54 / 60
第四章 ~『事件の真相』~
しおりを挟むマリアは全力で渡り廊下を駆けていた。ティアラの病室から逃げるためではない。前を歩く第一王子のアレックスに追いつくためだ。
「アレックス様!」
距離を詰めると、膝に手を突いて、息を整える。只事ではない様子に、アレックスは心配そうに声をかける。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「聞きたいことがありますの!」
「なんだか知らんが、なんでも聞いてくれ。知っていることなら答えてやる」
「では単刀直入に訊ねますわね。ティアラが社交界から追放された時、救いの手を差し伸べたのはレイン様ではなく、あなたではありませんか?」
マリアの問いに、アレックスは動揺を隠しきれずに目を見開く。沈黙が続いた後、彼はいつもの明るい性格を取り戻す。
「おいおい、どうして俺が助けたことになるんだ?」
「先ほど、ティアラとレイン様の会話を聞き、二人が仲を深めたエピソードを知りましたの。ですが、筋が通りませんわ。一度、糾弾した相手を救うことに意味を感じませんから」
破滅させた後、救い出すことによってティアラを惚れさせる。これが狙いならば理解できるが、レインはきっぱりと彼女の愛を拒絶している。
「それよりはむしろ、そう、レイン様の評判を取り戻そうと別人が動いたと考えた方が自然ですわ」
ティアラは社交界から追放されたことで居場所を失った。しかしそれはレインにしても同じだ。
公爵令嬢を破滅させた冷たい人だと噂が流れたことで、レインの異性としての魅力は悪化した。令嬢たちは彼を恐れ、安易に近づくことができなくなったのだ。
そんな悪い評判を払拭するため、アレックスはティアラを救ったのだ。レインを表に立てて、裏方に回ることで、彼の糾弾は彼女を更生させるためだったと美談に変えたのだ。
さらにマリア自身も、彼からレインが素晴らしい人だと聞かされていた。まるで過去の悪い噂を塗りつぶすように。すべてがアレックスなりの優しさだったのだ。
「ふふ、面白い推理だな」
「でも本当ですわよね?」
「ティアラを窮地から救ったのは俺か……ここまで知られているからには仕方ない。だが他の奴には秘密にしろよ」
「やっぱりアレックス様の功績でしたのね。でも、どうしてその話をティアラにしませんの?」
教えれば、きっとアレックスの恋は成就する。だが彼は首を横に振った。
「もし真実が広まるようなことがあれば、レインが公爵令嬢を破滅させたとの噂が復活する。そうなれば俺の努力は水の泡だ。レインを守り抜くため、墓まで秘密を持っていくと誓ったのさ」
「……あなたは本当に弟想いですわね」
「おう、大切な家族だからな」
自分の恋心より、兄弟を優先する彼は、素晴らしい人格者だと改めて実感する。
だが、マリアは納得していない。愛し合っている者同士が結婚するべきだと信じていたからだ。
だからこそマリアは強引に恋を実らせる。
マリアは柱の傍に隠れて聞き耳を立てている少女に気づいていた。それを相手に伝えるように視線を向けると、少女が気まずそうに顔を出す。
その人物とはマリアの親友ティアラだった。
「……今の話は本当なのですか、アレックス王子?」
「どうしてティアラがここに⁉」
「扉の前から走り去る音と、マリアの背中が窓から見えたので、追いかけてきたのです」
「つまり俺は嵌められたというわけか……」
部屋のすぐそばで唐突に人が走りだせば、さすがに室内にいる人間も気づく。マリアはティアラを誘い出し、アレックスからの真実を聞かせたのだ。
「もう言い逃れはできませんわね」
「さすがにこの状況で言い逃れるのは無理だからなぁ」
アレックスは頭を掻く。すべてを打ち明ける覚悟ができたのか、瞳に覚悟の炎が宿る。
「認めるよ、ティアラを救ったのは俺だ」
「で、では、レイン王子は?」
「あいつは優しい奴だ。でもティアラを救ったわけではない。あいつは悪党に対して厳しいからな」
「そうですか……」
不幸になれば愛される。その仮説は間違っていたと知る。
レインは最初から最後までティアラのことを愛してはいなかったのだ。想いが届くはずもなかった。
「アレックス王子、私はあなたのおかげで……」
「礼よりも前にすることがあるだろ。悪いことをしたなら謝らないとな」
「気づいていたのですね」
「なにせ長い付き合いだからな」
ティアラはマリアへと向き直ると、二人は視線を交差させ、ジッと見つめ合った。ティアラの瞳には罪悪感が含まれている。
「私はマリアに謝らないといけないことがある。実は――」
「シロ様に冤罪をきせようとしたことですわね」
「マリアも知っていたのだな……」
「最初は気づきませんでしたわ。でもあんなにティアラを愛していたアレックス様が、急に許すと意見を変えてきた時に違和感を覚えましたの。加えて、レイン様との会話で事件の全貌を悟りましたの」
「なら聞こう。犯人は誰だ?」
「ティアラ――あなたの自作自演ですわね」
事の顛末はこうだ。霧で視界の悪くなった状態で、自らの霊獣であるクロを召喚。顔に傷を付け、クロを召喚元へと帰還させる。
あとはシロに血を浴びせ、状況証拠から誤解させればいい。タネを知れば、シンプルなトリックだ。
だが自分の顔を傷つける者はいないという先入観のおかげで、見破るのを困難にしていた。だがその先入観さえなくなれば、トリックを見破ることは容易い。
「動機はレイン様に好きになってもらうためですわね」
「レイン王子は不幸な人が好きだと思い込んでいたのでな」
「だからといって自分の顔に傷を付けるなんてやりすぎですわ」
「馬鹿な女だろ」
「とっても。でも私の大切な友人ですわ。それはこれからも変わりません」
「マリア……いいのか?」
「冤罪を着せられたことは怒っていますが、あなたが私を責めることはしませんでしたから。それに……世界でたった一人の親友ですもの。すれ違ったくらいで捨てたりしませんわ」
「……ぅ……す、すまない」
ティアラは目的のために手段を選ばない悪女だ。それは間違いない。しかし困ったときに助けてくれたのも事実なのだ。
二人は友情を確かめるように抱きしめあう。互いの優しさをしっかりと噛み締めるように、腰に回した手に力を込めるのだった。
2
あなたにおすすめの小説
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる