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第3章 魔導要塞の攻防
第28話 ★病魔術
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リリカの水魔術(正確には水と風の複属性魔術)サモンサイクロンは、魔術としては途轍もない規模と技術であったが、カーネル聖騎士隊の歩みを止めることはできなかった。
これはリリカの魔力が足りなかったということではない。リアムが迎撃に命までは取らない配慮をしたためだ。手段を選ばないのであれば、火の魔術を使用すればサモンサイクロンの10分の1の魔力でもカーネルの一団を一瞬にして葬り去ることは可能であった。
(とんでもない魔力を消耗したが、結果的には奴らは五体満足。魔力で起こした自然現象で敵を攻撃するというのは手段としてやはり無理がある。)
だが、火の魔術を使えば、人が標的を絞って攻撃を加えたことが明白になる。リアムは、何とかそうならない手段で彼らの探索を諦めさせたい。
「ご主人様。普通の攻撃魔術は使わないんですか?」
「使えば魔術で攻撃されたと相手に知られるからな。なるべく人による攻撃かただの不運かわからない手段で退けたいんだ。それに──」
「それに?」
「使えば多分死人が出るだろう?辞めたとはいっても俺は治療魔術師だからな。いかに自分の身の安全のためとはいえ、命までは取りたくない。」
「・・・ご主人様はやっぱり優しいですね。」
リリカは胸にジンと来たふうだ。たとえ身を守るためであっても、人を殺めることには抵抗を感じていたのだ。自分の心中に引っかかっていた迷いについてリアムも気にしていてくれて嬉しかった。
すりすり─────
リリカはリアムの胸に頬ずりをした。(やっぱり、ご主人様はやさしい。リリカがしたくないことはご主人様もしたくないんだね・・・)
だが残念ながら今はそんな甘々な空気を作っている場合ではない。リアムは騎士団を退ける方法をいろいろ思案していた。しかし、明確な「攻撃」ではない手段で彼らの進軍を諦めさせるのはなかなか難しそうだ。(そうだ、水害の後ということなら。少し・・・というかかなり無理があるのは否めないが。)リアムは方法を思いついたようだ。
「・・・!始めるんですか?ご主人様。」
リリカが、魔力を転送しやすい体制を取ろうとする。一応リアムの言いつけを聞いて、肌の接触のみの方法で。
「ああ、だがこの魔術ならリリカの魔力はいらない。そこで大人しくしてろよ。」
「は、はい。」
(元とはいえ聖職者が使うべき魔術じゃあないがな。)リアムが魔力を集中させる。身体の周りにオーラがまとわりつき始める。だが、それは禍々しい黒の光だ。以前世界を闇に陥れたブラックドラゴンフレアと同じく、闇属性の魔術だ。
闇魔術・イルストーム─────
効果範囲を館の外側から島の沿岸部までに絞り、館の中心から外側に向けて一陣の風が走り抜けた。(え?)リリカには、それがどのような魔術なのかすぐに理解できなかった。威力らしい威力が全くないように見えたのだ。
「魔道具からの映像を観察しろ。俺が何をしたかがわかる。」
(これは────?)リリカが魔道具のセンサーを通して、騎士団の様子を探ったときにはもうすでに術の効果が表れていた。隊列を組んで歩き出した騎士団が全員折り重なるように倒れ伏していた。
「た、隊長─!これは一体、何が起きたというのでしょうか?」
「寒い。身体が凍えるように寒い。」
「お、おぇぇええぇ」
イルストームが駆け抜けた沿岸部を歩いていた騎士団は、たちまちのうちに高熱を発し、重篤の状態に追いやられた。襲い掛かる悪寒、吐き気。身体の節々はさび付いたようにギシギシと痛み、全身が鉛のように重い。とても立ってはいられない状態だ。
それは隊長のカーネルも例外ではない。呼吸をするのも必死、命を維持するだけで全精力を消耗するような状況だ。(なんだ。何なんだこれは。病?水害の後に疫病が発生することはあるが、こんな直後にこのような重篤な病に襲われるなどというのは聞いたことがない。)
しかし、今その病で苦しんでいるのは自分自身であり、周囲の仲間も同様である。ケガではないため先ほどのようにヒールで治療することもできない。つまり彼らに対処法はない。
イルストームは、魔力によって人工の病原体を生成し、流布させる魔術だ。長年治療魔術に携わり、多くの疾病の原理を熟知したリアムだからこそ開発が可能な術で、一般の魔術師には使用できないし、そもそもこのような手段を思いつくものもこれまで誰一人いなかった。
病原体の細胞は、リアムの魔力で具現化した仮想物質でリアムの魔力供給がある限り仮想生命体として活動する。病原性の種類も術師であるリアムの意思次第だ。リアムは今、人間にのみ有効な病原体を作成した。アロン島で館の外にいる人間は騎士団のみなので、彼らの他の生物には全く影響がない。
症状はインフルエンザに似るが、潜伏期間は数秒。呼吸をするだけで体内に入り込みたちどころに発症するため、リムーブという解呪系の魔術技術を持っていない者は対処方法がない。朦朧とする意識を何とか保ち、カーネルは頭を働かせようとする。
(くそ・・・。「何故?」を今考えてはいけない。このままでは間違いなく全滅する。「この状況をどうするか」を考えねば。)ゼイゼイと荒い息をしながらカーネルは部下に退避を命じた。
部下とともに砂浜を這いずり回る。先ほどの嵐で船は波に煽られていたが、幸い浜辺の一角に打ち上げられていた。海岸線に近づくと不思議(←効果範囲の限界に近づくので)と症状がやや軽くなった。(果たしてこのまま生きて戻ることができるか。)不安ではあったが、このままここで寝そべっていたら間違いなく死ぬことは、確信が持てたため、選択肢はない。
彼らの船が沖に出た頃、彼らを蝕んでいた病魔は術師リアムの魔力供給範囲から外れ、消滅した。先ほどの高熱が嘘のようになくなり、騎士団は活力を取り戻したが、さすがにもう一度島に足を踏み入れる気にはなれず、エルチェリータに退避するのだった。
これはリリカの魔力が足りなかったということではない。リアムが迎撃に命までは取らない配慮をしたためだ。手段を選ばないのであれば、火の魔術を使用すればサモンサイクロンの10分の1の魔力でもカーネルの一団を一瞬にして葬り去ることは可能であった。
(とんでもない魔力を消耗したが、結果的には奴らは五体満足。魔力で起こした自然現象で敵を攻撃するというのは手段としてやはり無理がある。)
だが、火の魔術を使えば、人が標的を絞って攻撃を加えたことが明白になる。リアムは、何とかそうならない手段で彼らの探索を諦めさせたい。
「ご主人様。普通の攻撃魔術は使わないんですか?」
「使えば魔術で攻撃されたと相手に知られるからな。なるべく人による攻撃かただの不運かわからない手段で退けたいんだ。それに──」
「それに?」
「使えば多分死人が出るだろう?辞めたとはいっても俺は治療魔術師だからな。いかに自分の身の安全のためとはいえ、命までは取りたくない。」
「・・・ご主人様はやっぱり優しいですね。」
リリカは胸にジンと来たふうだ。たとえ身を守るためであっても、人を殺めることには抵抗を感じていたのだ。自分の心中に引っかかっていた迷いについてリアムも気にしていてくれて嬉しかった。
すりすり─────
リリカはリアムの胸に頬ずりをした。(やっぱり、ご主人様はやさしい。リリカがしたくないことはご主人様もしたくないんだね・・・)
だが残念ながら今はそんな甘々な空気を作っている場合ではない。リアムは騎士団を退ける方法をいろいろ思案していた。しかし、明確な「攻撃」ではない手段で彼らの進軍を諦めさせるのはなかなか難しそうだ。(そうだ、水害の後ということなら。少し・・・というかかなり無理があるのは否めないが。)リアムは方法を思いついたようだ。
「・・・!始めるんですか?ご主人様。」
リリカが、魔力を転送しやすい体制を取ろうとする。一応リアムの言いつけを聞いて、肌の接触のみの方法で。
「ああ、だがこの魔術ならリリカの魔力はいらない。そこで大人しくしてろよ。」
「は、はい。」
(元とはいえ聖職者が使うべき魔術じゃあないがな。)リアムが魔力を集中させる。身体の周りにオーラがまとわりつき始める。だが、それは禍々しい黒の光だ。以前世界を闇に陥れたブラックドラゴンフレアと同じく、闇属性の魔術だ。
闇魔術・イルストーム─────
効果範囲を館の外側から島の沿岸部までに絞り、館の中心から外側に向けて一陣の風が走り抜けた。(え?)リリカには、それがどのような魔術なのかすぐに理解できなかった。威力らしい威力が全くないように見えたのだ。
「魔道具からの映像を観察しろ。俺が何をしたかがわかる。」
(これは────?)リリカが魔道具のセンサーを通して、騎士団の様子を探ったときにはもうすでに術の効果が表れていた。隊列を組んで歩き出した騎士団が全員折り重なるように倒れ伏していた。
「た、隊長─!これは一体、何が起きたというのでしょうか?」
「寒い。身体が凍えるように寒い。」
「お、おぇぇええぇ」
イルストームが駆け抜けた沿岸部を歩いていた騎士団は、たちまちのうちに高熱を発し、重篤の状態に追いやられた。襲い掛かる悪寒、吐き気。身体の節々はさび付いたようにギシギシと痛み、全身が鉛のように重い。とても立ってはいられない状態だ。
それは隊長のカーネルも例外ではない。呼吸をするのも必死、命を維持するだけで全精力を消耗するような状況だ。(なんだ。何なんだこれは。病?水害の後に疫病が発生することはあるが、こんな直後にこのような重篤な病に襲われるなどというのは聞いたことがない。)
しかし、今その病で苦しんでいるのは自分自身であり、周囲の仲間も同様である。ケガではないため先ほどのようにヒールで治療することもできない。つまり彼らに対処法はない。
イルストームは、魔力によって人工の病原体を生成し、流布させる魔術だ。長年治療魔術に携わり、多くの疾病の原理を熟知したリアムだからこそ開発が可能な術で、一般の魔術師には使用できないし、そもそもこのような手段を思いつくものもこれまで誰一人いなかった。
病原体の細胞は、リアムの魔力で具現化した仮想物質でリアムの魔力供給がある限り仮想生命体として活動する。病原性の種類も術師であるリアムの意思次第だ。リアムは今、人間にのみ有効な病原体を作成した。アロン島で館の外にいる人間は騎士団のみなので、彼らの他の生物には全く影響がない。
症状はインフルエンザに似るが、潜伏期間は数秒。呼吸をするだけで体内に入り込みたちどころに発症するため、リムーブという解呪系の魔術技術を持っていない者は対処方法がない。朦朧とする意識を何とか保ち、カーネルは頭を働かせようとする。
(くそ・・・。「何故?」を今考えてはいけない。このままでは間違いなく全滅する。「この状況をどうするか」を考えねば。)ゼイゼイと荒い息をしながらカーネルは部下に退避を命じた。
部下とともに砂浜を這いずり回る。先ほどの嵐で船は波に煽られていたが、幸い浜辺の一角に打ち上げられていた。海岸線に近づくと不思議(←効果範囲の限界に近づくので)と症状がやや軽くなった。(果たしてこのまま生きて戻ることができるか。)不安ではあったが、このままここで寝そべっていたら間違いなく死ぬことは、確信が持てたため、選択肢はない。
彼らの船が沖に出た頃、彼らを蝕んでいた病魔は術師リアムの魔力供給範囲から外れ、消滅した。先ほどの高熱が嘘のようになくなり、騎士団は活力を取り戻したが、さすがにもう一度島に足を踏み入れる気にはなれず、エルチェリータに退避するのだった。
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