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第27話
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「凄い! 凄いよ、ソーテツ!」
先ほどから宗鉄を間近で傍観していたエリファスが歓喜の声を上げる。
それも無理はなかった。
宗鉄の射撃の腕前は凄まじく、また鉄砲の玉の威力は弓矢などとは比べ物にもならない。
現に宗鉄に狙撃された盗賊たちは、阿鼻叫喚の悲鳴を上げてのた打ち回っていたからだ。
「邪魔だ、エリファス! 視界の中に入ってくるな!」
蝿のように飛び回るエリファスを一喝した宗鉄。
するとエリファスは殺気立った宗鉄の迫力に負けて大人しく後方へ移動する。
エリファスには悪いが、射撃中に眼前を飛び回られては集中できない。
それに玉を撃つ際には火皿から凄まじい火薬の炸裂音と濛々たる黒煙が噴出す。
下手にうろちょろされては物ノ怪であるエリファスも負傷しかねない。
とにかく射撃を妨げる要因は少ないほうがよい。
宗鉄はエリファスを遠ざけると慣れた手付きで次弾を装填。瞬時に狙いを定めて引き金を引く。
その動作を何度繰り返しただろうか。やがて宗鉄は射撃の構えを解いた。
(そろそろ引き時か……)
炸裂した火薬の匂いに顔をしかめながら、宗鉄は自分が撃ち放った玉数と残敵の数を確認した。
宗鉄が撃った玉数は合計六発。
単純計算だと六人の敵を倒したことになるが、そう簡単に事が進まないのが実戦の妙というものだ。
おそらく、まともに玉が当たった数は四発。
自分が鉄砲を放った場所から敵の場所までは四十間(約七十二メートル)ほどだろうから、無難と言えば無難である。
それに宗鉄は元より敵の戦力ではなく敵愾心を削ぐことを狙っていた。
だからこそすべての玉を無理して当てなくとも構わなかったのである。
盗賊たちが鉄砲の威力に恐れをなせば、いずれは集落から一目散に逃げ出すだろう。
人数においても各段にこちら側が勝っているのだ。
向こうに少しでも戦術に長けた軍師がいるのならば撤退を敢行するはず。
武術のみならず山鹿流兵法にも通じていた宗鉄は、文字通り空から戦況を眺めつつそう思った。
直後、宗鉄よりも高みの位置から戦況を見ていたエリファスが声を上げた。
「あ、見て見て。盗賊たちがどんどん逃げていくよ」
言われなくとも宗鉄は現状を細部まで把握していた。
宗鉄の鉄砲により完全に浮き足立った盗賊たちは、ピピカ族の戦士の追撃も相まって一人、また一人といった具合で集落から逃げ出していく。
まるで火事場から脱兎の如く逃げ出す野次馬のようだ。
「これでひとまず安心だな。いくら少数精鋭が売りな盗賊でもこれには懲りた――」
と気を抜いた次の瞬間、
「ソーテツ!」
エリファスの怒声が激しく耳朶を打った。
その脳内に直接響くほどの声を防ごうとすぐにでも両耳を押さえたかった宗鉄だが、生憎とそれよりも先に起こさなければならない行動があった。
「うおッ!」
宗鉄は両膝の力を抜いて瞬時に蹲る。
数瞬前まで自分の頭があった場所に何かが不気味な風切り音を響かせながら通過した。
矢である。しかも生半可な威力の弓矢ではない。
普通、弓で放った矢は弧を描くような軌道を描いて標的に突き刺さる。
だが、自分に飛んできた矢はほとんど垂直に飛んできた。
それだけで宗鉄には予想がついた。敵は鉄砲に勝るとも劣らぬ弓を持っている、と。
宗鉄は背中に冷たい汗を滲ませながら、それでも矢を放った相手を見定めるべく視線を彷徨わせる。
(あいつか!)
矢を放った相手はすぐに発見できた。
遠巻きからでも一目で判別できるほど巨躯な人間だ。
全身の主要な箇所に金属の甲冑を着込んだ人間の手には、水平に構えられた不可思議な弓矢があった。日本の和弓とは明らかに一線を画す作りの弓矢である。
この世界で考案された独自の弓矢だろうか。
だとすると、ウィノラが口にしていたことも頷ける。あのような弓矢が大量にあれば集落の一つや二つ簡単に攻め落とせるだろう。
ただ、見た感じでは特殊な弓矢を携えているのは甲冑を着込んだ人間のみだ。
他の盗賊たちは匕首や脇差に似た刀を逆手に構えている。
となると、考えることは一つ。
「あいつが親玉か」
宗鉄は下唇を噛み締めると、蹲った状態から素早く射撃の態勢に移行した。
先ほどは立った状態で射撃を行う立放しの構えだったが、今度は座った状態から左足だけを標的に向かって立てる膝台の構えを取る。
「大変だよ、ソーテツ! 早く反撃しないと二射目が来ちゃう!」
エリファスが慌てずとも、早合の中身を巣口から注ぎ込んでいる際も宗鉄の意識と視線は甲冑の人間に釘付けだった。
どうやら、向こうも一発打つ度にそれなりの刻がいるようだ。
甲冑の人間は数名の仲間に守られながら、弓矢の先端に足を固定させて弦を引っ張っていた。
これは強弓のように普通の力では引けないほど弦の張力が凄まじいのだろう。
ならばあれほどの威力があるのも得心がいく。
「ソーテツ、早く早く! 早く撃たないと――」
一方、先ほどからエリファスは耳元で鬱陶しいほど喚いていた。
「わかっている。そう急かすな」
火薬と鉛玉を巣口から注ぎ込んだ宗鉄は、銃床の底部で軽く屋根を叩いてから鉄砲を水平に構えた。
続いて銃床に右頬を付着させて狙いを定める。
宗鉄が標的である甲冑を着込んだ人間に狙いを定めると、ほぼ同時に向こうも発射準備を整えたようだ。
こちら目掛けて水平に番えた弓矢を向ける。
そして――。
宗鉄が引金を引き、甲冑の人間も矢を射った。
火薬が爆発して飛び出た鉛玉。
極限まで引き絞った弦の開放により射られた矢。
この二つの物体は空気を切り裂き、互いに標的と決めた相手に向かって飛んでいく。
無論、人間の目には目視不可能。ただ火薬の炸裂音と風切り音が轟いたのみ。
だからこそ宗鉄は息を止めた。
瞬きもせずにじっと標的を見据え、狂ったように暴れ回る心臓の鼓動を驚異的な意志の力で押さえつける。
次弾は装填しない。するつもりもなかった。
宗鉄はゆっくりと構えを解いて立ち上がる。
そのとき、前髪を大きく揺らすほどの強風が集落に吹き荒れた。
その強風は細かな砂礫を飲み込み、集落全体を一時だが砂塵の渦に巻き込んでいく。
その中でも宗鉄は目蓋を閉じず、全身を支配していた緊張感を解いた。まずは指先から上半身、そして下半身から足の爪先まで徐々に緩急をつけて。
やがて砂塵を巻き起こした強風が緩やかになり、入り口周辺の光景が細部まで見通せるほどに視界が晴れると、宗鉄はおもむろに息を吸い込んだ。
五感の開放。鉄砲を撃った直後はいつもそうだ。
引金を引くと言う簡単な行為を実行しただけで、全身の毛穴が一気に開いたような気がする。
その証拠に宗鉄の全身からは尋常ではない量の汗が浮き出てきた。
生温くもあり冷たくもある不思議な汗を手の甲で拭うと、宗鉄はふと自分の右手に視線を落とした。
小刻みに右手がぶるぶると震えている。
「そうか……そうだったな」
独りごちるように宗鉄は呟く。
「これは鍛錬ではなく戦だ」
先ほど見た光景が未だに目に焼きついて離れない。
引金を引いて玉を撃ち放った後、巣口から飛び出た玉は甲冑を着込んだ人間の左肩に見事命中し、しかも宗鉄が撃ったその玉は相手が放った矢までも中空で粉砕したのだ。
恐ろしいほどの強運。いや、凶運と言い換えても良かっただろう。
下手をすれば相手が放った矢も自分に命中していた。
そうなれば甲冑を着込んでいない自分は重傷、もしくは死んでいたかもしれない。
だが、結果的には自分は無傷。
それに比べて甲冑を着込んだ人間は取り巻きの仲間に抱えられて集落の外に逃げていった。
「やったね、ソーテツ。大勝利だよ!」
諸手を上げて喜んでいるエリファスだったが、盗賊撃退に多大に貢献した宗鉄はそう喜んでもいられなかった。
これでもう後戻りはできない。
どんな理由であれ複数の人間を鉄砲で撃ったのだ。
未だに震える右手を見つめながら宗鉄はため息を漏らす。
宗鉄の鼻腔の奥には戦いを彷彿させる火薬の匂いがいつまでもこびりついていた。
先ほどから宗鉄を間近で傍観していたエリファスが歓喜の声を上げる。
それも無理はなかった。
宗鉄の射撃の腕前は凄まじく、また鉄砲の玉の威力は弓矢などとは比べ物にもならない。
現に宗鉄に狙撃された盗賊たちは、阿鼻叫喚の悲鳴を上げてのた打ち回っていたからだ。
「邪魔だ、エリファス! 視界の中に入ってくるな!」
蝿のように飛び回るエリファスを一喝した宗鉄。
するとエリファスは殺気立った宗鉄の迫力に負けて大人しく後方へ移動する。
エリファスには悪いが、射撃中に眼前を飛び回られては集中できない。
それに玉を撃つ際には火皿から凄まじい火薬の炸裂音と濛々たる黒煙が噴出す。
下手にうろちょろされては物ノ怪であるエリファスも負傷しかねない。
とにかく射撃を妨げる要因は少ないほうがよい。
宗鉄はエリファスを遠ざけると慣れた手付きで次弾を装填。瞬時に狙いを定めて引き金を引く。
その動作を何度繰り返しただろうか。やがて宗鉄は射撃の構えを解いた。
(そろそろ引き時か……)
炸裂した火薬の匂いに顔をしかめながら、宗鉄は自分が撃ち放った玉数と残敵の数を確認した。
宗鉄が撃った玉数は合計六発。
単純計算だと六人の敵を倒したことになるが、そう簡単に事が進まないのが実戦の妙というものだ。
おそらく、まともに玉が当たった数は四発。
自分が鉄砲を放った場所から敵の場所までは四十間(約七十二メートル)ほどだろうから、無難と言えば無難である。
それに宗鉄は元より敵の戦力ではなく敵愾心を削ぐことを狙っていた。
だからこそすべての玉を無理して当てなくとも構わなかったのである。
盗賊たちが鉄砲の威力に恐れをなせば、いずれは集落から一目散に逃げ出すだろう。
人数においても各段にこちら側が勝っているのだ。
向こうに少しでも戦術に長けた軍師がいるのならば撤退を敢行するはず。
武術のみならず山鹿流兵法にも通じていた宗鉄は、文字通り空から戦況を眺めつつそう思った。
直後、宗鉄よりも高みの位置から戦況を見ていたエリファスが声を上げた。
「あ、見て見て。盗賊たちがどんどん逃げていくよ」
言われなくとも宗鉄は現状を細部まで把握していた。
宗鉄の鉄砲により完全に浮き足立った盗賊たちは、ピピカ族の戦士の追撃も相まって一人、また一人といった具合で集落から逃げ出していく。
まるで火事場から脱兎の如く逃げ出す野次馬のようだ。
「これでひとまず安心だな。いくら少数精鋭が売りな盗賊でもこれには懲りた――」
と気を抜いた次の瞬間、
「ソーテツ!」
エリファスの怒声が激しく耳朶を打った。
その脳内に直接響くほどの声を防ごうとすぐにでも両耳を押さえたかった宗鉄だが、生憎とそれよりも先に起こさなければならない行動があった。
「うおッ!」
宗鉄は両膝の力を抜いて瞬時に蹲る。
数瞬前まで自分の頭があった場所に何かが不気味な風切り音を響かせながら通過した。
矢である。しかも生半可な威力の弓矢ではない。
普通、弓で放った矢は弧を描くような軌道を描いて標的に突き刺さる。
だが、自分に飛んできた矢はほとんど垂直に飛んできた。
それだけで宗鉄には予想がついた。敵は鉄砲に勝るとも劣らぬ弓を持っている、と。
宗鉄は背中に冷たい汗を滲ませながら、それでも矢を放った相手を見定めるべく視線を彷徨わせる。
(あいつか!)
矢を放った相手はすぐに発見できた。
遠巻きからでも一目で判別できるほど巨躯な人間だ。
全身の主要な箇所に金属の甲冑を着込んだ人間の手には、水平に構えられた不可思議な弓矢があった。日本の和弓とは明らかに一線を画す作りの弓矢である。
この世界で考案された独自の弓矢だろうか。
だとすると、ウィノラが口にしていたことも頷ける。あのような弓矢が大量にあれば集落の一つや二つ簡単に攻め落とせるだろう。
ただ、見た感じでは特殊な弓矢を携えているのは甲冑を着込んだ人間のみだ。
他の盗賊たちは匕首や脇差に似た刀を逆手に構えている。
となると、考えることは一つ。
「あいつが親玉か」
宗鉄は下唇を噛み締めると、蹲った状態から素早く射撃の態勢に移行した。
先ほどは立った状態で射撃を行う立放しの構えだったが、今度は座った状態から左足だけを標的に向かって立てる膝台の構えを取る。
「大変だよ、ソーテツ! 早く反撃しないと二射目が来ちゃう!」
エリファスが慌てずとも、早合の中身を巣口から注ぎ込んでいる際も宗鉄の意識と視線は甲冑の人間に釘付けだった。
どうやら、向こうも一発打つ度にそれなりの刻がいるようだ。
甲冑の人間は数名の仲間に守られながら、弓矢の先端に足を固定させて弦を引っ張っていた。
これは強弓のように普通の力では引けないほど弦の張力が凄まじいのだろう。
ならばあれほどの威力があるのも得心がいく。
「ソーテツ、早く早く! 早く撃たないと――」
一方、先ほどからエリファスは耳元で鬱陶しいほど喚いていた。
「わかっている。そう急かすな」
火薬と鉛玉を巣口から注ぎ込んだ宗鉄は、銃床の底部で軽く屋根を叩いてから鉄砲を水平に構えた。
続いて銃床に右頬を付着させて狙いを定める。
宗鉄が標的である甲冑を着込んだ人間に狙いを定めると、ほぼ同時に向こうも発射準備を整えたようだ。
こちら目掛けて水平に番えた弓矢を向ける。
そして――。
宗鉄が引金を引き、甲冑の人間も矢を射った。
火薬が爆発して飛び出た鉛玉。
極限まで引き絞った弦の開放により射られた矢。
この二つの物体は空気を切り裂き、互いに標的と決めた相手に向かって飛んでいく。
無論、人間の目には目視不可能。ただ火薬の炸裂音と風切り音が轟いたのみ。
だからこそ宗鉄は息を止めた。
瞬きもせずにじっと標的を見据え、狂ったように暴れ回る心臓の鼓動を驚異的な意志の力で押さえつける。
次弾は装填しない。するつもりもなかった。
宗鉄はゆっくりと構えを解いて立ち上がる。
そのとき、前髪を大きく揺らすほどの強風が集落に吹き荒れた。
その強風は細かな砂礫を飲み込み、集落全体を一時だが砂塵の渦に巻き込んでいく。
その中でも宗鉄は目蓋を閉じず、全身を支配していた緊張感を解いた。まずは指先から上半身、そして下半身から足の爪先まで徐々に緩急をつけて。
やがて砂塵を巻き起こした強風が緩やかになり、入り口周辺の光景が細部まで見通せるほどに視界が晴れると、宗鉄はおもむろに息を吸い込んだ。
五感の開放。鉄砲を撃った直後はいつもそうだ。
引金を引くと言う簡単な行為を実行しただけで、全身の毛穴が一気に開いたような気がする。
その証拠に宗鉄の全身からは尋常ではない量の汗が浮き出てきた。
生温くもあり冷たくもある不思議な汗を手の甲で拭うと、宗鉄はふと自分の右手に視線を落とした。
小刻みに右手がぶるぶると震えている。
「そうか……そうだったな」
独りごちるように宗鉄は呟く。
「これは鍛錬ではなく戦だ」
先ほど見た光景が未だに目に焼きついて離れない。
引金を引いて玉を撃ち放った後、巣口から飛び出た玉は甲冑を着込んだ人間の左肩に見事命中し、しかも宗鉄が撃ったその玉は相手が放った矢までも中空で粉砕したのだ。
恐ろしいほどの強運。いや、凶運と言い換えても良かっただろう。
下手をすれば相手が放った矢も自分に命中していた。
そうなれば甲冑を着込んでいない自分は重傷、もしくは死んでいたかもしれない。
だが、結果的には自分は無傷。
それに比べて甲冑を着込んだ人間は取り巻きの仲間に抱えられて集落の外に逃げていった。
「やったね、ソーテツ。大勝利だよ!」
諸手を上げて喜んでいるエリファスだったが、盗賊撃退に多大に貢献した宗鉄はそう喜んでもいられなかった。
これでもう後戻りはできない。
どんな理由であれ複数の人間を鉄砲で撃ったのだ。
未だに震える右手を見つめながら宗鉄はため息を漏らす。
宗鉄の鼻腔の奥には戦いを彷彿させる火薬の匂いがいつまでもこびりついていた。
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