい……」

 アルクがクリスの疑問に答えようとしたとき、ドラゴンの雄叫びが反響する。二人は緊張で体を硬直させた。

「ドラゴンが来ます」
「しかも一体じゃない。二体いるぞ!」

 岩陰からトカゲに似た巨大な怪物が姿を現す。口から火を吐くファイヤードラゴンと、小柄なベビードラゴンだ。

 ファイヤードラゴンはベビードラゴンの首に噛みついていた。二体の龍の争いに、アルクはゴクリと息を飲む。

「ドラゴンは自分より弱いドラゴンを捕食していると聞いたことがありましたが、噂は本当のようですね」
「ドラゴンは莫大な魔力を秘めた魔物だからな。ああやって共食いをすることで、個の力を高めていくのだそうだ」

 ファイヤードラゴンはベビードラゴンの命を刈り取る。満足げに肉を捕食し終えた後に、その鋭い視線がアルクたちを見据えた。

「ちょうど良いタイミングだ。転移魔法を利用したアイデアを実践で見せてやるよ」

 アルクはニンマリと笑みを浮かべる。村人の彼が最強の魔物であるドラゴンと正面から対峙するのだった。
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