【完結】江戸で鉄砲小僧と呼ばれた若サムライの俺、さる事情で異世界転移して本物の銃使いになる

岡崎 剛柔

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第28話

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 ガマラ襲来以上の危機であった盗賊団を撃退したものの、人的被害は想像以上に凄まじいものとなった。

 死者七人、重傷者十四人、軽傷者八人。

 これは一度目の襲撃時よりも明らかに酷い。

 その理由としては、相手側の人員が倍以上に膨れ上がっていたことが挙げられる。

 それにまさか闇夜に紛れられる深夜ではなく、朝靄が晴れたばかりの早朝に襲撃を掛けて来るとは思わなかった。

 ウィノラは集落に住まう人間の喉を潤すオアシスにおいて、鏡のように澄んだ水面に映る自分の顔を真摯に見つめていた。

 あのとき戦闘に参加したウィノラは、重傷とはいかずとも顔に軽い傷を負っていた。

 接近を許した敵の一人に短剣で顔を斬りつけられたのだ。幸いにも傷跡が残るほどの傷ではなかったが、自分の力量の未熟さには心底呆れてしまった。

 不覚にも手傷を負った際にビュートに助けられたのだが、そのときに「邪魔だ」と言われたことが今でも脳裏に焼きついて離れない。

 やはり、自分はお荷物なのだろうか。

 ウィノラは冷たい水を手杓で掬い、一気に顔に浴びせた。

 それでも気分は一向に晴れない。

 それどころか、頭が冴えたことでより自分が置かれている現状に嫌気がさしてくる。

「くそっ!」

 ウィノラは乱暴に両手を湧き水の中に差し入れると、それから何度も手杓で水を掬って顔に浴びせ続けた。

 本当はこんなことをしていても問題は解決しない。

 それはウィノラ自身も重々承知していた。

 さりとて、それ以外に何をすればよいのかもわからなかったのも事実。

 所詮、自分もソーテツと同じく余所者なのだ。

 十二年前に一族全員を根絶やしにされ、三年前に病気で亡くなったビュートの父親に拾われてピピカ族の集落に住まうようになったものの、他の人間からさりげなく疎外されている感じは未だ払拭されない。

 無論、それはウィノラ自身が思っていることで他の人間たちはそう思っていないかもしれない。

 現にリーナなどは自分のことを本当の姉のように慕ってくれている。

 だからこそ心が痛い。ピピカ族の一人として生きたいと願う自分と、一族の無念を晴らしたいと願うもう一人の自分が心中には存在しているからだ。

「わたしはこれからどうすればいいんだ……」

 と呟いた途端、ウィノラは水面に映る自分の顔を見てはっと我に返った。

 いや、厳密には顔の隣にぼんやりと映っている淡い光を見てである。

「何がこれからどうすればいいの?」

 凛然とした声が聞こえたと同時に、ウィノラは瞬時に顔だけを振り返させた。

「エリファス殿か」

 振り返るなり視界に飛び込んできたのは、異世界のアスラであるエリファスであった。

 直後、グラナドロッジの陰から鉄砲を担いだ宗鉄が現れた。

 宗鉄は小袖と袴という異世界の衣装を着用しており、初めて逢ったときには髷という特殊な髪型をしていたが、あの髪型は宗鉄がいた世界でしか結えない特別なものらしい。

 そのため、今では長髪をうなじの辺りで一つに束ねる簡素な髪型に納まっていた。

 そしてどうやら宗鉄はエリファスを探しに来たらしい。

 宗鉄はウィノラの周囲を飛んでいたエリファスを見つけるなり、怒りを含んだ足音を響かせながら近づいてきた。

「おい、勝手にどこでも飛んでいくな。お前が近くにいなければ会話もままならん」

「仕方ないじゃない。あのジーさんの話は恐ろしく長いんだもの。あんな呪文みたいな話を延々と聞いていたら誰だって嫌気がさすわよ」

「それは人間である俺の台詞だ。第一、族長が話していた相手はお前じゃなくて俺だ」

「もちろん、わかってるわよ。だからわたしはそっと席を外したんじゃない」

「だからお前がいなくなったら相手の言葉がわからなくなるだろうが!」

 互いに意見を譲らない二人を傍観していたウィノラだったが、やがて見ていられなくなったのか仲裁役を買って出た。

「どうでもいいが喧嘩なら他でやってくれないか? ここは一応、集落の中でも神聖な場所なんだ」

 ウィノラが言ったように、ここ湧き水が溢れるオアシスは人間の生命を繋げてくれる聖域として重宝されていた場所である。

 一年を通して滅多に雨季が訪れないコンディグランドでは飲み水を確保するのは重大なことであり、ましてや天然の湧き水場所を発見することは千金を発見することに値するからだ。

 ましてやここの湧き水は他の場所よりも不純物が圧倒的に少ない。

 それだけでこの場所に集落を構える価値があった。

 実際にピピカ族は集落を築く条件の一つに天然の湧き水が溢れている場所を条件にしたという。

「いや、喧嘩という程ではないんだ。

 ただ、どうしても他の人間と喋るときはエリファスが傍にいないと話にならない。

 俺も少しは阿蘭陀の言葉に触れたことはあったが、その言葉に比べてもこちらの人間が話す言葉はさっぱり理解できん」

 宗鉄のぼやきにウィノラは共感した。

「なるほど、確かに言葉が通じないのは不便だな。わたしも最初は外の人間が喋る言葉はさっぱりわからなかった」

「外の人間って?」

 鼻先に飛んできたエリファスが首を傾げながらウィノラに尋ねる。

「外とはコンディグランドの外ということだ。

 それをわたしたちコンディグランドに住む部族の人間は外の人間と言って区別している。

 何せ外の人間とわたしたちでは髪の色から肌の色まで何もかも違う。

 もちろん着ている服から話す言葉までな。

 だが、最近では外の人間が話す言語を理解できる人間が増えたのも事実だが」

 それもすべてはビュートの父親であったジードのお陰だろう。

 人一倍努力家であったジートは独学で外の人間が話す言葉を覚え、ついには外の世界から訪れる行商人と懇意になる間柄になった。

 それからジートは集落の子供たちにも外の世界の言語を解りやすく教え始めたのである。

 さすがに流暢とまではいかないが、二十代前半から三十代前半までの人間たちは日常会話程度ならば苦にならないほど喋れる。

 中でも最も流暢かつ完璧に話せるのはジートから徹底的に指導されたビュートぐらいだろうか。

 ともあれ、ソーテツが言葉の違いに苦しむ気持ちはわかる。

 なぜなら、ウィノラも最初はピピカ族の言語に慣れることにも苦労したからだ。

「ふ~ん、そう言われると言葉が通じないってのは不便だわね」

 ウィノラの説明を聞いたエリファスは納得がいったのか大仰に頷く。

 だが、直接な被害を被った宗鉄は釈然としない様子で目眉を吊り上げる。

「わかったのなら今度からは俺の傍を勝手に離れてくれるなよ、エリファス」

 何気なく呟いた宗鉄の言葉に、ウィノラは片眉を動かして反応した。

「そういえば救世主殿は今朝早く族長に呼ばれていたな。一体何の話だったんだ?」

 大方の見当はついていたが、確認のためにウィノラは宗鉄に訊いた。

「ああ、何でもこの集落に留まって例の盗賊から自分たちを守ってほしいんだと。そしてこれはその折に聞いたのだが、あの盗賊たちに襲われたのはこれで二度目らしいな」

 やはりそういう話だったか。

 ウィノラは顔に付着していた水気を腰に巻いていた布で綺麗に拭き落とすと、こめかみをぼりぼりと掻いていた宗鉄の問いに答える。

「そうだ。以前にこの集落は件の盗賊団に襲撃され、四つある宝物庫の一つに保管されていた金品を根こそぎやられた。最終的には追い払ったものの、前回は見張り役だった四人の人間が殺された」

 ウィノラは拳を固く握り締めながら、奥歯をぎりりと軋ませた。

 今思い出しても腸が煮え繰り返る。半年前の襲撃時には深夜だったこともあり、多くの人間が油断していた。

 それに今回のように正面入り口の扉は頑丈でなかったことと、闇夜に紛れながら行動してきた連中を容易く集落の中に招き寄せてしまったことが最大の敗因だったのだろう。

 もしくは、異常に気づいた人間たちが相手はたかが十数人だと油断したことだろうか。

 どちらにせよ、多大な被害が出たことには違いない。

「そういうわけで族長は集落を救ってくれる人間をずっと探していた。

 だが、外の人間が滅多に訪れないコンディグランドでそのような人間が見つかるはずがない。

 一時はこの集落に商品を持ってくる行商人に頼んでみたが、そう都合よくいかないのが世の常。

 しかも相手は百戦錬磨の盗賊団だ。

 もしも見つかったところで一体何十人の人間を雇えばいいのか想像すらできなかった。だから――」

「だから異世界の精霊に助けを求めた?」

 会話を続けたのはエリファスである。ウィノラはこくりと頷く。

「なるほど、確かにあんな連中に何度も襲われたら堪らんわな。それこそ、命が幾つ有っても足りない」

 宗鉄は湧き水の中にそっと右手を差し入れ、手杓で水を掬うと口元に運んで一気に飲み干した。

「でも、いくら連中でももう襲ってはこないでしょう? 何せこっちにはソーテツがいるもの。仮にまた襲ってきてもソーテツさえいれば大丈夫よ」

 宗鉄の肩をエリファスは強く叩く。

 一方、肩を好き勝手に叩かれた宗鉄はエリファスの額を指先で突いて強制的に離した。

「馬鹿なことを言うな。いくら俺でもあんな連中とそう何度も対峙してられるか。それにいくら鉄砲といえでも玉数と火薬には限りがある。幸いにも胴乱の中には豊富に玉と火薬を入れてはいたが、この調子で撃ち続ければすぐに玉も火薬も尽きてしまうだろう」

 それはウィノラにとって驚愕の事実だった。

 まさか弓矢よりも強力な武器として認識していた鉄砲にそんな弱点があったとは。

「その玉と火薬とは何だ? 向こうの世界にしか存在しない特別な物なのか?」

「どうかな。材料の鉛さえあれば玉は製造できると思う。鋳鍋、鉛板、玉型なども鍛冶の技術があれば原型に近い形で製造できるはずだ。しかし、それよりも問題は火薬だ」

 宗鉄はよく聞けよ、とばかりに真剣な表情で語り始めた。
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