能力者は現在に

わまり

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蓋のない骨壷 6

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大きな咳込みと共に気道が確保され、楽になり意識がはっきりしてくる。
足を覆うように波が流れ、自分は砂浜に倒れているのだと気付いた。

ーやはり無謀だったか…しかし現に生きている。運は僕に味方をしてくれた。

あの知らせを聞いた時、すぐに荷物を持ち海へ飛び込んだ。まさか生きていられるとは思わなかった。しかし逃げるには少しの可能性も捨てるわけにはいかない。
自分の限界まで足と手を動かすが、荒い波の中で自分の動きはかき消され、もがいてももがいても進まなかった。
陸が見えた時にはもう足は動かなくなっていた。手の力だけで進むが、遂には意識も薄れ、自分が波にゆられ沈んでいくのを感じた。

今警察はどこにるのだろう。船を降りたのが夕暮れ前で、そこから5時間は経っただろうか、空には星が出ている

ー骨壷は?
辺りを見渡すが、骨壷らしきものはない。
意識を失った時に落としたか?それはまずい。念の為紐を巻き付けていたのだが…
無くしてしまったら僕はこれをする意味がなくなる。すぐに探し出さなければ。

手を着き、立ち上がろうとするが脚が言う事を聞かない。特に右足だ。全く動かない。どうしたのだろうか、骨折でもしたか。左足も使って這いつくばった状態で砂浜を上がる。

ここはどこだ?青森からは離れただろうか、周りには海と山しかない。

急に眠気が襲ってきた。
草むらに横になり、目を閉じる
その時も骨壷のことを考えていた。

誰かが顔を覗き込んだ。
目を開くと、そこに居たのは白髪をかきあげた、よく日に焼けた老人だった
「あんた、遭難でもしたんかい」
白い葉を見せて笑う

「…そんなところです」

「えらいびっしゃこなってるな、とりあえず家来るかい?」
老人は人の良さそうな笑みを浮かべた

「…ありがとうございます」
「しかし、少し動けない状態でして…」

「大丈夫だ、押し車がある、俺の家も別に遠くはねえよ」

ガタガタと揺れる荷台に乗っていると疲れも取れてきた。そして海水でパサパサになった服を不快に感じる

「あんた、名前は?」
前を向きながら老人が尋ねる

「……田中勇太です」
和樹とは言えないので、偽名を使う

「そうか勇太君か、そんで1つ聞いてもええかい?」
老人が押しながら振り向いた
「なんであんな所いたん?」

「それは…」
言葉に詰まる。舟から転落した…いや、そんなのならニュースでも見られたらバレる。ここは控えめにしておくか…
「ボートを漕いでたら大切なものが海に落ちちゃって…」
そしてふと思い出す
「すみません、壺が流れてきませんでしたか?」

「ん?んや、流れてきとらんよ」

「そうですか…」
あれがないと…もしなくなっていたらと思うと気が気でない。

「ほら、着いたよ」
そう言われ見上げると、大きな平屋建ての家が海沿いに建てられていた

「大きいですね…」
もっと粗末なものを思っていたのだが。

「ははは、これは俺が前に買った別荘よ、人のいないここが気に入ってな」
荷物を抱えながら家へ入っていく
「ほら勇太君も、シャワーなら玄関入って真っ直ぐの廊下を左に曲がったとこだから。タオルはこっちで用意しとく」

「では遠慮なく、ありがとうございます」

約10日ぶりのシャワー、思い切り擦って汚れを落とすと、消しカスみたいな垢が流れていった。

風呂から上がると老人は居間で椅子に座っていた。
「さて勇太君、自分の住所はわかるかい?」

ここで実際のを言うわけにはいかない、できれば情報は抑えなくては。
「ちょっと、山奥だったもので…」

「うーん、そっかー」
「今からはどうする?泊めてやることも出来るぞ?」

「ご迷惑で無ければ、有難いです」
1日休んで、それから考えよう。

「じゃあ二階に空いてる部屋がある。布団はあるから、すぐに休みたいだろう?」

「ありがとうございます」
良い人に見つかって良かった。骨壷があったら殺してたかも知れないが、今はない。

布団に入ると、今までの疲れが一気に出たのかすぐに眠りに入ってしまった。

翌日目を覚ますと、窓から光が入ってきていた。窓からは広い海が見える。

「おはようございます」
今に降りると、老人が朝食をとっていた

「おお、おはよう。朝食なら用意しておいたから、食べられるんなら食べといてくれ」そう言い、向かいのテーブルを指差す

「ありがとうございます」
お礼を言って席につく
こんなに健康的な食事をしたのは久しぶりだ。とても美味しい。

一息ついていると、老人が向かいの席に座ってきた。そしてゆっくりと口を開いた

「勇太君、君の本当の名前は、指名手配の和樹勇太君、だよね」
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