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第四章 ~『ティアラを傷つけたとの噂』~
しおりを挟む鳥のさえずりが聞こえてくる早朝に、マリアは教室で学術書と向き合っていた。周囲からはヒソヒソと陰口を叩かれているが気にも留めない。
(私がティアラを傷つけたと噂が流れていますのね)
仕方ない事だと諦めていたし、評判よりも考えるべきはティアラを救うことだ。目を通していた学術書は呪いについて解説しており、一行ずつ丁寧に読み解いていく。
(呪いは魔力の残滓。故に薬草でも治せませんのね)
治すには高位の癒しの力――呪われた魔力さえ消し去ることのできる回復力が求められた。この力を持つ者は歴代の大司教や大聖女でも珍しく、一人として例外なく歴史に名を刻んでいる。
(調べれば調べるほど絶望的ですわ)
だが諦めるわけにはいかない。活路を見出すため、ページを捲っていると、前の席にカイトが座る。
「聞いたぜ、シロが間違ってティアラを傷つけたんだよな?」
「言い逃れはしませんわ」
ティアラのパートナーであるカイトになら、叱られても仕方ないと覚悟していたが、彼の優しげな瞳は変わらない。
「悪意はないって知っているさ。それにマリアは後悔している。俺がとやかく言うことじゃない」
「カイト様……」
「ただ意外ではあるな。シロは頭がいい。ティアラを間違えて襲うとは思えないが……」
「私もそうだと信じたいのですが……」
目撃者もおらず、状況証拠はシロが犯人だと示している。疑いを晴らすことは難しい。
「なら本人に訊ねてみるか?」
「本人……あ、カイト様ならシロ様の話を聞くことができますわね!」
当事者であるシロから情報を聞き出すことで、事件に進展があるかもしれない。マリアはシロを召喚する。
お昼寝中だったのか欠伸を漏らしているが、それでもマリアに尻尾を振ってくれる。それがシロなりの優しさだと気づき、ギュッと抱きかかえる。
「さて話を聞かせてもらおうか」
「にゃああ」
カイトとシロが会話を始める。マリアには会話の内容を理解することはできないが、神妙な顔付きに変わっていく彼を見て、何か情報が得られたのだと知る。
「シロから事情を聞いたが、ティアラを傷つけていないそうだ」
「なら誰が?」
「そこまでは分からない。ティアラの元に辿り着いた時には血を流していて、その返り血を浴びたとのことだ」
やっぱりシロは傷付けていなかった。そう信じられるだけの根拠が得られて、ほっと息を吐く。
「でもシロ様でないなら、いったい誰がティアラを……」
「通り魔はどうだ? 王都は治安が悪い。可能性は十分あるだろ」
「ありえませんわ。ティアラの傷は呪いを帯びていましたもの」
霊獣を従えることができるのは聖女だけだ。通り魔がたまたまそのような特殊な力を有しているとは考えづらい。
動機や繋がりの面から考えても、大聖女候補の中に犯人がいるとみて間違いない。
(疑わしいのは……まさかリーシェラが……)
わざわざ馬車で戻ってきたのは、傷つけたティアラに万が一にも死なれては困るからだとすれば筋は通る。だが証拠はない。クラスメイトを疑った罪悪感で胸が苦しくなる。
(またやってしまいましたわ。いくらリーシェラが相手とはいえ、証拠もないのに疑っては駄目ですわね)
だからこそ犯人を証明する必要がある。
(シロ様の無実の証拠を掴み、ティアラの傷も治してみせますわ)
やるべきことはたくさんある。座ってはいられないと、マリアは立ち上がる。
「どこかに行くのか?」
「新しい手掛かりを探しにいくのですわ」
そう言い残して、マリアは教室を後にする。彼女の足取りに迷いはなかった。
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