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第四章 ~『ケインとレイン』~
しおりを挟むマリアと別れたケインは、庭で目当ての人物を探す。暗闇で視界は不明瞭だが、月灯りの下でも感じる存在感が居場所を教えてくれる。
庭の四阿に待機していたのは、背の高い美丈夫だ。彫りの深い顔立ちに浮かんだ笑みは、心根の優しさが滲んでいる。
「ありがとう、ケイン。恩に着るよ」
男はケインの名を呼ぶ。応えるように彼もまた笑みを返した。
「レインも趣味が悪いね。体調不良を装ってまで、マリアくんを観察したいだなんて」
「将来妻になるかもしれない女性だ。詳しく知りたいと思うのは自然だろ」
「それでどうだった?」
「素敵な女性だな」
レインは風の魔法でケインとマリアのやりとりを遠くから聞いていた。彼と談笑する彼女は、欲に塗れた貴族令嬢たちのように高慢ではない。
面と向かって話したことのない相手だが、それでもレインはマリアのことを気に入っていた。
「でもどうして体調不良だと嘘を吐いたんだい?」
「飾らない彼女を知りたくてね。おかげで成果はあった。彼女は幸せに生きている……これなら私の助けはいらないな」
「もしかしてマリアくんの事情を知っているのかい?」
「両親から冷遇されてきたことならね。だからこそ私は彼女に婚約を申し込んだのだから」
第三とはいえ王子である。結婚相手に困ることはない。それでもマリアに求婚したのは、彼女の現状を不憫だと感じたからだ。
だが救いの手がなくても、彼女は幸せに生きていけると知れた。憑き物が落ちたように、レインは肩の力を抜く。
「まぁ、君の力はもういらないよ。なにせ僕がいるからね!」
「怖い、怖い。まるで番犬だな」
「マリアくんは僕の大切なパートナーだからね」
ケインが一人の女性にここまで固執するのは珍しいと、レインは驚きで目を見開く。彼は頼りになる男である。任せておけば安心だと、肩をポンと叩いた。
「残念だ。これで私は独身か」
「義務感ではなく、愛している人はいないのかい?」
「まぁ、いないわけではないな」
「それは驚きだね。もしかして初恋かい?」
「随分と遅い恋だがな。でも相手は私のことが好きではなさそうでな。身近な者に、私の事を醜男だと言い広めているそうだ」
「こんな整った顔をしたブサイクがいるものか!」
レインの容姿は、血の繋がりのあるアレックスやケインの面影が浮かんでいる。百人が百人絶賛する美男子である。
「鼻筋は通っているし、眼も大きい。肌もほら、こんなに弾力がある」
「私の頬を引っ張るな。不敬罪で捕まえるぞ」
「それは無理だ。なにせ僕も王家の血を引いているからね」
ケインが冗談を口にすると、レインも微笑を浮かべる。二人は遠慮することのない真の友人だった。
「まぁ、私の顔を評価しない者がいて、残念ながら、それが愛した人だったというだけだ」
「でもまだ財力と地位があるだろ。それに君は僕が自慢したくなるほどに優しい男だ」
「身内の贔屓目ではないか?」
「そんなことはないよ。君が本気を出せば靡かない女性はいない。もしアプローチの方法に悩んでいるなら僕が相談にのるよ」
「恋バナという奴か……まるで庶民のようだな」
「王族もたまには気を抜きたくなる時があるものさ」
「ははは、ケインには勝てないな……」
レインは夜空に浮かんだ弧月を見上げると、眼をジッと細めた。
「なら、あの娘と出会った頃の話をしよう」
夜風に吹かれながら過去の記憶を探る。彼の口から思い出が語られるのだった。
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